プロローグ
現在16時55分21秒。刻一刻と時間が過ぎ去っていく中、俺は自宅への帰路を全力で走っていた。二十歳を過ぎた大学生が全力疾走である。
普段そこまで使っていない筋肉を酷使しているからか。身体がギシギシと悲鳴をあげているが、構うものか。今を逃したら、この後に始まる大事な時間を逃してしまう。
「うおおおおお! このままだと間に合わん!」
俺が何故こんなに急いでいるかというと、後5分も経たないうちにアニメ「魔法勇者☆マジカルあきな」の放送が始まってしまうからだ。
女児向けアニメと侮ることなかれ。9歳の主人公であるあきなちゃんの努力、友情、勝利の物語は大人が見ても通用するもので、俗にいう大きなお友達になる俺もドはまりした。
ドはまりした結果、バイトでの給料を丸々あきなちゃんグッズに当ててしまうという残念なこともしているのだけれど。
実際のところ、今日も帰り道のコンビニで「魔法勇者☆マジカルあきな一番くじ」を見つけなければアニメの放送に遅れそうになることはなかったのだ。
くじを買おうとした時に、前に並んでいた客が店員に文句を言い始め、そのせいでこっちの順番がかなり遅れてしまった。くじを買う時にも店員が新人だったのかなにか手間取ってて……ってそんなことはどうでもいい。とにかく、急がないとアニメ放送に遅れてしまうということだけだ。
それなのに。それだというのに。
「あぁ! 走りにくいったらありゃしねぇ!」
俺は今、大当たりの商品を2つも抱えて走っていた。
1つは狙っていたものである、主人公あきなちゃんのリアルなフィギュア。私服姿のあきなちゃんがとてもかわいい至極の一品だ。
そしてもう1つは、マスコットキャラである子犬のフユの等身大のぬいぐるみだ。等身大と言うだけあってこれが結構いい大きさをしており、この急いでいる時にはめちゃくちゃ邪魔だ。他にもクリアファイルやマグカップなんかも当たったが、それは袋に入っているのでさほど気にならない。幾ら使ったのかは聞かないでほしい。
すれ違う人に奇異の目で見られたりするが、こればかりはしょうがない。まぁ、妹の夏蓮はぬいぐるみが集めが趣味だし、なんだかんだ俺と一緒に「魔法勇者☆マジカルあきな」を見ているから、それなりに喜んでくれるだろう。もう高校に上がるというのに、ぬいぐるみで喜ばれるのはそれはそれで心配なのだが。
全力で走り切り、家の中に入ろうとドアノブを捻ったその時だった。
急に視界……と言うよりも、周りの全てがぐにゃぐにゃと歪んでいく。家の庭、近所の家、地面、空。その全てが歪んでいく。現実離れしたその光景に俺は恐怖し、急いで家の中へと入ろうとした。家のドアを開けたその先は、生まれ住んだ、勝手知ったる家の中ではなく、何もない、真っ白い世界だった。
「……へ?」
勢い余って真っ白い世界へ飛び込んでしまうと、そこに大地を踏みしめる感触はなく、俺はどこまでもどこまでも落ちて行ってしまう。
「ちょっ!? なんだよこれぇぇぇぇぇ!?」
それが、俺と、俺のこれから出会う仲間たちとの、長い長い冒険の始まりだった。