狼と花2
極少数の会議が終わり、通信士に、今はもう作製不可能な神代の通信用魔道具の停止を命じ、部屋を出る。
「ふう」
深く息を吐き、これからしなければならないことを頭に浮かべる。
と、そこに声をかけられた。
「話し合いはうまくいきましたかな?」
「爺か」
爺────本名はフェール。
俺がまだ幼く、族長の息子という立場であった頃から、よく面倒を見てくれていた者だ。
正確な歳は知らないが、老いた今でも、公私にわたって助けてもらっている。
軍では参謀という立場に就いている。
施設の出口を目指し、歩きながら続ける。
「いつものことをうまくいっていると言うのなら、そうなのだろうな」
「では、うまくいっているのでしょうな」
長い付き合いだ。
言葉にしなくても、通じるものがある。
「そちらはどうだ?」
「そうですね。予想通りのことをうまくいっていると言うのなら、そうなのでしょうな」
「では、上々だな」
「ええ。人間の部隊が情報通りなら、そろそろ決断しなくてはなりません」
出るか。
退くか。
「とはいえ。少なくとも今日を含め三夜以上は猶予があります。敵も補給が必要でしょうから」
「ああ。そうだな」
施設の外に出る。
薄く積もった雪が足元を冷やす。
背の高い樹々から伸びた枝葉の層は厚く、その間を縫った光が複雑な影を作っている。
風が吹き、光が揺れる。
「・・・・・・・・・・・・」
風に混じった異物に目が細まる。
風の出所。
つまりは人間の前線基地があると思われる場所に目を向ける。
「〝ユール〟でしたかな」
「いい気なものだ」
〝ユール〟とは、人間たちの間で行われる祭りのことであり、神々に祈りと生贄を捧げる聖なる日だ。
勿論、俺たちにとっては聖なる日でもなんでもない。
我らが讃える神は、今頃世界樹の裏側で月を追いかけているだろう。
黒い煙がいくつか天に昇っているところを見ると、豪勢な食事を楽しんでいるらしい。
「わざわざ休戦を申し出てきたほどですからな」
「ふん。あんな奴らに、何を祈ることがあるのか」
そう。
今日は休戦日だ。
そうでなければ、親父殿達とのあのような無駄話に誰がわざわざ付き合うものか。
人間側からの休戦の申し入れなんぞ、平素ならば受け入れるつもりなど微塵も無かったのだが、現在劣勢に立たされている立場では、受け入れを考慮せざるを得なかった。
そして、考慮している間に親父殿が勝手に受け入れてしまった。
思うところが無いわけではないが、一度交わした約定を反故にして軍事行動を起こすほど野蛮な我らではない。今日はこうして兵士たちに休息を与え、武具の整備や食料の確認と確保を普段よりも細かく行わせている。
俺たちも、やるべきことは山ほどある。
人間たちのようにお祭り気分でいるわけにはいかないのだ。
「では、私は引き続き部隊の状態について調べてきます」
俺はどうするのかという問いに考え、
「少し歩いて、直接部隊の状態を見て周ってくる」
「わかりました。では」
爺と別れ、反対方向、基地の外側へと歩き出した。
土と混じった雪をさらに踏みつけ、ウームとの話に考えを巡らせる。
現行戦力で、どこまで『グリンブルスティ』に対抗できるか。
一夜前も小規模とは言え戦闘があり、負傷者が出た。
巨人は人間よりも傷の治りが早いとはいえ、積もり積もった傷は無視できない。
人間の部隊よりも数が少ないのもあり、傷が治りきる前に戦場に出ざるを得ないのが現状だ。
いや、人間の数が多すぎるのか。
いかに圧倒的な身体能力を誇ろうとも、一度に相手できる数は決まっている。
「おや、族長殿。見回りですか?」
「おお、話し合いはどうでした?」
火の近くで座り込み、武器の手入れをしている連中に声をかけられ、少し話をする。
そう。
武器にしたって、人間が造った物より我らの物のほうが数段劣っている。
鋳造技術に難があるのだ。
あまり細かいことにこだわらない種族的な性質もあるのだろうが、そもそも研鑽の年月が違う。
大昔。それこそ人間がまだ鉄の武器を持つ前、我々長鉤族の武器はその名の通り、己の爪であった。
鋭く、硬い爪は容易に人間の皮の鎧を切り裂き、その命を奪った。
人間の武器が長くなり距離を取られたなら、長く伸びた爪を折り、木の棒の先に括りつけたり加工などをして武器を作った。
我らが鉄に手を伸ばしたのは、人間たちの鉄製の武器が洗練され、我らの爪よりも優れているという事を認めてからだった。
人里を襲い、鍛冶職人を拉致し、その技術を真似しだしたのは大昔のことではない。
いまだ試行錯誤を重ねている段階である。
それ故に、我らが持っている鉄製の武器のほとんどが人間から奪ったものである。
勿論、戦った後の死体などから奪うため傷んではいるが、まだマシだ。
話を切り上げ、また歩き出す。
指揮系統にしてもそうだ。
人間の軍隊が厳格な階級制となり、ただの集団ではなく一つの体のように動くようになった。
それに対して我らは自由気ままに、各々勝手に動くばかりで各個撃破される有様だった。
その状態を改善するために、簡単な階級制を導入してみたものの、まだまだ自覚は薄いようだ。
隊長に任命したからといって、そいつがいきなり的確な指揮を執れるわけはない。
仕方ないといえば仕方はない。
なにせ我らの社会は、族長、それにその関係者、その他、という非常に大まかな上下関係で成り立っていたのだから。
「せめてもう少し危機感を持てればな────おっと」
気づけば随分と歩いてしまい、人間の基地の近くまで来てしまった。
目の前を、幅の狭い川が流れている。
「・・・・・・?」
嗅ぎ慣れない匂いを鼻がとらえた。
肉と脂の焼ける匂い、酒の匂い。
それらとは別のものだ。
匂いの元へ近づくと、川の反対側に人間の女がいた。
女は川の手前で膝をつき、腕を精一杯伸ばしている。
「止まれ、女。休戦日であろうと、この川を越えることは許さんぞ」
女に見えるように姿を現し、警告を発する。
だが女は状況がよく解っていないのか、どこか間の抜けた顔でこちらを見返してきただけだった。
肩まで伸びた少し色素の薄い赤毛が、動きに合わせてふわりと揺れる。
女にしては長身ではないだろうか。
軽く焼けた肌の下には引き締まった筋肉がついており、祭りのために呼ばれた踊り子かと思われる。
人間の顔の良し悪しはよく分からないが、端整な方ではないだろうか。
女がこんな場所に何の用か。
命知らずなのか、何も考えていないのか。
女の伸ばした腕の先を見ると、川のこちら側に小さな花が咲いていた。
植物は薬か毒しか知らないため、つまりそのどちらでもないということだ。
冬でも咲く花があるのかと思ったほどだ。
茎が短く、女の髪と同じような薄い赤色の大きな花びらが、輪のようになって広がっている。
雪の中で、ひっそりと咲いていた。
(これを取ろうとしていたのか)
群生地が違うのか、川の向こう側では不思議と咲いていない。
花を爪で根元から斬り、手に取って見てみる。
やはり、キレイだとかカワイイだとかはよく解らない。
川の端まで歩き、反対側へと花を持った手を伸ばす。
非戦闘要員にまで敵対行動をとる我らではない。
女の伸びていた腕の方向が変わる。
かちり、と長い爪に女の手が触れて、離れ、花へと伸びる。
女の手が花をつまんだのを確認して、手を離す。
「もうこのあたりに近づくな」
背中を向けて、その場から立ち去る。
もう会うこともないだろう。
「ありがとう」
小さな声が聞こえた。
そういえば。
人間とまともに相対したのは、これが初めてだった。
それぞれの陣営の顔見せ。
というよりは顔合わせ。
戦闘は次回となります。お待ちください。
次更新は明朝8時過ぎになります。
ではでは。