「さて、アキナくん。いや、勇者と呼ぶべきだろうか」
「レオンハルト陛下がいらっしゃいます。頭を下げるように」
見たことのない騎士の人が、俺たちに向けてそう言った。クリスさんが視線で指示をしてくるので、慌てて頭を下げる。
と言ってもお辞儀をするわけではなく、スカートの裾を持ち、左足を斜め後ろに下げた状態で頭を下げる。いわゆるカーテシーというやつだ。
昨日はこれを完璧に行えるようにと数時間にわたって練習を行った。鬼のようなスパルタ指導のおかげでなんとか形にはなったものの、こんな女の子らしいポーズを取らされるのは恥辱的というか……。
一方でフユのやつは完璧にできていた。むしろクリスさんよりも上手にできているのではないだろうか。さすがに女神は伊達ではないということか。
1日時間を置き、俺は王様との謁見に臨んでいた。この場にいるのはディーンさん、クリスさん、フユと俺の4人である。ルーカスは元々騎士団でもないので特に呼ばれてはいないので欠席だ。出発前に「いやー、呼ばれてなくてよかったぜ。まぁ頑張れよ」なんて言っていたのがムカつく。後で殴ってやろう。
そんなことを考えていると、カツカツとある音と、杖をつく音が聞こえてきた。その音が止み、しんと静まったところで先ほどの騎士が声を出す。
「面を上げろ。謁見を開始する」
玉座に座るのは想像していたよりも年若い王。髭もじゃのサンタクロースのようなおじいさんではなく、ダンディなおじさんというのが相応しいだろうか。王らしく絢爛豪華な衣装とマントを羽織り、頭の上には王冠を被っている。年の頃は30歳前後といったところだろうか。けれども、若いながらにも威厳に満ちた王と呼ぶに相応しい面持ちをしている。
その横には王よりも少し落ち着いた雰囲気のある、壮年の騎士がいた。先ほども俺たちに頭を下げるように命じた騎士だが、王の横に並べるほどの地位を持つのだろうか。
「さて、まずは第1騎士団団長ディーン、そして副団長のクリス。ゴブリンキング討伐の報は聞いている。ご苦労であった」
「はっ、ありがたきお言葉」
ディーンさんとクリスさんが胸に手を当てて返事をする。あのポーズは敬礼のようなものだろう。
そんな2人を満足そうに見ると、今度はこっちの方へと視線を移してきた。
「初めましてお嬢さん方。私がこの国、ディカルディ王国国王のレオンハルト・ディカルディだ」
「あ、その! アキナと申します! こっちはフユと言いまして……」
「フユでしゅ。よろしくでしゅよ」
俺がワタワタとした返事をしている横で、フユが不遜な態度で返事をしていた。
これにはさすがにクリスさんたちも目を丸くして驚いていたけど、王様の方は機嫌が悪くなることもなくニコニコと笑っていて、横に立つ騎士の人がため息をついていた。
「さて、とりあえず謁見はこれまでにして、後は執務室で話そうか。僕嫌いなんだよねこんな形式じみた謁見って」
開始数分で王様が問題発言をし始めた。
騎士の人が「陛下! いい加減にしてください!」なんて怒ってるし、フユは今にも笑い転げそうだしでなかなかにカオスだ。
とうとう騎士の人も諦めてしまい、ついてきてくださいと案内されたのが執務室。現代の物よりも少し古そうに見えるが、作り自体はそう変わらず、仕事をするであろう机と、誰かが訪問した時に使うようなテーブルとソファー。後は壁に本棚があるぐらいの、王宮の中と考えれば簡素な部屋だった。
王様は早々にソファーに腰掛け、側にいたメイドにお茶を用意するように伝えていた。俺たちはどうしていいかわからずにいると、そこに座ってと王様が促してくれたのでそこに座ることにする。ディーンさんとクリスさんは立ったまま、俺とフユだけが座る形になった。
「さて、改めて国王のレオンハルトだ。国王だなんて畏まらずに、近所のおじさんぐらいに思ってくれて構わないよ」
いや無理だろ!
そう叫びそうになるのをぐっと堪え、口を押さえる。その様子にフユは大笑いし、王様もニコニコ顔だ。ただ1人王様の側近の騎士だけがため息をついていた。
「私は近衛騎士のエリックです。王はこう言っておられますが、粗相のないようにお願い致します」
そう真面目そうな騎士、エリックさんは言った。そりゃあ、近衛騎士なんて役職にいればそういう言葉も出てくるよな。それに文句を言ってるのだって王様だけだし。
俺が困惑している中で、王様は話を切り出した。
「さて、アキナくん。いや、勇者と呼ぶべきだろうか」
「え!?」
思わず驚いてしまったが、きっとディーンさんから話を聞いたのだろう。けれど、そんな簡単に信じれるものなのだろうか。
「一応僕も【鑑定】のスキルを持っていてね。とは言っても、見れるのは相手の名前と所属、それから称号ぐらいのものだけどね」
なるほど、【鑑定】を持っているのが自分だけのはずがないよな。
ってあれ? それでもおかしいぞ。俺の称号のところは無しになっていたはずなのだが。けどまぁフユやクリスさんについた守護者の称号から察することもできるだろうけど、それだけじゃ理由としては弱いし……。
俺は念のために、改めて自分自身に【鑑定】を使う。すると、称号の欄に今までなかった『守護者の主』というのが入っている。勇者ではないにしても、クリスさんから聞いた勇者伝説の話を聞く限り、守護者を統べる者は勇者ということになるよな。それで俺のことを勇者と呼んだのか……。
「お言葉ですけど、俺……とと、私は勇者ではないですよ」
俺、と言った瞬間に背中から鋭い視線が突き刺さる。クリスさん怖いんで勘弁してください。途中で直したからセーフだと思いたい。
そして俺の否定の言葉をただ微笑んで聞くだけの王様も違う意味で怖いな。なんか嫌なタイプだ。
「確かに、勇者とは称号にも書いてないしね……。と、これは本題ではないんだ」
「口を挟むようで申し訳ございません。本題というのは、如何様なものでしょうか」
今まで話していなかったディーンさんが口を開く。
話を脱線させそうな人なので修正してくれるのはありがたい。
「本題というのはだね、クリス副隊長にちょっと騎士団をお休みしてもらおうと思ってね」
「……は? え?」