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リドウ・ヴィスクニア史記  作者: 戸塚千景
第1章 決意は剣に誓う
4/9

Episode 3

「おやおやおや? こんな町中で刃傷沙汰とはねえ。世の中ほんと物騒だよねえ」


 その声は、三人の男たちよりもほんの少し遠くから発せられたように聞こえた。

 若く、高くはないが低くもない十代後半くらいを思わせる男性のものだ。張り詰めた空気にそぐわない、まるで小さな子供のように無垢で明るいそれは、イサガに嫌な汗を一つ垂らせる。

 声がしてすぐ後、咄嗟の出来事に反応した男たちが何だ、と不機嫌そうに言葉を吐いたとほぼ同時に、イサガも顔を出して状況を探る。


 皆の視線の先に、一人の青年が、興味津々とでも言わんばかりに瞳を光らせてこちらを観察していた。


 遠目からではよく彼の様子が見えないが、恐らく綺麗に整った顔立ちをしており、長袖に長ズボンで、白とエメラルドグリーンを基調とした、何かの制服なのかかっちりとした衣装をこしらえている。

 イサガも初めて見る顔のその青年は、頭の後ろで腕を組み唇を尖らせている。まるで、状況を全く理解していない阿呆にも、分かった上で挑発する身の程知らずにも捉えられるその仕草は、少年にコケにされ頭に血が上った男たちの怒りを買う。

 内の一人が完全に冷静さを失い、イサガにすんなりと背中を見せて青年に銃を向けた。

「何だお前は。あの餓鬼の仲間か?」

 余計な言動を少しでも見せれば、容赦のない発砲も容易に想像出来る。それ程の覇気が込められた問い詰めだ。

 しかし青年はその威嚇に全く臆することなく、その態度を崩す様子を見せない。

「やだなあ違いますよ。僕はあれです、通行人Aという奴ですよ」

 へらへらとした顔で、まるで嘲笑っているような、馬鹿にしているような口振りだ。青年の緊張感の無さが、イサガの心労を増やす。

 本当に、この場を理解していない阿呆なら留まらせる訳にはいかない。正直に言ってイサガには自分と、自分にぴったりと寄り添う少女を何とかすることで手一杯だ。しかし、あの青年をむざむざと見捨てることも出来ない。

 黙っていられなくなったイサガは、少女を後ろに隠したまま立ち上がり、青年に向かって声を張った。

「あんた、そんな所にいたら――――」

 すると、青年の登場から蚊帳の外になりかけていたイサガの存在が、再び男たちの視界に入る。残りの二人がしっかりとイサガに狙いを定め、構えた。

 自分に向く殺意に、不覚にも心臓が高鳴る。身体が強張った。

 ごくりと唾が、乾いた喉を通っている最中、また彼が気の抜けた声を上げた。

「あーあ、何やってんの全く。せっかく逃げる時間稼いであげようと思ったのに。余計な親切心で動いちゃってさ」

 やれやれ、と言って青年は、両手を挙げて大きな反応を示す。その顔は、呆れていた。

 イサガは彼の発言の一つ一つに疑問符を上げる。思わず呆けてしまった。

 きょとんとする少年に対し青年はまたへらっとした顔を作る。

「だーいじょぶだって。別に僕怪我しに来たわけじゃないから」

 再び頭の後ろで手を組むと、青年はイサガの目をすっと見つめる。銀に近い灰色の瞳が、イサガの蒼いそれの重なった途端にバチッという音が鳴った気がした。


 ――――同時に、少年の背筋が静かに凍る。

 男たちに銃を向けられたのと比べるのもおこがましいくらいの恐怖が、イサガの身体を鷲掴みしているような気分だった。


「子供相手に物騒なもの向けてるのがどうも気に食わなくってさあ。――――扱いてやろうかなって」

 組んでいた手を宙に放ち、視線を男たちにへと落として、青年は全く笑っていない目を向けた。それは、少し距離のあるイサガからも認識出来るくらいに光がない。


 口元は緩んだままの青年の手元がうっすらと輝いたと思えば、その両手には柳葉刀を思わせる、剣先が軽く弧を描いている剣が握られていた。


 武器の保持を、完全なる敵対因子と見なした男たちは全員、青年に銃口を定める。

 イサガも慌てて援護に向かおうとするが、そんなことよりも彼のほうが早かった。

『我の前を阻む、罪人たちに冷たき罰を――――』

 そんな、何かの呪文のようなものが青年の口から放たれる。同時に青年と、対峙する男たちの足元に、水色に光る陣のようなものが突如として出現した。

「こ、これは……っ!」

 男たちの一人が、まさかと声を上げた。


 対する青年は、優しくも残酷な笑みを浮かべている。


 風が吹いている訳でもないのに、青年の髪が綺麗に逆立つ。光の当たりのせいか、その端正な顔立ちがより一層引き立っている。

 

 事を理解しているのかしていないのか、慌てふためく男たちを余所に、その光景を美しいと、少年は暢気に思ってしまった。


 陣から脱出しようと、無様な格好で走り出そうとした男たちよりも先に、彼は静かに放った。

『――――アイ・スルク』

 言葉に呼応するように陣の輝きが強くなり、気が付けば男たちは大きな氷の中に入っていた。

 それを黙視してすぐ、青年の剣はすうっと消える。怠そうに欠伸をして、伸びをしていた。


   ◆


 イサガと、彼の後ろで様子を伺っていた少女は共に目を丸くした。一体、何が起こったというのだろうかと、言わんばかりである。

 自分たちの身長も軽く超えてしまうだろう大きさの氷の塊が突如として現れ、男たちを飲み込み氷漬けにしてしまった。今にもう飛び出してしまいそうなくらい躍動感のある男たちは、阿呆で間抜けな面を晒している。

 このような芸当を成してしまう光景を、イサガは未だに見たことがない。しかし、話には聞いていた。

 《こちら側》の人間に真似は決して出来ない。ただし、《向こう側》では日常的な力だという。

 不可視の者たちとの繋がりで得られる、自然に愛された者であるという証の力だ。


「……司霊術しれいじゅつ?」


 イサガはぽつんと、頭に浮かんだ単語をそのまま口にした。すると、自身で出した氷を指で弾いて遊んでいた青年が、意外そうに声を上げた。

「へえ、知っているんだね?」

「……じゅ、授業で習っただけ。本物を見るのは初めて、だから……」

 まだ脳がぼんやりしているのと、青年との圧倒的力量差から、言葉が拙くなる。声と唇が微かに震えているのが分かった。

 ふーん、と言いながら、青年が足を動かし始めた。ゆっくりと距離を詰めようとする彼に、イサガは勝手に身構える。

 しかし、それはもはや隠すどうこうの話ではない。

 青年はふと足を止めて笑い、手の平が見えるように腕を広げ、軽く力を抜いた。

「大丈夫だって、何もしないから」

 まるで心を読まれでもしたような気分になり、イサガはびくんと肩を震わす。しかし、彼から先程までの気は感じられない。

 ゆっくりとした所作で剣をしまうと、恐る恐る少女の手を引きながら階段を一段一段下りていく。青年も安心したように、歩を進めた。

 近付くにつれて、やっと青年の容姿をきちんと確認出来た。

 青年と言うより少年という言葉の方がしっくり来る、大体イサガと同年代といったところである。身長はイサガより若干低めで、飄々とした面立ちながらも妙に凛とした雰囲気を漂わせている。ただし、そんな雰囲気に大分不釣り合いな、恐ろしい程の童顔でもあった。

 幼顔の青年とイサガたちは、至極対照的な態度で向き合う。特にイサガは、まるで品定めでもしているようだ。

 真面目な顔でじろじろと観察する少年に、気取れらぬよう彼は小さく苦笑する。

「いやー全く、こんな町中であんなの振り回すなんて危ないよねえ。怪我なかった? 何か嫌なことされてない?」

 青年からの問いかけに、イサガははっと我に返る。ほんのりと、頬が赤くなった。

 小さく咳払いを一つして、今度はイサガの方から青年の目を見る。臆して堪るかという気が、ビンビンと発していた。

「……た、助けてくれてありがとう。あんたか、今日使節として来るって言うセーヴ・ルティア人は?」

 変に言葉を張り上げて、イサガは事の礼と、素性の確かめを行う。青年は、それに乗った。

「たまたま居合わせただけだから、気にしないで。まあ、職業的にはそうなるかな? ――――こんにちは、君も大丈夫だった?」

 青年は、イサガの後ろに隠れた少女に目を付けた。前屈みになって話しかけるも、少女はイサガの服を掴んだまま、さらに引っ込んでしまう。

「あーらら、嫌われちゃった」

 しかし、深く追求はしなかった。

 まるで赤子をあやすように、その口調は柔らかい。


 イサガはと言うと、初めて会う《向こう側》の人間を前に、驚きと興味が隠せていなかった。受け答えしている中でも、青年をまじまじと観察していた。


 やはり何度見ても、幼い顔立ちと子供臭い所作のせいもあるだろうが、同年代の、しかも年下にしか見えない。

 《司霊術》とは、セーヴ・ルティア人だけが成せる不思議な力だとイサガは学んだ。《こちら側》の人にとって、それ以上の知識はあまり持ち合わせていないので、イサガは初めて見る所業に首を傾げてばかりだ。

 てっきり修行を重ねた上で完成するものだと思っていたが、あまり年齢は関係ないのだろうか。

 大の男を氷漬けしてしまうのは、向こうにとっては良く在ることなのだろうか。

 そもそも、どういった原理で成せるのだろうか。

 幾多に渡る疑問が彼の頭を巡るが、巡るだけで何も出て来ない。

 考えに気を割いていたせいで、口元が疎かになった。ついぼそっと、言葉が零れる。

「……司霊術って、才能の世界だったりするのか?」

「君ぃ? 僕の顔見て、何か失礼なこと思ってない? 別に間違ってるとは言わないけどさあ。ついでに言っとくけど、多分僕君より年上だから。僕これでも21歳だから」


 イサガは反射的にえっ、と驚く。勝手に自分が独り言を言っていたことや、青年が律儀にそれに応答してくれたこともそうだが、まずその数字が理解出来なかった。

 年下にしか見えない青年は、成人の証である二十歳をとっくに超していて、加えて彼の実年齢はイサガが思っていたものと5、6歳ほども離れている。

 頭を整理するので精一杯の少年に対し、彼はやれやれと言わんばかりに肩を落とす。

「まあ慣れてはいるんだけどねえ。僕ちょっと顔が子供っぽいから、どこに行っても十代にしか見られなくて」

 実年齢より幼く言われるのは、きっと顔だけせいではないだろう。イサガは先程の、彼と男たちのやり取りをうっすらと思い出して心の中で吐いた。

 考えてもみれば、国に認められていないと言えど、異国交流を目的とする外交使節団に入籍しているのだから、それなりの経歴がないのも可笑しな話だ。せっかく遠い所わざわざ来て頂いて、そのうえ窮地を救って貰った青年に何という無礼を働いてしまったか。イサガは反省する。

「す、すみませんでした」

 小さくではあるがきちんと頭を下げ、謝罪した。

 あっけなく謝るイサガに、青年は明るく返す。

「いいのいいの。さっきも言ったけど慣れてるからね。分かってくれればそれで良いから」

 そして、またへらっと笑った。


   ◆


「僕は、ユニッド・アランフォーズ。セーヴ・ルティア非公認外交使節団 《ファン・ブルク》の一員だよ」

 よろしくねえ、と青年は軽い自己紹介を果たす。

 イサガも、それに便乗した。

「イサガ・ジーアンです」

「あ、別に敬語とかなくて良いよ?」

「は、はあ……アランフォーズさんは――」

「ああダメダメ。名前で呼んでよ」

「はあ……。ユニッドさんは――」

「さん付けとかしなくて良いから! 気軽に話してよ。ね、イサガ君?」

 イサガのリズムが中々形成されず、彼の意思に反して次々と決め事が作られていく様に、はあとしか返せない。

 気さくな性格を思わせる言動をちらつかせる一方で、どこかこちらを馬鹿にしているようにも捉えられる。相手の懐に容赦なく入って来るところは、どことなくハンジと近しいタイプのように思えるが、そう判断していいのか何故か怖い。


 彼の本性が、読み取れない。


「……使節団の人たち、今講義中だと思うんだけど、ユニッドはこんな所で油売ってていいのか?」

 イサガはふと、頭を過った疑問を口にする。

 言われた通り敬語は無しで、名前を呼び捨てている。

「今日はあんまり気分が乗らなくてねえ。観光がてら散歩してたの。講義終わりそうになったらちゃんと顔出すつもりだったし」

「大丈夫なのか、それで。そっちは仕事で来ているんだろう?」

「僕が立ち寄ってなきゃどうなっていたか、君もしかして分かってないの?」

 ユニッドの言葉が、イサガの頭をガツンと殴った。

 彼は相変わらず笑ってる。至極余裕だ。

「そ、それは……」

 口がまごつく。

 何か言いたげで、それでも言えない。

 とてももどかしい。

 待っていてくれたように様子を伺っていたユニッドが、一つ溜息をついた。

「分かっているなら、何も言わなくて良いよ」

 呆れたとも、しょうがないとも聞き取れた。

 彼の手の上で上手に振り回っている自身の様子に、イサガは堪らず鉄の味を飲んだ。


 それより、とユニッドは再び前屈みになって、話の主軸からイサガを外す。

「君はイサガ君の妹さん? ――な訳ないよね。この町の、えっと……」

「ティントゥバル?」

「そう、ティントゥバル! ティントゥバルの子? イサガ君は多分そうだよね?」

 イサガは頷く。

「でもティントゥバルの子にも見えないなあ。あいつらが狙ってたの、明らかにイサガ君じゃなくて君だったもんね。どうして狙われてるの? 訳有りの子だったりする?」

 答えを求めているのに、答える暇を与えようとしていない。

 少女はその弾丸に怯えてしまい、何も言わずに口を固く閉じ、やはりイサガの後ろに身を潜めた。

「あらら、やっぱり嫌われてる」

 ユニッドは残念そうに姿勢を戻し、頭の後ろで手を組んで唇を尖らせた。

「あまり質問攻めしないでくれ。この子も混乱しているんだ」

「そんなつもりじゃないよ。スキンシップのつもりだったの」

「相手のことも気遣わないのがスキンシップだって言うのか?」

 イサガが声を張る。強めの口調だ。

 ユニッドは少し驚いたように、男性にしては大きめの目を丸くする。

 しかしすぐに、何事もなかったように肩をすくめた。

「……イサガ君、少し優し過ぎるね」


   ◆


「あの……」

 イサガの後ろから、弱々しい声がした。

 少女である。

 イサガの服を掴んだまま、顔を出していた。

「どうかしたのかい?」

 少年は尋ねた。

「……あの人たち」

 少女は恐る恐ると、氷に閉じ込められたままの男たちを指差す。

「どう、するの?」

 イサガは現実に立ち返る。

 思わず、ユニッドの顔を凝視した。

 彼の言葉を静かに、はらはらとした面持ちで待つ。

 うーん、と少しの間だけ考えて、ユニッドは首を傾げた。

「君は、どうして欲しい?」

「え……?」

 少女は顔を雲らせた。イサガも同じだ。

 青年は続ける。

「君を狙っていた連中だしねえ。判断は君に任せるよ。何なら――」


 殺したって良い。


 沈黙が包む。

 堪らなくなり、イサガがそれを破った。

「ま、待ってくれ。何も殺すことなんて……」

「イサガ君、悪いけど君には聞いてないよ」

 間髪入れず、ユニッドは答える。

 しかし、イサガもこればかりはと強気だ。

「この子にそれを決めさせるっていうのか」

「だから言ったでしょ? あいつらが狙ってたのはその子だよ。僕や君は、ただその場に居合わせただけに過ぎないからね。手伝いはそれとして、決断までは出来ないよ」

 言葉に詰まる。

 イサガはそっと、少女の顔を見遣った。

 困惑している。そう書いてある。

「で、でも……」

 中々折れない少年に、ユニッドはまた溜息をついた。

「イサガ君、その頬っぺた気付いてないの?」

 えっ、と声を漏らす。

 ユニッドは人差し指で、自身の右頬を指す。釣られてイサガも、自分の左頬に手を当てた。

 ぬるっとした水滴が、指に絡みつく。

 まさかと思いつつ、恐る恐ると手を確認すると、赤黒い液体が指に掠れて付着していた。

 少年の左頬は、何かに引っ掛かれたように、綺麗な真一文字を浮かべている。

 それほど深くも、大きくもない。だとしても、イサガには全く心当たりがなかった。

「どのタイミングで出来たものか僕は知らないけどさ」

 口を半開きに、だらしなく固まっている。

「もう少しずれていたら、眼とか頭に当たっていたんだよ? 血が出る騒ぎでは収まらなかったよ? 死んでたかもしれないよ?」

 イサガの頭で駆け巡る、様々な可能性をユニッドは次々と代弁していく。

 同時に、恐怖を覚えた。

 何も返事しないイサガに、ユニッドは止めることなく攻めていく。

「あんまり生易しい性格してると、いつか痛い目に遭うからね。力の加減なんて、力の無い人が軽々とするもんじゃないよ」

 そして、イサガは完全に黙り込んでしまった。

 その様子にユニッドも笑みを殺したが、それ以上何も言わなかった。


 痛々しい時間が過ぎる頃、一つの風が吹く。


「やめて」

 少女がイサガの前に、彼を庇うように躍り出た。

 足も手も、唇も震えている。

 イサガも、ユニッドも、呆然としている中、言葉が紡がれる。

「わたしを助けてくれたこと、それも――間違いだったみたいに、言わないで」

 手を広げて、少女は陽の下に出る。

 イサガは、吐息を溢した。

 ユニッドは困惑しながら頬を指先で掻き、しゃがみ込んで、少女よりも目線を下に、上目遣いで話しかけた。

「ごめんね、ちょっと意地悪だったよね? 大丈夫、困ってる女の子に手を差し伸べたことはちゃんと、かっこいいと思っているから」

 言いながら、青年は子供みたいに片目を瞑る。

 少しだけ、胸が休まった。

「……この子の前で、殺生を起こしたくない。力の有るあんたなら、出来るだろう?」

 先程の言葉を返す。

 ユニッドは立ち上がる。イサガと向き合った。

「出来るよ。でも良いの? また襲われるかもしれないのに」


「その時は、おれが守るから」


 言い切った。

 ユニッドは目を丸くしたが、すぐにまたへらっと笑う。

「そっか。――君もそれで良い?」

 視線を落として、少女に尋ねた。

 少女は後ろを見る。優しい笑顔の、イサガがいた。

「……うん」

 小さく頷く。

 イサガは、そっと胸を撫で下ろした。

「――君、ほんとに優し過ぎるよね。戦争大好きで、残酷冷徹なレフェンガイヤ人なのに」

「そういう差別は良くない。こんな世の中だからこそ」

「分かってる。だから僕はいるんだから」


 彼の服の袖から、何かが太陽の光を反射してきらりとイサガの目を刺した。

 銀色の、十字架のような根付が下げられたブレスレットだ。

 その美しい細工に気を取られていると、ユニッドは右手を挙げて、ぱちんと指を鳴らす。

 それに呼応するように、男たちを捉えていた氷がバリンという音を立てて弾けた。

 イサガはすぐに少女を自分の後ろに隠す。

 ユニッドはゆっくりと、息が白く凍えている男たちに向かって歩き出す。距離を詰め、見下しながら、明るい声色で語った。

「今日のところは見逃がしてあげるよ。命が大事なら、体が動く内にどっか行けば?」

 ユニッドは右手にだけ剣を握り、矛先を彼らに向けた。

 男たちは何か、捨て台詞のようなものを吐いては、情けない後ろ姿を晒しながらその場を後にする。

 再び、三人だけの空間に返った。

 剣を仕舞ったユニッドはくるっと身を翻す。

「これで良いんでしょ?」

 イサガは少し間を空けて、無言で頷いた。


 

 

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