王と子
会議はもちろん紛糾した。
誰が悪いか。
無論、俺だ。
だが。
『はあーん。巨人族最強がその程度とはねえ。口ほどにもねえよなあ。ほんと』
こいつに。
この無能に。
ここまで言われなければならないのか!
「グッリ、貴様! 言わせておけば! 貴様の部下が少しでも戦えていたなら、せめて二段強化ベルセルクルのことくらいはわかったのだ!」
『おいおい、オレのせいかよ・・・・・・負け犬風情が』
「貴様! 我らを犬と愚弄するか!?」
『ヨルンナグルさん、落ち着いてください。グッリさんも煽らないでください』
ウームが仲裁に入るが、頭に上った血はそう簡単に落ちてこない。
「今回という今回は貴様を許さんぞ! いずれ必ずその翼をもいでやる!」
『そういうのは目の前の勇者を片付けてから言うんだな』
「貴様! 一番多くの損害を出し、勇者を素通りさせた貴様が言うか!」
『わりいが、オレたちはいちいち地上を這いつくばる奴らなんぞに気は配れねえんだ』
「少しは地に足をつけて、まともな事を言ってみたらどうだ! 貴様らに余裕がないのは今に始まったことではないだろう!」
『ともかく! その状況でいったん退いたのは見事だと思います!』
ウームが声を上げ、強引に話を変えにかかった。
「・・・・・・・・・・・・」
仕方なく、俺も頭を冷やすことにした。
そうだ。いつまでもこの馬鹿にかまっている暇はない。
その馬鹿はいまだに俺を挑発しようとしているが、なんとか抑え込む。
『話を聞く限り、二段強化されたベルセルクルの術式は人間の体では耐えられないようです。一度使った者をまたすぐ戦線に出して、ベルセルクル化させるというのは無理でしょう』
「その通りだ。魔術士の数はそれほど減らせなかったが、元々治療魔術士はそう多くない。あの傷を癒しきるには、魔力の関係上一度では一人か二人が限界だろう」
『戦闘になる度、人間の部隊で戦える人数は減っていくでしょうね』
そうだ。
我らの方針は最初から変わっていない。
勇者が倒せないなら、勇者が戦えない状況に持って行けばいいのだ。
一人で戦争はできまい。
『砦は奪われましたが、人間が『鉄の森』で生活するのは困難でしょう』
「通常の野生動物はほぼ生息していないからな。肉を得るには、魔獣を狩るしかない」
『その狩りで、また人間に被害も出るでしょう』
もちろん勇者が出向けば被害は出ないだろうが、一人で全員を賄うだけの量を確保するのは無理だろう。
『問題は、人間がまた犠牲を省みずに攻撃をしてきた場合ですが・・・・・・』
ウームが言葉を濁す。
我らに配慮してのことだろう。
先ほど痛手を負ってきた身だ。
簡単に任せろと言うわけにはいかない。
「そうだな。人間の数も減っただろうが、我らの負傷も無視はできない」
『あと一回。あと一回凌げれば実質勝敗は決します。なんとか耐えるしかないでしょう』
「わかった。ともかく今は負傷兵の回復を優先させよう」
まさかたかが人間との戦いがここまで接戦するとは。
不謹慎ながらも、沸き立つものがある。
今まで、俺の相手をまともに務めることができる奴は、一族の者を含めて存在しなかった。
常に物足りなさを感じていた。
人間相手ではなおさらだ。
それが今ではこんなにも手傷を負わされている。
勇者。
あの女。
ローザル。
今や夢にも出てきそうだ。
ローザルとの命を賭けた駆け引きが心を乱す。
あのカワイイ村娘のような、平凡そうな女が折れてしまいそうな細腕で長剣を繰り、蛇の目で俺の心臓を狙う。
これが興奮せずにいられるか。
可能ならば、いつまでも切り結んでいたいものだ。
まあ。それがままならんのが戦いだ。
戦争は、自分だけでできるものではない。
『なあ。つまらねえ話するだけなら、オレはもう抜けるぜ』
俺の気持ちに水を差す奴がいた。
当然、グッリだ。
「貴様は、貴様という奴は・・・・・・」
怒鳴りかけて、ふと違和感に気付く。
今回はやけに話が進む。
そして隣にいる通信士が耳を抑えていない。
つまり、親父殿が静かだった。
「親父殿、どうした?」
いまだに一言も発していない親父殿に問いかける。
俺の言葉で、他の奴らも気づいたようだ。
スパーはいつもどおり何を考えているのか全く解らない。
そしていつもどおり無口だ。
『・・・・・・・・・・・・』
だが、いつもうるさい奴が黙り込んでいると不気味なものがある。
『父上?』
『オヤジ?』
ウームとグッリもそう思ったのだろう。
静かに、刺激しないように問いかける。
『いや・・・・・・』
親父殿がやっと喋る。
喋るというよりは、零すという感じか。
この間話した時と同じだ。
それを知らない奴からすれば、余計に不気味だろう。
『やはり、勇者か』
「あ、ああ。たしかに砦を奪われたことは痛いが、この第二前線基地からでも十分に巻き返しは可能だ。次の一戦が鍵だが────」
『いや、いい』
親父殿が俺の言葉を遮る。
『それはこちらでなんとかする。少なくとも、負けはない』
「親父殿? それはどういう────」
またしても、答えることなく通信は切れてしまった。
『んだよ、気持ちわりい』
グッリも気味が悪そうに通信を切った。
最早こいつはどうでもいい。
「なんだったんだ・・・」
『なんなんでしょう・・・』
ウームと合わせて呟く。
また極少人数の会議になるなと思って、スパーとの通信が切れていないことに気付く。
「どうしたスパー。なにか知っているのか?」
『・・・・・・全ては既に紡がれている』
ボソリとささやくように、しかし妙に耳に残る言葉だった。
そして、通信が切れる。
「なんなんだ?」
『わかりません。が、一つ思い出しました』
「なんだ?」
『子供の時、何回か父上に昔話を聞かせてもらったことがあるんです』
ウームは俺の質問に答えてくれた。
というか、意外だ。
あの親父殿がそんなことをするなんて。
俺にはそんな記憶は一切ないぞ。
末っ子には甘いのか。
すこし興味が湧いた。
『父上がまだ若かった頃、先代の勇者と戦ったことがあるらしいんです』
「ほう」
かなり興味が湧いた。
「そういえば親父殿は長命種だったな」
先代というと、百年以上前だ。
その頃は人間との抗争が今よりももっと激しかったらしい。
『なにぶん大分前に聞いた話ですので結構忘れてしまいましたが、当時の勇者は圧倒的だったそうですよ』
ウームが聞いた話によると、先代勇者は燃えるような赤髪で、瞳は蛇のように縦に割れ、高速で空を飛びまわり、強力な魔術を同時にいくつも操り、魔剣での一撃は大軍をも蹴散らした、らしい。
なんだそれは。
化け物じゃないか。
今の勇者が別の意味で可愛く思えてくる。
脚色が加えられていると考えても、尋常な強さではない。
「親父殿はよく生き残ったな」
伊達に三倍強いと言われているわけではないのか。
「その過去が、親父殿をあそこまで怯えさせているのか」
『そうかもしれませんね。最近、妙な動きをしていると聞きますし』
ウームの新たな報告に眉をしかめる。
「どういったものだ? まさかセイズ魔術に耽っているとかではないだろうな」
『まだ詳しいことはわかりませんが、どうやら秘密裏にどこかと連絡を取っているようです』
「親父殿は・・・・・・」
厄介ごとの匂いに額を押さえる。
『深頭族としても調査していますので、何か分かり次第連絡します』
「そうしてくれ。この局面でこれ以上面倒を抱えるのはご免だ」
ウームと共に、苦笑が漏れる。
もう無理やりにでも笑うしかない。
『わかりました。ご武運を』
「そちらも、健闘を祈る」
通信を切り、山積みの問題に頭を悩ませながら俺は歩き出した。
会議二度目。
ヨルンナグルが責められる回です。
事実上の敗走ですから、仕方ないですね。
次回更新は今日の夜8時過ぎになります。
ではでは。
簡易解説。
三倍強い
別に赤く塗っているわけではない。
そのような伝承があるのです。詳しいことは不明ですが。
貴様、塗りたいのか?
セイズ魔術
北欧に伝わる魔術の一つ。
女性的な性的快楽を伴うとされ、男性がこれを行うことは禁忌とされた。