夢と欲
なんと光栄な事だろう。
「しっかりするんだ! マース! 目を閉じるな!」
勇者様が私の名前を呼んでくださっている。
ただの一兵卒にしか過ぎない自分などの名前を憶えていてくださったのだ。
かすれた視界には勇者様のご尊顔が映る。
戦いで汗をかいて、特徴的な色素の薄い赤毛が顔に張り付き、泥がこびりついている。
それでも勇者様は十分すぎるほどに美しかった。
そんな美人が倒れた私の傍に駆け寄り、膝を雪でぬかるんだ地面について、介抱しようとしてしてくれているのだ。
これ以上光栄なことがあるだろうか。
魔族の領地と近いコッペルバリ領で農家の三男として生まれ、幼い頃から勇者の冒険活劇を聞くのが好きだった私は、大人になるとその心のまま兵士に志願した。
シリヤン湖という広大な湖を持つコッペルバリ領での農民という職業は、他の領よりも遥かに安定性を約束していたが、それでも夢には敵わなかった。
しかし兵士という、現実を正しく直視しなくては容易く死んでしまう職業は、私の夢を早々と所詮夢でしかないと教えてくれた。
勇者は大剣を軽々と振り回し、様々な剣技を繰り出し、魔族を次々倒していくが、
私は片手剣すらろくに扱えず、同輩の者に差をつけられ、先輩に倒される始末。
勇者はその身に宿した莫大な魔力で、あらゆる強力な魔術を操るが、
私はそもそも魔術の行使ができるほど、その神秘を理解できなかった。
私が誇れることと言えば、体の頑丈さぐらいだ。
その頑丈さを頼りに、厳しい訓練を誰よりも多くこなし、先輩の教えに必死に齧りついていった。
その甲斐あって、一年が経つ頃にはなんとか一般的な兵士にはなっていた。
私が家を出ることに反対し、それでも最後には支援してくれた親に、どうにか胸を張れるようになった。
とは言っても魔族と戦ったことはない。
それはもっと上の兵士の仕事だ。
私では足止めにもならないだろう。
私はせいぜい迷い込んだ魔獣退治や、街の警邏に駆られるぐらいだ。
そんな日常に追われ、さらに三年が経つ頃には最初に持っていた夢などすっかり忘れ去ってしまっていた。
それなのに。
突然の勇者の発見と、魔族への総攻撃の発表。
勇者だ。
本物の。
物語の中のではない。
当然、攻撃部隊に志願した。
王都ガムラ・ウプサラより来た勇者様は、やはり勇者だった。
いや、それ以上と言うべきだった。
勇者様は美しかった。
魔族に攫われ、勇者に助け出されるのを待つお姫様と言われても、信じてしまいそうだった。
それに加えて、やはり普通の人とは違う、どこか不思議な雰囲気も合わせ持っていた。
魔族との停戦を取り付けたユールの前日に到着した勇者への、歓待の宴は盛大に行われた。
私はすっかり舞い上がってしまっていた。
私だけではなく、誰もが浮かれていた。
勇者様が来た。これで勝てる、と。
間違いなくこれまでの人生の中で、そしてこれからの人生の中でも最高のユールだった。
先輩に見張りの仕事を押し付けられたが、そんなことも気にならない程だった。
そしてそのことが、私の命を救った。
夜が明ける前、すなわち停戦の期日が確実に切れた頃に魔族が攻めてきた。
武装していた私はなんとかまだ魔族の猛攻に耐えることができた。
しかしやはり、私の実力ではすぐに限界が来た。
魔人の振るった力任せの剣が私の剣を弾き飛ばし、そのまま腕を痛打された。
幸いと言うべきか、ろくに手入れのされていなかった魔人の剣では切れずに折れただけで済んだが、私の戦線離脱はこれで決まってしまった。
そしてそんな魔族の群勢も、勇者様が撃退してくれた。
もうその活躍を間近で見れないのかと思うと、残念でならない。
だが、王都から来た治療魔術士がなんとかしてくれるらしい。
ありがたいことだった。
そこからの記憶は曖昧だが、こうして勇者様の傍で倒れているという事は、私は最前線で戦うことができたのだろう。
それこそ、勇者様に心配されるほどには、活躍できたのだろう。
「魔術士! 治療魔術士はどこだ!?」
ああ・・・・・・。
もう体に力が入らない。
もう勇者様の顔すらわからない。
せっかくの憧れの勇者様と話すこともなく死んでしまうのか。
それは、いやだな。
最後の力を振り絞る。
「勇者、様・・・」
「なんだ、どうした!?」
「あなたと、共に、戦えて・・・光栄でした」
本当に。
これで想い残すことはない。
あとはまた勇者様と一緒に戦えるようにヴァルハラで鍛えるだけだ。
ああ・・・・・・いい夢だ
「私が欲しいのは、それじゃないんだ。私が欲しいのは・・・・・・」
またも短め。
一般人から見た勇者像・・・という話に見せかけて、勇者の心情吐露回。
一般兵は前にやりましたからね。
次回はこの流れからの勇者過去回想回です。
更新は明日の朝8時過ぎとなります。
ではでは。
心情吐露回
勇者過去回想回
すごい字面・・・。
たぶん「吐」という漢字がアレなんでしょうね。
簡易解説
マース
マーズが死んでしまうと、ガイアーに搭載された反陽子爆弾が作動して、地球が滅んでしまう。なんとしてもマーズは守らなければならない。次回「反陽子爆弾・バクハツ!?」お楽しみに。
コッペルバリ
コッペル祭りのこと。
ではなくて、今は無きコッペルバリ県のこと。
「コッペルバリ!」と叫ぶと必殺技っぽい雰囲気が出る。
ろくに手入れのされていなかった魔人の剣
ヨルンナグルが休戦日に、部下に手入れを命じていたが、この体たらく。
いかに魔族側が人間を舐めくさっているかよくわかる。
王都から来た治療魔術士がなんとかしてくれる
ナニカサレタヨウダ
ピーピーピーボボボボ
投稿直前にフリーズ・・・・・・。
申し訳ないです。