「で、デレてないですよ……? 本当ですよ?」
船を漕いで進むこと半日と少し。クリスさんやフーコーに言わせれば、定期便の船とそう変わらない速度でエルフの島へと到着した。
「うぷ……きぼぢわるい……」
「ここで吐かないでくだしゃいよ。吐くなら海に吐いてくだしゃい」
ポプリの漕ぐ船はやたらと揺れた。漕ぎ方がめちゃくちゃなものだから、あっちへフラフラこっちへフラフラ。それはもうひどく揺れたし、まっすぐに進まないし。おまけに波で縦にも揺れた。それはもう、酷いシェイクだった。
陸に上がってからもフラフラだったのだけれど、それ以上に驚くことがあり、酔いも完全に冷めてしまう。
桟橋に船を着け、全員で陸へ上がろうとすると6人程の人影が見えた。耳が少し尖って長く、見目麗しい女性たちが桟橋を塞ぐように立っていた。
おそらく彼女たちがエルフなのだろう。着ている服はまるでメイド服のようにごてっとした服装だけれど、腰には短い杖が下げられなにやらこちらを品定めするように見られている。
クリスさんが俺の前に立ち、フユが手に魔力を集めている。いつでも戦闘ができる態勢を整えている。
けれどルーカスとポプリ、さらにはフーコーまでも特に戦闘準備はしていない。目の前のエルフたちに特になにも感じていないようだ。
戦闘準備組の緊張感が高まった時、エルフたちが動き始める。左右に分かれ、まるで道を作るかのように列をなし、最高の笑顔で声を揃えてこう言った。
「「「ようこそ! エルフの島、『リシャルグリフ』へ!」」」
ここ、なんて観光地?
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「へぇー、じゃああの小船でアングラから来たんですか。それは……よく来れましたね?」
「いや全くおっしゃる通りで……」
ガタガタと揺れる馬車の中で、俺はエルフのお姉さんに接待を受けていた。
展開が急すぎてついていけないけれど、どうやらエルフたちは来訪者に対して敵意はなく、むしろ好意的な様子だった。まるで、観光地に来たお客さんを出迎えるような、そんな対応だ。
エルフのお姉さんはサービスサービスと言わんばかりに俺の頭を撫でたり、果実水を渡してくれたりといたせりつくせりだ。
もっとも、それでクリスさんの機嫌がちょっと悪くなっているんですが。
「……デレデレしてますねアキナちゃん。そんなにエルフのお姉さんがいいですか」
「してないから!」
いや本当はちょっとしてたけど。だってエルフ達みんな美人ぞろいだし。元々男子大学生の俺にとって、この状況でデレデレするなと言う方が難しい。身長差のせいで顔に胸だって当たってるし。……柔らかくて気持ちいい。
……クリスさんがさらに怒ってしまった。
「で、デレてないですよ……? 本当ですよ?」
「いやデレデレしてましゅたよ」
「フユ!」
この駄女神は余計なことを……! クリスさんの機嫌がますます悪くなってしまった。というか、なんで機嫌が悪くなっているんだろう……女心? はわからん。
馬車の中を見ればルーカスだってフーコーだってデレデレしてるのに……なんか理不尽じゃね?
ポプリは寝ていた。さすがにここまでずっと船を漕いでいたし疲れたのだろうか。そんな風には全く見えなかったけれど。単に暇だから寝てるだけの可能性もありそうだ。
「ところで、これはどこに向かっているんですか?」
「このエルフの島の中心、フォーレスですよ。森に囲まれて、自然豊かで、きっと皆様にも気に入っていただけると思います」
エルフのお姉さんに質問をしてみると、お姉さんは優しく答えてくれた。
前情報通り、森に住んでいるというのは本当らしい。窓が小さいのであまり見えないが、景色もさっきから木々しか見えず、それも段々と深くなっている。日の光も、あまり入らずに薄暗くなっていくぐらいには。
薄暗くなるにつれて、鳥や動物の声も聞こえてくる。響き渡るそれはどうにも不安を煽ってくる。
よくよく考えれば、ホイホイとついて来てしまったがエルフ達が敵である可能性だってあるんだ。何が敵なのかもわからないけれど、急に命を狙われることだってあるかもしれない。そう考えると、デレデレなんてしていられない。クリスさんはそう考えて俺を諌めてくれていたんだろう。そうだと思いたい。
そう思って気を引き締めていようと思うのに、目の前のルーカスとフーコーが気になって仕方がない。無駄に楽しそうにしやがって……!
ふと、ルーカスと目があった。なぜかニィッと笑われた。
「お前なー! 少しは気を引き締めてなー!」
「んなことしなくても平気だっつーの。俺はフォーレスにゃ何回か来たことあるしな。フーコーも、その様子だと来たことあるんだろう?」
「ああ、1回しか来たことはないがな。またこんな形で来ることになるとは思わなかったが」
来たことがあるからってそんなに腑抜けた感じでいていいわけがないと思うのだけれど。
そんな風に話している間に馬車が停止する。エルフ達に促され馬車を降りると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な、なんだこれ……」
眼前には、アーチに『ようこそフォーレスへ!』なんて書かれている。目に見えるところにすでに土産屋が見え、屋台出店が立ち並ぶ。どこをどう見ても観光地だった。
フユもクリスさんもこれにはかなり驚いている。俺ももちろん驚いている。驚いていないのはすでに来たことのあるルーカスとフーコーだけだ。
「改めましてようこそ! エルフの島の街、フォーレスへ!」