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「お……私は、アキナ。アキナといいます」


「大丈夫ですか?  ……怪我はないですか?」


  化け物を瞬殺した女性が、こちらに向かってくる。返り血で汚れてしまってはいるが、中世の騎士のような服を着た姿は凛々しく、後ろで一纏めにした赤い髪が、背中まで流れる。けれどもそれ以上に、柔らかな笑顔が印象的だ。周りにはバケモノの残骸があるというのに、それを感じさせない笑顔だった。

  そんな彼女は俺に近づくと、ハンカチを取り出し俺の顔を優しく撫でた。顔と顔とがくっつきそうになるほど近づき、俺はびっくりして変な声を出してしまう。


「わひゃっ!」

「ゴブリンの血がついていたの。ごめんなさい、怖がらせちゃいましたね」

「い、いや、大丈夫……でもないかも……」


  情けない話だが、あんな化け物の姿を見て俺は腰を抜かして立てなくなっていた。俺の横で女神がやれやれと言った顔をしている。……なにもできていなかったくせに。

  女性が指示を出すと、遅れてやってきていたのか、女性と同じような騎士の服を着た人たちが数人現れ、化け物の残骸を片付けていた。


『あのまま放っておくと、残骸を餌に他の魔物も現れますからね。妥当な判断でしょう』


  多分、なにをしているんだろうと俺が顔に出していたんだろう。女神はそんな風に彼らの行動を補足してくれた。


「あ、あの!  ありがとうございます……」


  助けてくれた女性にお礼をしようと思ってとっさに大声を出したものの、自分の口から出るその高い声に気恥ずかしさを覚え、尻窄みの声になってしまう。これでは余計に生娘っぽくなってしまった。

  けれど、彼女はそんなことは気にしていないという風な態度だった。ただの恥ずかしがり屋の子とでも思われているのかもしれない。


「いいのよ、魔物に襲われているかわいい子どもを見たらこうするのは当然ですから」

「は、はぁ」

「でも、子どもが1人でこんなところまでくるなんて……村の子でも無さそうだし……」


  どうやら、こんなところに1人でいるのは何かおかしいことだったらしい。騎士の女性に何か勘繰られてしまっている。

  俺は慌てて、怪しまれないように弁解を並べてみる。


「え、えと、おれ……じゃなかった、わ、私?  はその、旅?  をしていて、迷ってしまって?  みたいな感じで……」

『うわー、春人さん誤魔化すの下手すぎじゃありません?』

「じゃあお前が説明してくれよ!  俺よりはこの世界に詳しいだろ!?」

『残念ながら私の声は春人さんにしか届きませんし、なによりこんな姿ですし』


  女神は前足をくいっ、くいっと器用に動かして、自分の身体がぬいぐるみですよとでも言いたげに動く。

  というか、女神の声が相手に届いてないんじゃ、ぬいぐるみと喧嘩する変な人に思われたんじゃないだろうか。


「ふふ、声は聞こえないけれど、あなたの従魔ですか?  従魔と一緒なら、まぁ、一人旅も分からなくもないですしね」

「そ、そうなんですよ!  こいつと一緒に旅をしていて、ちょっと迷ってしまってここまで出て来たんです!」


  どうやら、勝手に納得してくれたみたいだ。……なんだか騙しているようで申し訳なくなってきた。けれど、それもチャンスだと思い、それに合わせるように適当にまくしたてた。

  話しているうちにさっきのまでの恐怖や緊張もほぐれたのか、腰が抜けたのも直ったようだった。ひとまず、その場に立ち上がる。

  立ち上がると、目の前には女性特有のふくらみがあった。別に見ようとして見ているわけではなく、身長差的に俺の頭の位置がちょうど彼女の胸のところにきてしまうのだ。騎士服で抑えられているから分かりにくいが、結構大きいのではないかと予想される。


『春人さんのすけべ』


  女神の念話が頭に響き、慌てて視線をそらす。……今はこんな姿だが、元は健全な男なのだから仕方がないだろう。

  幸いにも騎士の女性には気づかれておらず、彼女は何か考えるようにしてから、俺に提案をしてくる。


「うーん、とりあえずここにいるのも危険だし、一緒に来てもらえますか?」

「えっと……」

「今この辺りでちょっと異変が起きているの。あなたは多分無関係だと思うけれど、一先ず一緒に来てもらえますか?  そうしてもらえると私としても嬉しいですし」

「そういうことなら、まぁ」


  どうせ行く当てもないのだからとりあえずこの人についていこうと思ったら、女神が話しかけて来る。俺は女性の方にはバレないように、なるべく小声で返事をする。


『ちょっと春人さん!  知らない人にはついて行ったらダメだって習わなかったんですか!?』

「お前まで子ども扱いすんな!  それに、一旦この人について行ってこの辺の情報とか調べたほうがいいだろう?  お前はこの世界のことを知ってるかもしれないが、俺は右も左もわからないんだ。せっかくだし保護してもらって、これからの行動を決めようと思う。それに異変っていうのも気になるしな」

『それは、そうかもしれませんが……』


  女神は小うるさく注意して来たが、俺は構わずに女性の後をついて行った。女神にも言ったが、この世界の情報が少なすぎる。闇雲に動き回るよりも、一旦この人についていくほうがいいだろう。

  ふと、俺の前を歩く女性が後ろの俺に振り返る。纏められた赤い髪がふわりと揺れる。


「そういえば、まだ名乗っていなかったですね。私はクリス・マスウェイルといいます」


  そう女性……クリスさんは名乗った。俺は少し迷った末に、


「お……私は、アキナ。アキナといいます」


  と名乗り返したのだった。

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