「落ち着きなさい。この人たちは『私』の客人です」
その日の夜。俺はモモに会うために世界樹のふもとへと向かっている。1人ではなく護衛にクリスさんを連れてだ。フユも一緒に来ようとしていたけれど、病み上がりな上にフラフラだったので結局は置いて行くことにした。
かなり文句を言われたけれど、フラフラな人を連れて行っても足手まといが増えるだけだ。ただでさえ俺が足手まといなのに。……言ってて悲しくなってくるな。
そんなわけで珍しくクリスさんと2人きりで森の中を進んで行く。2人だけ、しかも戦闘できるのはクリスさんだけということもあり、いつもは誰かしらに担がれたり抱っこされたりおぶさられたりしている俺も、珍しく自分の足で歩いて進んでいる。
道中はまたトレントやドリアードに襲われるかと思ったのだけど、そんなこともなくほとんど素通りで世界樹の元にたどり着いた。
「なんか、拍子抜けだったな……」
「ええ、本当ですね……」
「あの連戦の日々は一体なんだったんだろう……」
あまりにもなにも出てこないので、何かの罠だと勘ぐってしまうほどだ。
あの変態露出SM女の隷属が解けていなくて、世界樹のところに着いたら大量のトレントたちに囲まれて鞭でばしーん……ってそれはないな。それだけはない。
モモについていた【隷属せし魔物】の称号は、俺が【ディスペル】を使って魔術の効果を打ち消した時に綺麗さっぱりと消えた。これは鑑定を使って確認済みだ。
だからあの女だけは出てくることはないんだけど、それでもこの静けさはいい予感はしないな……。
そんなことを考えながら世界樹へと近づくと、ミレミアの墓の前にモモがいた。どこで用意したのか、法衣を羽織り墓の前で膝をつき両手を合わせ祈りを捧げているような格好をしている。
ただ、普段のぽやんとした様子とは違い、まるで『本当の聖女のように』嫋やかな動作で祈りを捧げている。その膝をついた後ろ姿だけで、同じように祈りを捧げないといけないと感じてしまうほどだ。
「きれい……」
ついそう呟いてしまうほどだった。まるで1枚の写真や絵画でも見ているかのように目を奪われてしまう。そこから視線を外せない。吸い込まれてしまうようにそこに釘付けになってしまう。
それはクリスさんも同じようで、護衛で来ているのに盾を落としてしまいそうに……というか落としてしまった。
「あ……」
ガシャァァン! と大きな音がする。神聖で物静かだった空間でそんなことをしてしまうものだから、音がやけに大きく感じてしまう。
クリスさんの顔を見てみれば、やらかしてしまって照れているのか顔が真っ赤になっている。そんな場合じゃないでしょうに……。
そして、場の空気を乱したせいなのかワラワラとトレントやドリアードが顔を出してきた。
クリスさんは急いで盾を拾い、俺を守るように構えを取る。
「落ち着きなさい。この人たちは『私』の客人です」
その凛とした声が響くと、トレント達は大人しくなる。しかし、草むらから顔を出してこちらを伺っており、普通であれば油断できない状況だ。なにせ魔物に囲まれた状態はなにも変わっていないのだ。そんな状況で油断なんてできるわけがない。
俺は腰に下げたコンパクトをギュッと握る。
恐る恐る声の主の方へと近づいて行く。声の主などと言っても、ここには3人しかいない。俺とクリスさん、それからモモの3人だ。
「モモ……」
「モモちゃん……」
モモは立ち上がり土を払うとこちらを振り向いた。
けれど、立ち上がったその人はモモだけどモモじゃない。いや、ぼさぼさの髪や顔つき、でかいおっぱいなど見た目の特徴はモモに間違い無いのだけれど、目が違う。
モモの目は死んだ魚みたいにハイライトのない黒に近い深緑だったはずなのだけど、今の彼女の瞳は凛々と輝く金の色だ。
目の前の少女は俺たちの方を向き微笑み、話し始める。
「初めまして……と申しましょう。私は……そうですね、聖女ミレミアと、そう呼んでもらうのが一番でしょうか。その呼び方の方が馴染みがあるでしょうし。ただのミレミアさんでもいいですよ」
「……はぁ!?」
俺がそんな素っ頓狂な声を上げるのに、そう時間はかからなかった。




