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魔王の福音  作者: 天津鴨居
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狼と花1

『なんたる無様か! 恥を知れい!!』


 今日も今日とて受信装置から親父殿の声が部屋中に響く。

 この通信用魔道具が他の施設から隔離されていなければ、砦中から壁を厚くする旨の要望が寄せられることになっていただろう。

 本日も、同胞の耳を守り切った、己の犠牲を顧みない勇敢なる戦士、つまりは隣にいる通信士と顔を合わせ、肩をすくめる。


 薄暗い部屋の中、魔道具からの魔力光がぼんやりと辺りを照らす。


『そうは言ってもよ、オヤジ。竜殺しの剣を相手によく持ってる方だと思うぜ』


 別の受信装置から、軽い調子で反論したのは巨翼族族長のグッリだ。

 ちなみに、軽いのは調子だけではない。


『ええい、黙れ! まだそうと決まったわけではない!』


 即座に親父殿が否定する。

 グッリが言った竜殺しの剣とは、人間族の勇者シグルズが巨竜ファーフニルを屠るのに使った長剣グラムのことである。

 かの片目ジジイが与えただけあって、勇者の血をひく者の中でも、さらに選ばれた者にしか扱えないという面倒な剣だ。


 だがそれだけあってその強さはいわく通りだ。

 現代の魔法・魔術理論ではまったく解明されていないらしいが、とにかく強い。

 頑丈さが売りの我ら巨人の体を一刀両断してしまうほどだという。


 そんな魔剣を扱える勇者が自分の代で出現したと、親父殿は思いたくないのだろう。

 以前に確認されたのは・・・・・・たしか百年ほど前だっただろうか?


 確かに、親父殿が言うとおり、まだ勇者の存在が確認されたわけではない。


『ですが、ここ最近で一部隊まるごと潰されることが多くなっています。それも一人も伝令に走らせることもできないうちに。後に回収できた遺体もほとんどが一撃でばっさりと・・・・・・』

『やかましい!!』


 新たに黙らされたのは深頭族族長のウームだ。


 被害が急速に増えているといのに、その敵の姿がいまだに見えず、勇者かどうかも分からない。

 それはウームの言うとおり、敵の姿を見た者が誰一人として生き残っていないからだ。


『どちらにせよ、敵対勢力に強力な部隊が投入されたことは事実』


 ぼそぼそとした声で、伸指族族長のスパーが親父殿の茹だった頭の鎮静を図る。

 通信用魔道具を通しているため、ただでさえ通らない声がさらに聞き取りづらくなっている。


『そ、その通り。ベルセルクルの術式が強化されたのやもしれん』


 スパーの言にこれ幸いと親父殿が乗っかる。

 そんなことをしても現実は変わらないというのに、年寄りはそれだけで安眠できるらしい。


 ベルセルクルというのは禁術を用いて精神と身体を強化して戦う、人間側の精鋭部隊である。

 ただ強化するなら魔術の覚えがある兵士なら誰でもできるが、ベルセルクル部隊は戦った後に腕や足が繋がっているかどうかを考慮せずに魔術をかける。

 また精神にも投薬や魔術で手を加え、あらゆる苦痛や恐怖から解き放つ。

 もちろんそのまま天に昇って帰ってこない可能性もある。

 故に、それにある程度の時間耐えるだけの強靭な肉体が兵士には求められる。


 とはいえ。

 一度のベルセルクル化でいちいちヴァルハラへと迎え入れられていては兵の数が持たない。

 当然、通常の戦闘では体への影響を最小限にした術式にしてあるはずだ。


 それが、安全性はそのままに強化の度合いを引き上げる術式を組むことに成功したのか。

 はたまた。ついに安全性を度外視し、危険性という言葉に切り替えたのか。


 後者だとするなら、よほど短期決戦を望んでいることになる。

 前者ならこちらが短期決戦の勢いでベルセルクル部隊を排除しなくてはならない。

 死兵ほど厄介なものはない。


「とにかく、こちらの被害は無視できる範囲を大きく逸脱している」


 机の上に広げられた地図を見やり、勇者と思しき部隊の出現箇所、つまり我ら巨人部隊の戦績にバツがついた所を見る。


「この部隊・・・・・・仮に『グリンブルスティ』とするが」


 『勇者軍』などと呼びでもしたら、即座に通信を切られそうなので、適当な名前を付ける。


「最初の遭遇がどれかは断言できないとしても、確認できただけで半月前に深頭族のヴァフスルーズニル・サールで小隊が三つに、二個中隊が全滅。次は一週間前に巨翼族のスリュムでは小隊が四つ、大隊が一つか・・・・・」


 ただでさえ戦場が拮抗していたときにこれだ。

 言うまでもなく大損害だ。

 特に巨翼族の被害は大きい。


(これだから黄金を口に詰めるしか脳のない連中は・・・・・・)


 巨翼族は昔から懐が眩い。

 そのため、上下の入れ替わりが激しい巨人内では安定した権力の強さを誇るが、今回のように外敵に攻められると、途端に脆さを露呈する。


 なにしろ兵の士気が低い。

 金を持っている富裕層は自分では戦いたがらず、水の流れのようにどんどん下の者へと押し付けていく。

 押し付けられた者たちも、普段自分たちより豪勢な生活をしている奴らのために命を張って戦いたいなどとは思わない。

 それに、たとえ武勲をたてたとしても、たいした値打ちのない石ころのような宝石を投げつけられて終わりだろう。


(そのくせ声だけは大きい)


 口だけの男だ。

 そしてその口も石で詰まっている。


「『グリンブルスティ』の進行ルートから考えて、このまま北上して森を突破し、真っ直ぐ我々の喉元に剣を突きつけるつもりだろう」


 恐るべきはその行軍速度だ。

 こちらの部隊と戦い、少なからず損耗したはずであろうに、補給も十分でないままに山を登り、次の戦いでも勝利している。


『となると、次は長鉤族の領土であるヤルンヴィドに進行してくるでしょうね』

「順番でいけばそうなるだろうな。だが人間も『鉄の森』に攻め込むつもりなら、それ相応の準備をするだろう」


 ウームの言葉に頷く。

 我々巨人の王都、ギンヌンガガプは縦に長く、険しい山脈の頂にある。

 登るルートは当然、前線基地との行き来があるのだから幾つかある。

 そのうちで人間にも登れそうなのは我々長鉤族の住処がある『鉄の森』ヤルンヴィドだ。


 そうは言っても、ただで『鉄の森』と言われているわけではない。

 二日三日で突破できるはずもなく、人間には酷な環境だ。

 森に満ちるマナで独自の進化を遂げた魔獣。

 固い地面に、毒の多い緑。


『失った兵の補充と補給。さらに準備に七夜はかかりますか』


 地図に目を移し、人間の補給線の予測をする。


 スヴェーリエ王国軍は広く、山脈下部の南東から北東にかけて展開している。


『もうこっちから攻め込んだ方がいいんじゃないのか?』


 軽々しい上に鬱陶しいグッリの声が響く。


(誰のせいでそれができないと思っているのだ!?)


 敵が消耗しているのなら、回復する前に攻め込めばいい。

 それはしかり、だ。

 しかしそれには敵よりも多くの兵が必要となる。

 攻めるのと守るのはわけが違うのだ。

 もともと戦場は拮抗し、睨み合いと散発的な戦闘を繰り返していたところだ。

 攻めるのに他から戦力を引っ張ってくるのはただでさえ難しいというのに、ここにきての大損害だ。


 しかも最も多くの損害を出した族長殿がそんな戯言をの給うのだ。

 木製の机の上に置いた手に力が入り、ギィッと長い爪が机に食い込む。


「それにはこちらに王都の軍を派遣してもらわなくてはならない」

『それは許可できん。『グリンブルスティ』がまだヤルンヴィドから攻めてくると決まったわけではない。王都の守りを薄めるわけにはいかん』


 王都の守りじゃなくて、自分の守りだろうが。

 それに誰も全て寄こせとは言っていない。

 というか最初から通るとは思っていない。

 黄金バカの考えなしの発言を実行するなら、それだけの兵力を注ぎ足さないと不可能だという事を言っているのだ。


 それにヤルンヴィドを目指しているのが欺瞞行動で、実際には守りを削いだところから浸透する準備を進めているのかもしれない。


 ウームもそれがわかっているのだろう。

 俺と同じように親父殿に援軍を要請するが、俺と同じ理由で却下される。

 どうせこの親父殿に自分の周囲の壁を薄くするつもりなどないのだ。


 それもわかっている。


(そのうち引きずり落としてやる)


 親父殿も、それがわかっている。


 その後もウームが、せめて人間がどこから突入してきても対応できるような王都軍の配置を提案するが、当然のように相手にされない。


『ええい、もういい! これ以上無駄な話はたくさんだ!』


 ついに。

 とうとう。

 やっと。

 それみたことか。


 まあなんでもいいが、親父殿が話を打ち切りにかかった。


『待ってください、父上! せめて物資についての相談を────』

『やかましい!! 私はこれからリューバルディスの王やウートガルザ・ロキ王らとの会談があるのだ! 貴様らにかまっている暇はない!』


 お前が話す場を作れと言うから、この忙しいときに時間を割いて集まっているんだろうが。


 言いたいことだけさんざんぶつけて、親父殿は通信を切った。

 いつも通り、ただ単に愚痴を怒鳴りつけたいだけだったようだ。


 この状況でも〝いつも通り〟であるとはいいご身分だ。


 ああ。一応、スリヴァルディ陛下であったか。


 せいぜい殺されるまでその身分を楽しむといい。


『あっ、もう終わった? じゃあオレも色々呼ばれてるからさー。じゃねー。俺のところに勇者ご一行が戻ってくることはないだろうし。後は弟であるお前らに任せるよ』


 黙れ。

 どうせ女だろう。

 ここにもいいご身分の奴がいた。

 だが貴様は敗軍の将だろう。

 次は宝石ではなく脳みそを詰めてこい。


『ヨルンナグルさん』


 唯一残ったウームが話しかけてきた。


 気が付けばスパーとの通信も切れていた。

 相変わらずよくわからない種族だ。

 伸子族は、もともとこの山脈の秘境で排他的に暮らしていた種族だ。


 その成り立ちはよくは知られていない。

 完全に独立した種族だ。

 それがなぜ今になって、秘蔵っ娘を献上してまで現在の地位を手に入れたのか。

 本当によくわからない奴だ。


 まあいい。


 とにかく、もう俺とウームしか残っていない。

 これでは、何のために休戦中の貴重な時間を割いて会議を開いたのか本当にわからない。



 だから、これから本当の会議を始める。


「ああ。対勇者及び強化ベルセルクルについての作戦を詰めていくぞ」


短めですが、最初はこんなもので。次は本日の18時過ぎに投稿します。

ではでは。

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