「けれど、それでもお前の口から聞きたい。ちゃんとお前のことを知りたいんだ」
ポプリを除いた全員で、モモと対峙する。事情を知っているルーカスとフユはいつでも戦闘できるように構えている。クリスさんには事情を伝えていなかったので、状況がよくわかっていないようだった。
だけど、別にモモと敵対したいわけではない。俺は念のため警戒しながらも、優しくモモに声をかけた。
「なぁ、モモ。そろそろ教えてくれよ。ここなら多分、俺たちの他に誰も聞く人はいないしさ。お前の正体というかなんというのか、とにかく、ちゃんとお前のことを教えて欲しい」
「モモ、は」
モモの表情は相変わらず変わらない。
けれど、話し方や目線なんかで、何と無くはわかってしまう。本当に何と無く。他の人が見たら気のせいだと言われてしまう程度のことなんだけれど、それでも俺にはモモの気持ちがわかる。わかってしまったんだ。
だから。
「実は俺は【鑑定】を使える。だから、正直モモのことは聞かなくてもある程度わかる。けれど、それでもお前の口から聞きたい。ちゃんとお前のことを知りたいんだ」
俺は真剣な表情で、そう言った。
ドライアドという魔物であるモモにそんなことが通じるかはわからない。けれど、モモなら通じるんじゃないかと、俺は勝手に信じてるんだ。
ーーーーーー
エルフの風俗店でフユに見つかったすぐ後のこと。
「ちょっと待つエルフ。少し話があるエルフから、こっちの部屋に移るエルフ」
フロアの奥から現れたティーミリアさんが、奥の部屋に来るように促す。
フユに引き摺られてそのまま建物を出そうになっていたけれど、さすがにフユもその様子を見て察してくれたのか、手を離してくれた。ただ、顔はこちらを睨みつけたままだったけれど。
奥の部屋に入るとまさにVIPルームといった感じで、今までいたフロアよりも調度品が豪華に見える。そこにあるソファーに腰掛けると、ティーミリアさんが話し始める。
「それで、話って何エルフか、ルーカス」
「あぁ、森で拾ったお嬢ちゃんの話なんだがな……」
「たしか、モモと仮に名付けたんだったかエルフか? その子のことはお前達に任せていたと思ったエルフが、どうしたエルフか?」
そう、モモのことは俺たちに任されている。モモ自身が俺たちと行動することを望んでいて、実力もあるので探索にも付いて行けるので、ほとんどなし崩し的だけど一緒にいることになっている。
特に誰も反対はしていなかったので、今までモモのことを詮索したりということはなかった。記憶がないというモモの言うことを信じている形だ。
「嬢ちゃん、モモのこと、『視た』か?」
「それは、【鑑定】でってことか?」
俺の問いかけにルーカスは肯定する。聞いて来るルーカスの目は真剣そのものだ。そこには、いつものおちゃらけた様子なんてどこにもない。
だから俺は、できるだけ真面目に返答する。
「あぁ、視たよ。会ってすぐに【鑑定】した」
「それで、どうだったんだ」
俺は【鑑定】した結果をそのまま話した。
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モモ ドライアド
HP:8629/8629
力:751
防御:3549
魔力:8729
素早:371
スキル
・聖魔術 A ・木魔術 A
・擬態 B ・下位統率 C
称号
・世界樹の木妖精
・聖女の後継者
・隷属せし魔物
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「これは……相当だな」
「やはり、ドライアドだったエルフか……それにこの称号、やはり……」
てっきり黙っていたことを責められると思っていたのだけど、2人はそれぞれブツブツと考え事を始めてしまった。
その代わりに、フユが横で「どうして黙っていたんでしゅか!」とまくし立てている。
何も俺もずっと黙っていようと思っていたわけじゃない。
「言い出すタイミングがなかったんだよ。モモを見つけてからずっとべったりだったから」
「それでもでしゅよ! 魔物と一緒だなんて危ないんでしゅから!」
「ドライアドは魔物というよりも精霊に近い部類エルフから、敵に回ることがなければ危害はないはずエルフ」
元の世界だとドリアードとドライアドは同じものだったはずだけれど、この世界では別の存在であるらしい。
ドライアドはドリアードのさらに上位の存在で、魔物でありながら精霊に近い存在であり、決して姿を見せることなく森に住む生き物や魔物を管理する存在であるという。称号の木妖精ってのはドライアドのことなんだろうか。
「称号から察するに例の世界樹から生じたドライアドなんだろうな。そうだとしたら本体は200年前からあるものだから、高ステータスなのも頷けるわな」
「じゃあこっちの聖女の後継者ってのは?」
「詳しくはわからないエルフが、あの子の顔立ちが、聖女ミレミア様に似ているエルフ。【聖魔術】のスキルもあるエルフし、それも何か関係あるかもしれないエルフね。本来は魔物が持つことはないスキルエルフし……」
世界樹自体がミレミアの墓とも近いことだし、何かしらの影響を受けているのかもしれない。
あの回復能力は敵に回ると厄介かもしれないな。
「後は、『隷属せし魔物』ってやつだけど……」
その話を始めると、ルーカスは眉間を押さえて天井を仰ぐようになってしまった。ティーミリアさんも神妙な面持ちだ。
「それに付いては心当たりがある。……というよりも、魔物を操る、隷属させるってなるとこの世界じゃ『あいつ』しか思いつかないわな」
「やはりエルフか……あまり思い出したくないエルフが……」
話を聞くと、その称号に繋がる人物はこの世界でもかなり有名な犯罪者だという。
ファーミリ・サーカス。世にも珍しいスキル【召喚魔術】を持つSランク冒険者だったという。【召喚魔術】は魔物と契約、もしくは無理やり隷属させて操り、どこにいようとその場に魔物を召喚する力を持つという。そのスキルで持ってしてSランク冒険者として世界の平和に貢献していたはずなのだが、3年前のある日、突然に契約、隷属させた魔物を全てディカルディ王国の王都へと放ち、世界に反旗を翻した大罪人ということらしい。一応、その時にはルーカス達のパーティが揃っていたこと、魔術式往復列車『シュトラール』に武装を乗せるテストを行っていてそれが活躍したことなど、数々の幸運が重なって大きな被害はなく、ファーミリも捕え処刑したという。
「処刑の瞬間は俺も見ていた。ギロチンで首をスッパリだった。だから、あいつが生きているとは思えないんだがな……」
「でも、現に称号ではファーミリ・サーカスぐらいしか行えないであろうことが起きているエルフ。いると思って気を引き締めておくべきエルフね」
「あぁ、ポプリのやつにも伝えておくわ。嬢ちゃんも、モモの方を気にかけておいてくれ。隷属しているから演技かもしれないが、そういう風には見えないしな」
「わかってる」
そこでの話はそれで終わって、そこで解散となった。その後で、フユにはたっぷり怒られた。
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「お前が何か問題を抱えてるんなら、それを解決してやりたいんだ。だから……」
その時だった。
ルーカスの服に仕込んであった魔道具が音を鳴らす。フーコーに持たせてあった、緊急時に鳴らす魔道具だ。見ると、街の方から煙が上がっている。きっと緊急事態があったに違いない。
「くる、くる。あの人が、きちゃう……」
モモはそう言って震え始める。そして、モモの後ろからトレントやドリアードが大量に現れる。
もしかして、結構ピンチなのかもしれない。




