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第13話 もうちょっと

 最近、主人と奥方の距離が縮まった。少し。と思う。

 リュークのあとを歩いていた従者は急に足を止めた主人にぶつかりそうになって慌てて止まる。靴半分ほどの距離、といったところか。

 一体どうして止まったのかと背の高い主人を見ると、どうも手元の書類ではなく横に目線が注がれている。

 横には、窓。

 そろっと後ろから窓の外を見ると、奥方の横姿。

 庭で侍女と何かをしている。そういえば、雑草は一本たりともなく植木も見苦しくはないが殺風景な庭に花壇を作りたいとかなんとか。夫人つきの侍女の一人である妹に言われて主人に許可をとったのは一昨日か。

 奥方は花がとても好きで、実家の方で手ずから育てていたそうだ。

 これから向かう季節は多くの花が咲かない時期だから花壇の位置取りでもするのだろうか。


「温室、作るか」

「かしこまり……へ?」


 これで実用的な部分と最低限の体裁しか整える気なかった侯爵の考え反映された庭に色が宿るな、これが主人が結婚して生じる変化、なんていい変化なんだとか考えていた従者は返事しかけて聞き返した。

 何でもかんでも吟味せずに返事しているわけではないが、基本的に「できない」という返事をすることは許されないし、リュークはそこら辺を計って言ってくるのでそういうことはない――出るとは思ってなかった似合わない言葉を捉えてしまった。

 温室?


「温室、ですか?」

「温室だ。せっかくやりたいことができたのに今からは冬だろう、温室を作れば季節は関係なくなる」

「温室はそんなに早くできませんが」


 主人は窓の外を見たまま黙った。

 普段があれで見慣れてきているので忘れがちだが、精悍な作りをした顔は固まっているわけでなく真面目そのものなので頭を全力で動かして解決策を考えていると思われる。

 領地の問題を考えているときと同じように見えて、異なる。

 従者は変わっていないだろう主人の目線の先を辿って庭に目を戻す。何だかとても笑顔だ、ミアが面白いことでも言ったのだろうか。とにかく信頼が得られていることが見てとれる。

 するとちょうど侍女がちらとこちらに気がついた様子になり、傍らの女主人に声をかけたように見える。

 かけられた方は笑顔のまま、


「――うお、気づかれた」


 こちらの窓を見上げて驚いた表情をし、さっきの名残のように微笑した。

 こちら側に沈黙五秒。のち、リュークが後ずさった。

 従者はびくりとした。主人が後ずさるところなど見たことがなかったのだ。


「覗き見ではないのですから、よろしいではないですか」

「そうじゃなくて、こう、」


 照れるだろ。と真面目な顔で言ってくださった。

 最近食事のときの会話は途切れ途切れで間は不自然であるがするようになり、ふいに遭遇したときにもそれほど冷血感はなくなっていた。

 皆で仕組んで二人っきりにした帰り道のあとの落ち込み具合で何をしたのかと心配したが、何なのか。

 ミアの方からも奥方が気落ちしていたと聞いていたが……。

 二人とも詳しいことは話さない。

 今も、窓一枚隔てていると多少時間差があるのか、それとも慣れてきただけなのか。


「俺はこうするたびに人生の八割損している気になる」

「そればかりは頑張り次第ですから」


 それなら素直に見て、自分も笑い返せばいいのに。不器用で素直でないのがここまでくると、やきもきを越える。

 やれやれと首を振って従者は窓の外を確認する、と侍女と何やら話している様子。フォローでもしてくれているのだろう。


「ティム、行くぞ」

「もう、よろしいのですか?」

「ああ」


 言われ、リュークが従者に背を向ける直前、彼はたしかに笑んだ。穏やかな表情で笑みを浮かべる主人に気を取られていると、当の主人が歩みを進めはじめた。

 これが、結婚して生じる主人の変化。……というよりは、人を好きになって生じた変化だろうか。

 あの笑顔を奥方の前でも出せればいいのに……あと一押し欲しいところだ、と従者は慌ててその背を追う。



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