爪と赤
まさかこの段階から兵士を捨て駒にするとは思わなかった。
強化ベルセルクルをさらに強化するとは。
そのあまりの鬼気の迫りぶりに、苦戦する部下が見える。
とはいえ、俺は俺で手いっぱいだった。
目の前の勇者に、それでも笑って話しかける。
「どうした、勇者。息が上がっているのではないか?」
「そういうあなたこそ、ずいぶん疲れた様子ですね?」
勇者も笑って応えてくる。
持ってきた剣は全て鉄屑へと変えられてしまった。
隙を見て拾った剣は、今まさに拾い集めて鋳つぶすしか使い道を無くされてしまった。
最後に残った武器は自前の長鉤のみ。
さらに接近して爪を振るう。
勇者も剣を振ってくるが、剣より腹を狙って叩きやすい。
「それにしてもどうした、勇者よ。こんなに兵士を使い捨てるとは。ヴァルキュリヤにでも唆されたか」
勇者が顔を沈痛に歪める。
「そちらこそ、誇る最強に次々と傷がついていっているようですけど?」
今度はこちらが黙る番だった。
お互い、一旦腕を止める。
ほとんど体を密着させた状態で睨み合う。
「クククク」
「ふふふふ」
そして同時に笑い、再び武器をぶつけ合う。
そうだ。
わかりきっている。
お互いに。
部下を助けるには、
仲間を助けるには、
こいつが邪魔だ!
「そういえば勇者よ。貴様、名はなんという?」
ふと気になったことを問う。
勇者は訝しげにしながらも、答えた。
「・・・ローザル、です。魔族の将、あなたは?」
「長鉤族が族長、ヨルンナグルだ」
答えて、さらに前へ詰める。
ローザルの蛇の目を見返す。
ローザルは、俺の目を睨み返す。
何度か爪を削られて、その度に指先から伝わる不快な振動に、背中の毛がゾワリと逆立つ。
しかし密着してわかったが、こうしていた方がローザルの剣による攻撃の頻度を下げることができる。
考えれば当然だ。
そこに剣を振るうだけの隙間がないのだから。
とはいえそれでも、俺の間合いでもローザルを殺すことはできない。
もちろん手傷は負わせている。
しかし微々たるものだ。
それでは部下の体が持たない。
視界の隅で捉える。
部下はもう満身創痍だ。
二段強化されたベルセルクルも、自滅したのも含めて随分な数が大地と一体化しようとしているが、まだ数がいる。
そろそろか。
思うと同時、砦の向こうからガーンという金属音がかすかに聞こえる。
「うん?」
人間には到底聞こえないだろうと思ったが、ローザルには聞こえたようだ。
聴覚まで人間離れしているのか。
末恐ろしさを感じながらも、俺は叫ぶ。
「撤退だ! 撤退するぞ! この砦は放棄する!」
「なっ!?」
ローザルが驚愕もあらわに俺を見上げる。
その一瞬の隙に、ローザルの腕を掴む。
そのまま握り潰せればいいのだが、さすがにそこまでの隙はない。
その代り、俺がローザルよりも確定的に勝っているあることを利用する。
それはもちろん────体重だ。
掴んだ腕を引っこ抜くようにして持ち上げる。
「きゃあっ!」
存外可愛らしい声を上げる。
そう思って、はたと気づく。
そうか、これが“カワイイ„か。
そのまま体ごと振り回し、思い切り放り投げる。
「む、ぅん!」
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────」
悲鳴を引きながら森の向こうに消えるローザルを見送り、ベルセルクルを蹴散らしにかかる。
としたところで、飛んできた魔術による炎をよける。
ローザルが投げられながら撃ったものだ。
やはり使えたのか。
流石と言うべきか、並の魔術師よりも強力な魔術だったが、錬度が甘い。
これまで使ってこなかったところを考えると、あまり得意ではないのだろう。
改めて、ベルセルクルへと向かう。
せっかく勇者がいないのだから、その間に皆殺しにしてやりたいところだが、ローザルの脚力を考えると戻ってくるまでそんなに時間はかからないだろう。
「さあ、退くぞ! 撤退だ! 急げ!」
例の通信用魔道具を筆頭に、重要なものは爺に言って既に移動の準備を済ませてある。
(急な事態であったので、少し時間がかかったがな)
動けない者や倒れている者に可能な限り肩を貸し合い、担ぎ、森の奥へと消える。
俺は殿を務め、向かって来るベルセルクルたちをわざと殺さないように、仲間同士ぶつかり合うように放り投げて、動けなくしていく。
部下たちが全員撤退したのを見届け、俺も森の中に入る。
ベルセルクルにはやはり理性を失っている者も多く、血を撒き散らしながら折れた足で追って来る奴もいた。
そういう奴らだけを手早く始末して、我らは撤退を完了させた。
短めです。
戦闘シーンは長引かせるとグダってしまうからなんですが、切り方を誤った気が・・・・・・。
ともあれ、楽しんでいただければ幸いです。
次回更新は明日の朝8時過ぎです。
ではでは。
簡易解説。
ヴァルキュリヤ
オーディンの命により、戦死者の魂をヴァルハラへと迎え入れ、もてなす役目を持つ。ちなみに女性しかいない。
単に導き手としてだけではなく、オーディンの命により、戦況に介入し、勝敗を左右することも。そのため、オーディンは死の神とも言われる。
その命令に逆らった者として、ブリュンヒルデが有名。
バルキュリヤという個別の種族がいるのではなく、様々な種族より、その役目をもたらされたものという説がある。