「わかったから離れてくれ。その胸が鬱陶しい」
一夜明けてまた森の中へと入っていく。パーティメンバーは昨日と変わらない。
昨日の女の子はティーミリアさんに預けて来た。記憶がないということもあり、森の探索をする俺たちと一緒に来てもどうしようもないからというのが理由だ。そのはずだったのだけれど。
「また迷ったらどうしよう。アキナ助けて」
「わかったから離れてくれ。その胸が鬱陶しい」
女の子はなぜか俺たちと一緒に森の探索をしている。俺の後ろからもたれかかるようにしてくっついてくるものだから、頭の上におっぱいの塊が乗っかって重い。おっぱいってこんな重いのか。女性の大変さをまた1つ理解してしまった気がする。
柔らかさとかは確かにデレデレしたくもなるんだけれど、それ以上に重たさの方が強くて邪魔で仕方がない。だというのに、デレデレすんなと言わんばかりにフユは睨んでくるし、クリスさんは見られていないと思っているのか時折自分の胸を気にしている。
「胸が鬱陶しいだなんで随分な身分でしゅね!」
「そうだそうだ! 羨ま、じゃなくてけしからん!」
さっきからフユとルーカスがウザい。ずっとじゃなくて、たまに思い出したかのように言ってくるのが余計にウザい。
言われている方も面倒なんじゃないかななんて考えてみるけれど、頭上のそれのせいで彼女の表情は一切見えない。見えたとしても、きっとわからなかっただろうけれど。
「これ、羨ましい? じゃああげる」
「できるわけないじゃないでしゅかぁぁぁぁぁ!!」
おそらく無表情でそんなことをいう少女。それに対して顔を真っ赤にして激怒するフユ。ぶつぶつと「本来の姿なら負けないでしゅのに……」と言ってるのが微妙に怖い。
話を戻すが、この少女は考えていることがわからないというか、ひたすら表情が無いのだ。話す言葉は無口系という訳でもなく、ちょっと硬いけれどよく話す子だ。見た目とのギャップはすごい。
そしてなぜかわからないが、俺にやたらと懐いてしまった。そんなに対して接していないはずなのだが。さっきからくっついているのもそのせいだ。
「っと、前方からトレント3、くるぞ!」
「前に出ます!」
「うちも出るゾ!」
ルーカスが叫ぶ。クリスさんが盾を構え、ポプリが前へと出る。フユも弓を構えている。
「KISYAAAAAAAAAAA!!」
木をかき分けてトレントが現れる。見た目が木の癖に、木をかき分けてやってこられると視覚的にわけわからん。
けれど。
「とりゃー、だゾ!」
「【連射弓】」
目に入った瞬間にポプリが拳で一閃し1体のトレントが倒れ、フユの弓がトレントに刺さりもう1体も倒れる。
しかしもう一体のトレントがその枝をこちらに振り下ろす。もちろんクリスさんの盾がそれを受け止めるのだけれど。
だけどその前に。
「KISYA!?」
振り下ろした枝が宙で止まる。枝だけではなく、幹や根、トレントの身体の全てが別の植物で締め上げられていく。トレントを締め上げた植物は、締め上げが終わると綺麗なピンク色の花を咲かせていた。
「【ツリーバインド】、【アドソープフラワー】」
俺の後ろから、魔術名の声が聞こえる。女の子が小さい杖を構え、トレントに魔術を放っていた。縛られたトレントのことを逃すことなく、クリスさんが剣で真っ二つにした。
クリスさんは後ろを振り向くと、親指を立ててサムズアップする。女の子もビッとサムズアップを返していた。
これこそが女の子も連れて来た理由だった。とても戦闘できそうな見た目には見えなかったけれど、というか、実際攻撃は得意ではなかったのだけれど、先ほどのように相手の行動を制限したりといった補助の魔術が得意だったのだ。
そのほかにも、
「ポプリ、怪我してる。治す」
「こんなのかすり傷だから別にいいゾ」
「でも治す。【ヒール】」
女の子の持つ短杖から柔らかで暖かい光が放たれ、ポプリの傷に当てられる。ポプリの傷が、本当にほんのかすり傷だったのだけれど、みるみるうちに治っていく。
回復の魔術は貴重なスキルであり、簡単な回復魔術を使えるだけでも回復術師として多大な名声を手に入れられることができると言う。
そんな優秀な後衛だからといって連れてくるつもりなんて毛頭なかったのだけれど、こんなことができると女の子が知ってから、ついてくるといって聞かなかったのだ。もちろん止めはしたが、森に入ったら記憶が戻るかもなんて言われてしまっては止める理由もなかった。なにより、
「まぁ今更足手まといが1人増えたところで問題ないゾ。補助魔術使えるだけアキナよりマシだゾ」
なんてことを言われると反論の余地すらなかったのだ。事実とはいえ無駄にディスられた。
とにもかくにも一緒に行動する人が増えたという訳だ。仲良くやっていくしかないだろう。特に戦闘なんていう危険な行動するので、連携は必須になる。さっきのようなすぐ終わる戦闘ならまだいいかもしれないが、戦闘時間が伸びたり、敵が強くなればなるほど連携行動はボロが出てしまう。だからという訳でもないけれど。
「なんて呼ぶのがいいのかねぇ……」
「まだ決まってなかったんでしゅか。さっさと決めないとみんな不便でしゅよ」
「お前なぁ……」
そう、この女の子の呼び名を、未だ決めあぐねていた。
記憶がないということは、元の名前があるのだろうけれど今は結局それはわからない。だから、今女の子、とか少女、としか呼びようがないのだけれど、それだと呼びにくくて仕方がない。
だからみんなでどう呼ぶかを相談したのだけど、全員が俺に任せる、とそうなってしまったのだ。件の少女を含めてだ。
「なんでも、いいよ?」
「なんでもいいって言ってもなぁ……」
うーんと悩むと、ふと、彼女の魔術でできたピンクの花が目に映った。薄い桃色のそれは、魔物の力を吸って鮮やかな色で咲いている。
「じゃあ、モモ、とかどうだろうか。その花が桃色だったからなんだけど、そんな単純じゃ」
「うん、私はモモ。そう呼んで」
「え?」
割と思いつきで決めてしまったのだけど、どうやら気に入っているらしい。
「モモ、可愛らしい名前だと思います」
「まぁ、アキナしゃんにしてはいい名前なんじゃないでしゅか」
他の仲間にも好評のようだった。
とりあえず、女の子のことはモモと呼ぶことになった。




