「えぇっと……起こしてくれてありがとうございました……? どちら様でしょうか?」
「なんだよ……これ……」
そう呟いた俺の声は、幾度となくテレビの中から聞こえて来た、あきなちゃんの声そのものだ。
水面に映る自分の姿は、どこからどうみてもあきなちゃんだ。
肩を少し超えるぐらいまで伸びた黒髪はサラサラと透き通っていて、目元はぱっちり、唇はふっくらとして、頬はほんのり赤く染まっている。
夢かと思って頬をつねってみたが、痛みははっきりとあった。同時に、手も小さくてふにふにと柔らかいことを実感した。どうやら夢ではないらしい。あきなちゃんの身体になってしまったことを含めて。
あぁ、あきなちゃんはかわいいなぁ。
俺がニコッと笑うと、水面に映るあきなちゃんもにっこりと笑う。あぁ、まるで天使のような可憐さだ。
なんて、現実逃避をしつつ、俺はその場にへたり込んだ。だって、水面に映るあきなちゃんって、それはすなわち俺の姿であるわけで。嬉しいやら不安やらで、へたり込んで俯いてしまう。
へたり込むと同時に、太ももにやたらとチクチクとしたものを感じる。恐らく草がチクチクとするんだろうなぁ、とは思ったが、ズボンを履いているはずなのにこんなにもチクチクするだろうか?
そう思い自分の下半身の方へと目を向けると、履いているのがズボンではなくスカートであることに気がつく。
あーそっか。今の俺はあきなちゃんなんだ。だったらスカートを履いてたっておかしくはーー
「ってんなわけあるかーい!」
1人ノリツッコミが、空に虚しくこだまする。
なぜ気がつかなかったのか自分でも不思議なのだが、それほどに混乱していたのだろうと思う。さっきから顔しか見ていなかったが、顔だけではなく、服も、身体も、その全てがあきなちゃんになっていた。
白いブラウスにカーディガンを羽織り、チェック柄のミニスカートが頼りなく下半身を包み込む。足元膝丈まで覆うニーハイソックスは、全てを覆わず太ももだけが見え隠れして絶対領域を生み出していた。
どこかで見覚えがあるのだけれど、それ以上に、自分がこのような格好をしていることに、気恥ずかしさを覚えてしまう。
スカート短すぎて中見えない!?
なんて思ったが、なぜ俺がスカートの中を見られることに恥ずかしさを覚えなくてはいけないのか。
そんなことを考えていると、スカートのポケットになにやら違和感を感じる。何かと思い弄って見ると、コンパクトのようなものが入っていた。
白地に金色の装飾、ハート型の宝石が施されたそれは折りたたみ構造になっていて、中を開けば鏡と、キーホルダーのような剣の柄が刺さっている。
俺はそれの使い方を知っている。何故ならそれは、アニメの中であきなちゃんが変身するために何度も使った大切なアイテムだからだ。名を、『カリバーコンパクト』。変身用の言葉を唱えながら剣の柄を捻り引き抜くことで、ただの小学生であるあきなちゃんは、誰にも負けない魔法勇者へと変身をするのだ。
そして、今俺の姿はあきなちゃんの姿そのものだ。もしかしたら、異世界のスキルとやらで変身機構が再現されていたりするのではないだろうか。そんな淡い期待を胸に、その言葉を口にする。
「……勇者の剣、エクスカリバーよ。今私の前に姿を表し、魔法の力を示したまえ。……マジカルブレイブチェーンジ!」
ひゅぅ、と風の音だけが虚しく聞こえてくる。
俺はマジカルあきなの変身時の決めポーズまで再現して見せたが、なにも反応はしなかった。
なんだか恥ずかしさがこみ上げ、無性に死にたくなってくる。今鏡で顔を見れば、きっと火が出るほど真っ赤になっているんだろう。なんでこんなことをしようと思ってしまったのか。
『春人さん、私がいることを忘れていませんか?』
「ひゃいっ!」
後ろから声をかけられてしまい、コンパクトが手からこぼれ落ちてしまう。
恐る恐る後ろの足元を見て見る。呆れたような、変な人を見るような表情で、ぬいぐるみがじっとこちらを向いていた。
「えぇっと……起こしてくれてありがとうございました……? どちら様でしょうか?」
『この見た目じゃわからないのも無理はないですね。さっきぶりですが、地球の女神です』
デフォルメされた子犬のマスコットのぬいぐるみがそんな風に言い放った。
地球の女神ってさっきまで一緒にいた薄青のドレスの綺麗なお姉さんだったはずだ。それがどうしてぬいぐるみの姿に……。女神とぬいぐるみが合わさったからだろうか、元々は白いぬいぐるみだったものが、ほんのりと薄い青が混じった色をしている。
俺はぬいぐるみ……もとい地球の女神を持ち上げる。見た目や感触はぬいぐるみそのものだが、なぜか普通の生き物のように動いている。俺の姿以上に奇怪な生物だ。
『あの、さすがに持ち上げられるのは恥ずかしいのですが……』
と、ぬいぐるみから声が聞こえてくる。ぬいぐるみから、というよりは脳内に響くように聞こえてくる。
「どうなってるのこれ……」
『身体の方は説明しにくいのですが、会話の方は脳内に直接話しかけています。念話というか……そんな感じです』
俺はぬいぐるみを持ち上げたまま見る。本当になにがどうなってるのか、よくわからない。
『あの、だから、とりあえず下ろしてください。いくら私の身体ではないとは言え、これは恥ずかしいです』
「え、あぁ、ごめんなさい」
俺はそっと女神の身体を降ろす。すると女神はその場におすわりをした。
それと同時に、地面に下ろした女神との距離がやたらと近いことに気がつく。以前の俺は170cmほどだったが、あきなちゃんは公式設定で130cmだ。外見があきなちゃんになったのなら、身長も変わってしまっているだろう。こんなところでも、元の身体と違うということを再認識させられた。
俺は、しゃがんで女神と目線を合わせる。
『こほん。じゃあ改めて話をさせていただきますが、その前に、しゃがみ方、もうちょっと考えた方がいいですよ?』
「はぇ?……はっ」
なにやら、女神の視線がある一点に向かっているように感じる。俺は女神の言葉にハッとして、開いていた股を閉じる。スカートから、白のぱんつが全く隠れていなかった。あぁ、そう言えばあのフィギュア、ちゃんとぱんつまで作り込んであって、白だったなぁ。なんて現実逃避をする。それと同時に、どこか恥ずかしさがこみ上げてくる。目の前で見ているのは、子犬の姿の女神なのに。
どうしていいのかわからなかったが、スカートの生地を引っ張り太ももで挟み、どうにかこうにか見えないようにした。それから、女神の方に向かってキッと睨む。
『そんなに睨まれても……っ!』
女神は何かを感じ取ったように、奥にある茂みを睨みつけた。俺も遅れて立ち上がる。
茂みからぞろぞろと『何か』が現れた。ギギ、ギギ、と鳴くそれは、大きさこそ子どもぐらいだが、緑色の皮膚に、額には角を生やし、石や木でできた棍棒を持っている。
その化け物たちは、こちらを見るなり獲物を見つけたかのような下卑た笑みを浮かべる。
『春人さん! 下がってください! あれはゴブリンです! 今の春人さんじゃ、死んでしまいます!』
「え、え、うわっ!」
死んでしまう、という女神の言葉に後退りをしてしまうが、何かに躓いたのか尻餅をついてしまう。
ゴブリン達は好機と見たのか、全員で飛びかかって襲ってきた。
突然の出来事に、転んでしまっている俺は動けずにその場で腕で頭を押さえて身動ぎできずにいた。
「あ、あ、うわああああ!」
『春人さん!』
「はあああああああ!」
怒声のような声が聞こえ、思わず閉じてしまった目を開くと、周りには赤黒い液体が飛び散っていて、緑色の残骸が散らばる。
その真ん中に、燃えるような赤い髪の女性が立っていた。女性は剣をどこかへとしまい俺の方に振り返ると、その場にそぐわない綺麗な笑顔で俺に話しかけて来た。
「大丈夫ですか?」
どうやら、俺たちは助かったらしかった。