「えーっと、とりあえず名前を聞かせてくれない、かな?」
その少女は一言で言うなら美少女と言うほかなかった。
どこか儚げでハイライトが消えていそうな、黒に近い深い緑の瞳に、あまり表情筋を使っていなさそうな、感情がない様にも見える顔。耳は尖っているから恐らくエルフなのだろう。薄緑の髪はぼさぼさで腰まで伸び、俺でも手入れをしてないんだとわかってしまうほどだ。そして1番目につくのは何といっても……。
「でかい……」
「あぁ、でけぇな……」
「どこ見て言ってるんでしゅかあんたら」
フユがそれ以上見ない様に釘を刺すが、それでも目に入ってしまうのだから仕方がない。
その圧倒的な胸部装甲は他の追随を許さなかった。着ている服が薄手のワンピースなものだから、否応にも目立ってしまう。少女が椅子に座り、俺が立っていると丁度目線の位置にでかい山が来るわけなのだが、それがとにかくでかい。F……G……いや、それ以上なのか!? とにかくそのぐらいでかいのだ。
まぁそんな話はさておき、少女がなんであの場にいたのか、それを本人に聞いて見たところ「わからない」とそう答えた。表情が全く動いていないけれど、それに似合わないはっきりとした声で話していた。あまりにもはっきりと言うので、聞く方としてもなんというかお手上げだ。
「こりゃあ、訳ありっぽいな……あんまり関わらないで、町長に任せた方がいいんじゃねーのか?」
「でも、助けたのに放っておくのもどうかと思いますよ?」
ルーカスの言い分もクリスさんの言うこともわかるので、一概にどっちがいいかとは決められない。
とりあえず、その少女と話をしてみることにする。
「えーっと、とりあえず名前を聞かせてくれない、かな?」
努めて優しく、笑顔で怖がらせない様に。素の口調だと怪しいから女の子らしく、そう、アニメのあきなちゃんをイメージした喋り方を演じてみる。おいフユとルーカス、後ろで笑いこらえてるんじゃねーよ、聞こえてるんだからな。
少女は表情こそ変えなかったが、困った様な雰囲気でおずおずと答えた。
「名前、ない」
「……oh……」
そもそも名前がないと言うのは想像していなかった。
それを聞いたルーカスが助け舟を出す。
「名前がないってことは捨て子って線も考えられなくはないが、それにしては育ちすぎだな。それに、エルフが捨て子ってのも考えにくい」
「育ちすぎってどこ見て言った?」
「そりゃあお前おっ……悪かった、俺が悪かった。だからそれをしまってくれ」
胸のことを言おうとしたであろうルーカスが後頭部をフユの弓矢とポプリの拳に狙われていた。あいつ死んだな……。
けれど確かに、胸の大きさ以外は15、6の女の子にしか見えない。昨今じゃこのぐらい大きい子もいるのかもしれないけれど、それはまぁ置いておくとして。15、6の女の子が名無しの捨て子というのは考えにくいし、大きくなってからの捨て子なら名前ぐらいないのはおかしい。
それにティーミリアさんは、「今はあの森に近づかない方がいい」と言っていた。これは昨日今日の話ではないはずだ。それなのにあんな森の中腹にいたというのも不自然だ。
けれど少女は何も覚えていないとしか言わず、俺たちでそれ以上話を聞くのは困難だったので後のことはこの街の代表であるティーミリアに任せることにした。
「よぉ、ティーミリア代表。邪魔するぜ」
「昨日の今日でまた来たエルフか……、っ、その子はどうしたエルフか?」
少女の顔を見たティーミリアさんの顔が少し歪んだ様に見えた。けれど、一瞬だったので見間違いかもしれない。いきなり目の前に知らない人間を連れて行ったら警戒もするだろうから、そういうことだと思っておく。
ひとまずルーカスが森で起こったことを説明した。
ティーミリアさんはその内容を聞き考える様にして唸っている。
「森の中腹にドリアード、それにその少女エルフか……」
「トレントの数もだいぶ多かった気がするな。葉はかなりの数回収したがな」
「やはり、魔王復活の兆候エルフかねぇ……」
「魔王!?」
突然降って湧いて出たその言葉に過敏に反応してしまう。ルーカスに目で咎められたものの、ティーミリアさんの様子は特に変わってはいなかった。
「あぁ……いきなり魔王だなんて言ったら驚きもするエルフね……。200年前もそうだったエルフが、こう魔物がやけに大量に現れたりする時は魔王が生まれる予兆だと言われるエルフ。そう言えば聖教国でも予言を出してたエルフね」
「えっ、ティーミリアさんは前の魔王が復活した時のことを知ってるんですか?」
絵本の勇者伝説は200年前の話だと言われている。それは伝聞や絵本の様な書物の形で残って来たからわかることだろうけれど、まさか生き証人がいるなんて思っても見なかった。
ティーミリアさんの話によると、200年前も今と同じ様に魔物が頻繁に現れる様になり、酷いところではスタンビードという魔物が大量に集まり村や街を襲う事態に陥ったことまであったという。それってこの前のゴブリンの襲撃と同じじゃないか!
「スタンビードならもう一歩手前だったな。ゴブリンだったからまだマシだが、オークやオーガだったら不味かったな」
オークは人間の身体に豚の頭をつけた魔物で、でっぷりとした見た目が女性冒険者から不人気だ。見た目だけじゃなく女性を攫って繁殖する性質もあるらしく余計に不人気なのだが、その肉は良質で食材としては人気があるらしい。……あまり食べる気が起きないが。
オーガは2〜3mはある筋骨隆々な魔物で、巨大な棍棒を振り回したりその力で持って暴れまわる魔物だ。力はかなり強いが魔術には弱いので対策は打てるが、不意に近づかれているとパーティが壊滅することもあるかなり危険な魔物だ。
そんな魔物があの時のゴブリンの様に大量にいたら……。考えるだけでも恐ろしい。
「して、トレントにもその兆候がありそうエルフか?」
「中腹とは言えドリアードがいたとなると考えられるな。帰ってこない冒険者ってのもドリアードにやられたんだろう。明日以降も潜って調査してみねぇとな。ドリアードがあの強さならポプリがいればどうとでもなるしな」
「ふむ、報酬はだすエルフゆえ、調査と解決、任せていいエルフ?」
話を進めていたルーカスはともかく、他のみんなにも異論はなかった。俺としてもミレミアの墓は調査する必要があるし、魔物の大量発生が魔王の影響だとしたら勇者として呼ばれた俺にも少し思うところがある。
そういうことで、明日からもトレントを狩ることが決まったのだった。