剣と女1
軽く仮眠を取り、最低限の防衛要員を基地に残して、夜明け前に人間の基地を目指して進軍する。
休戦日はもうとっくに終わっている。
ノートが引き連れし夜闇の中、音も立てずに走る。
雪を固め、
地を蹴り、
樹々の隙間を縫い、
風を纏って駆ける。
我らの黒い毛並みが夜に溶ける。
夜は我らの世界だ。
夜目の利く我らにとって、闇は障害と成り得ない。
そう!
ここに!
こここそに我らが神がいる!
見よ。
頭上に輝くマーニを。
同じ名を持つ哀れな巨人の駆る馬車に曳かれて、天を横切るあの月を。
その背中に齧りつかんとするこの闇こそが我らが神だ。
我らは、今、神と共にあるのだ!
「ウゥオオオォォォオオオ────!!」
声を上げて合図をし、基地へと攻め入る。
「「「ウオオオオオオオオオオオォォォ────!!!」」」
すでに基地を包囲していた仲間たちも、叫びながら決められた場所へと攻撃を仕掛ける。
我らは暗殺者ではない。
人間に思い出させるのだ。
我ら巨人に対する恐怖を。
正面から蹴散らしてやる。
篝火を蹴倒し、地面に炎を広げる。
「なんだ!? なにご──ぐはっ」
慌てて起き出してきた兵士を斬り捨てる。
「おのれ魔族め!」
見張り番だったのかきちんと武装した兵士の剣を避け、足を蹴り飛ばす。
「ぎゃっ!?」
ボキリと、鈍い音を立てながら吹き飛んでいく兵士を尻目に、剣だけを装備した兵士へと走り寄り、爪で喉を切り裂く。
ヒュッ────
この闇の中で誰が射ったか、矢が飛んできた。
同士討ち覚悟か、よほど腕に自信があるのか。
背後から放たれた矢を躱して、近くにいた兵士の首を掴み、射手がいる方向へ投げ飛ばす。
「ぐえっ!」「うわあっ!」
2人分の悲鳴を聞きながら、さらに兵士を斬る。
相変わらず、物足りないものだ。
斬り、
切り、
時に殴り潰し、
切って斬って斬って斬って斬る。
三十人ほど殺して、広がった炎で辺りがずいぶん明るくなった頃に、それは現れた。
「なんだこいつは!?」
「やめろ! 近づくな!」
「グアアアア!」
今の悲鳴は人間のものではない。
仲間のものだ。
「なんだ?」
まさか、という思いがよぎる。
その思いのままに仲間の元へと走る。
「族長おお! 族長殿おお!」
「とんでもない奴らがいます!」
駆け付けたその先には仲間が五名いた。
そして四名になった。
「なっ!?」
信じられないものを見た。
我らの頑強な躯が剣で一刀両断される。
斃れる仲間の陰から何かが走る。
炎が割れる。
薄い赤色が闇と炎の間を走り、次々と仲間を斬り裂いていく。
「ぬううっ」
慌てて走るが、ここからでは間に合わない。
四を零にした薄い赤色は、そのまま真っ直ぐに俺の方へと走ってくる。
疾い。
我らと同じくらいの速度は出ているだろう。
つまり、我らより素早いという事だ。
だが力なら負けはしない。
敵の振る剣に、俺も剣を合わせるように振る。
鍔迫り合いに持ち込み、そのまま押し倒してとどめを刺してやる。
だが、剣は触れ、そのまますり抜けた。
「なにっ!?」
すり抜けた敵の剣がそのまま勢いを殺さず、俺の胴体へと迫る。
「ちいっ!」
咄嗟に身をよじって躱すが、軽くひきつるような痛みが走った。
だが、この程度なら問題ない。
走った勢いのまま距離を取り、振り返る。
俺の剣は半ばで折れて────いや、切り口を見ると切断されていた。
敵も少し離れたところで立ち止まり、俺の方を見た後、不思議そうに手にした長剣へと視線を落とした。
そこでようやく、敵の姿をはっきりと捉えた。
「お前、川にいた女か」
「あなたは! ・・・・・・そう。あなたが魔族の大将でしたか」
女が俺を見据える。
川にいた時のような、村娘の服ではなく、今は金属の鎧を着こんでいる。
その目は昼間と違い、蛇のようだった。
「その目・・・・・・。そうか。お前が勇者か」
伝承の通りだ。
女は答えなかった。
ただその長剣を構えた。
あれが魔剣グラムか。
その剣は全てを斬り裂くという。
背後に気配を感じた。
視界の端で見ると、他の兵士と違って鎧に毛皮のようなものを付けた、大柄な男たちが炎を踏み越えて姿を現していた。
その目は血走り、顔色は悪く、息が不自然に荒い。
異様な魔力を感じる。
「ベルセルクルか」
だがこちらにも仲間がいる。
「族長!」
「ご無事ですか!?」
悲鳴を聞きつけた仲間たちが駆けつけてくる。
「この女には絶対に手を出すな! 勇者だ! 俺が相手をする!」
大声で伝える。
仲間に動揺が走るのが見ずともわかる。
まさか本当にもう合流していたとは。
予想以上、いや、予想外の速さだ。
「そいつらは恐らくベルセルクルだ! 無理に相手をする必要はない! 数名で引き付け、残りは撤退させろ!もう十分だ!」
思考が停止する前に指示を出し、女──いや、勇者へと斬りかかる。
仲間たちもそれに続いて動き出す。
「撤退だ! 退くぞ!」
「こいつらを自由にさせるな! 複数で当たれ!」
勇者も走り寄り、剣を振ってくる。
まともに打ち合えば勝ち目はない。
そもそも打ち合うことが不可能なのだ。
俺は剣の振る軌道を無理やり変え、勇者の剣の腹を叩くようにした。
ガン!
甲高い音とともに、剣が弾かれる。
どうやら力もかなりあるようだ。
さすがに我らほどではないが、それでも並の人間よりは遥かに上だろう。
体ごと回すようにして、さらに剣を打ち付ける。
ガン!
ガン!
キン!
ガン!
キン!
しかしそれでも何度かは軌道を読まれ、まともに打ち合ってしまう。仕方はない。別に俺は剣の道に優れているわけではないのだ。
斬り合うたびに短くなってしまった剣を放り捨て、無手で構える。
斬り合いながら、かなり離れたところまで来てしまった。
森の入り口に近い。
喧騒が、少し遠い。
炎に照らされた勇者の顔は、ひたすらに不思議そうだった。
「あなたは、強い」
勇者が静かに口を開く。
「だが今はこれだけだ。これ以上、俺はもう本気では戦わんぞ」
仲間たちもほとんど撤退しただろう。俺もいつまでも勇者と戦っている余裕はない。
欲を言えば、もちろんここで勇者は仕留めておきたい。
だが負けるとは思わないが、勝てるとも思えない。
そして、負けはしないが、死ぬかもしれない。
なにしろ伝説の魔剣グラムだ。
なにがあるかわからない。
「追って来るならば来るがいい。一人になるだろうがな。そのときは我らが全霊で相手をしよう」
蛇のような目を見つめたまま後ろに下がり、森へと紛れる。
勇者は追ってこなかった。
「初めてだな」
剣を通して、あれだけ人間と顔を合わせたのは。
そしておそらく、二度同じ人間と会うのも。
戦闘シーンでした。
勇者戦以外では、一方的な戦闘になります。
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なんか嘘くさくなってしまった。
次回更新は本日の20時です。
昨日とは時刻が違いますのでご注意ください。
夜の8時です。
ではでは。