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リドウ・ヴィスクニア史記  作者: 戸塚千景
第1章 決意は剣に誓う
3/9

Episode 2

 少しだけ開いた口は、一向に塞ぐ気配を見せなかった。

 少女は、差し出された手と、微笑んだイサガの顔を交互に、何度も見遣る。

 まるで、品定めをされてでもいるかのような気分だ。

 しかし、こんなことで少女の心が多少でも自分に向けられるのであれば、いくらでも付き合おう。イサガは、少女の反応を待つ。


「――違、う」

「え?」

 イサガは思わず、素っ頓狂な声を上げた。

 少女が、改めて自分に、言葉を発したからである。

 きょとんとするイサガに、少女はもう一度、言葉を紡ぐ。

「あ、なたは、わたしを、追いかけてた人、じゃ、ない」

 そう言いながら、首を横に小さく振る。

 非常に拙い話し方だと、咄嗟に思う。しかしそれ以上に、自分に対する誤解が解けたことに、少女が自分を視界に入れたことに感激し、そんなものはすぐさま彼方へと飛んで行ってしまう。


 違う、と言われて安堵の息を溢す。そして、いつの間にか、自身にも余計な力が入っていることに今更ながら気が付いた。


 それが何だか滑稽で、しかも緊張が解けた理由が少女が声を発したからというので、また笑いが誘う。

 変に顔が歪むイサガを、少女は首を傾げながら見ている。その視線にやっと気が付き、こほんという咳払いをして、改めて少女に向き合った。

「よかった。君に、敵じゃないってことが伝わって」

 先ほどよりも多少大きく、イサガは笑顔を作ってみる。しかし、少女は無反応だ。

 敵意がないことは分かって貰えただろうが、まだ完全に打ち解けてはいない。命の危機にそれまで遭っていたのであればそれも仕方ないとは思うものの、これから先のことを考えると、道は遠そうだ。

 ともあれ、少しだけでも距離が縮まったのであれば大きな進歩だ。イサガは取り敢えず、前を向くことにした。

「――ねえ、君の名前は?」

「え、と……」

 イサガの問いに、少女は再び口を閉じる。その顔は、ひどく悲しげだ。

 何か、禁忌に触れてしまったのだろうか。少女の様子にイサガは一喜一憂する。

 拒絶されない程度に顔を近付ける。すると、その小さな口が動いた。


「……わからないの」


「分からない? 名前が?」

 少女は、こくんと頷く。

「名前も、どこから来たのかも、年も……わたし、何もわからない……」

 その声は、とても悲しい。


  ◆


 バリンっ。

 イサガの背後にあった窓ガラスが、突然にそんな音を立てた。

 同時に、少女は机の中に、さらに奥深く入り込み、がたがたと震い上がる。


 反射的に、イサガは振り返る。外側から突き破られたガラスは教室内に散乱していたが、彼の視線は別のものに向けられていた。

 割れたガラスをパキパキと踏みつけて、黒の軍服のようなものを着込んだ男3人が、イサガを睨み付けて仁王立ちしている。その冷たい視線に、少年の背筋も凍った。

 状況から見て、ガラスを破って外から侵入したのと思える。しかし、その真意が掴めない。

 3人とも、イサガの知る人間、町の者ではない。加えて、何か団体の象徴とも伺える軍服にも見覚えがなかった。

 正体も分からず、目的も不明だが、その威圧的な振る舞いから、ただ事ではないことは容易に取れる。

 殺気すらも孕んだ目付きをする男たちの中の、真ん中に立った男が一歩前に踏み込み、静かに口を開いた。

「君、その娘をこちらに渡してもらおう」

 不気味なくらい落ち着いていて、ひどく研ぎ澄まされた声だ。

 たった一言だけなのに、イサガに重圧がかかる。それでも、必死に平生を装った。

「何ですか、あなたたちは」

「君の質問に答える義務はない」

 間髪入れず、返答される。

 イサガは横目で、少女の様子を伺った。

 止まった震えが再発し、目も色を失っている。彼らが、少女を追いかけていた者たちに間違いはない。

 自身の奮い立たせの意味合いも込め、もう一度男に問うた。

「この子が、一体何をしたというんですか」

「二度、同じことを言うつもりはない」

 またも一蹴される。張り詰めた緊張感が、冷や汗をかかせた。

 追跡者のことも、少女のことも、少年は何も知らない。どちらが善か、悪か、空気だけでの判断は無謀にも程がある。

 それでも、イサガは小さな声で少女に語りかける。


「大丈夫。君は、おれが守るから」


 みっともない足を思いっ切り叩いて鼓舞し、ゆっくりと立ち上がる。蒼い髪が、静かに揺れた。


 少女が何をしたか、男たちが何故少女を捕まえようとしているか、イサガは全く分からない。しかし、目の前で震える少女を容易く明け渡すほど、少年の眼は淀んではいない。


 イサガは、鞘から剣を取り出す。決して小柄ではない少年の身長も軽く超えるほどの大きさを誇り、剣幅も二尺以上ある両刃大剣だ。

 その見た目からも十分な重量を伺えるそれを、蒼髪の少年は顔色一つ変えず右手一本で、慣れた手付きでぶんぶんと振り回す。


 少年が斬り裂いた空気が風を生み、少女の頬に当たる。不思議と、温かい。


 準備運動を手早く終えたイサガは、矛先を男たちに向けた。その目に、不安も、怒りも、決意も、見え隠れしている。

 イサガの行動に冷静さを失い、男たちもその手に何かを呼ぶ。

 手中に小さく収まるも、イサガの物とはまた違う存在感を撒き散らしている。

 黒色の、自動式拳銃だ。

 男たちは一斉に、銃口をイサガに定める。その指は、すでに引き金にかけられていた。

「これ以上の抵抗を見せれば、我々は君を射撃する」

 また同じ男が、少年に最後の忠告を吐いた。

 かなり使い込んでいるのか、癖の付いた型には微塵のブレも見えない。六つの瞳と、三個の口がイサガを刺す。


 しかし、それで億劫するほど少年の言葉も安いものでもない。


 足を開き、膝をほんの少し畳み、重心を下にして下半身を安定させる。

 剣の柄に左手を添え、力の分散を防ぐ。何度も練習し、教えられ、体に叩き込んだ型だ。

 少年が突然に動いたことに反応し、男たちは威嚇のつもりか、はたまた本当に発砲しようとしているのか、引き金にかけた指を手前に引く――。


  ◆


 イサガは、男たちよりも速く、行動を起こした。

 両手で握った剣の矛先を天井に向けるように、高々と振り上げる。



 引き金に当てられた指は、確かに見えていた。

 もし自分の方が遅かったら。撃たれたら。傷を負ったその後は。


 ……何も考えていなかった。


 自分が怪我をする可能性、死まで至る可能性、その瞬間に頭を過る事柄はいくつもあっただろう。

 敢えて目を逸らした訳でも、虚勢を張って考えていない振りをした訳でもない。


 少女を助けたい。イサガには、それしかないかった。



「はあっ!」

 狭い部屋に、高くない少年の叫び声が木霊する。それに釣られるように、イサガは剣を勢い良く振り下ろした。

 少年が呼び起こした剣圧が、風となり衝撃波を生む。一直線に男たちに向かって行ったそれは、机や椅子をも吹き飛ばしながら、突然の出来事に驚き引き金にかけた指を離してしまった彼らを一蹴する。

「ぐはあっ!……」

 衝撃波は、もろに直撃した。

 先程の威圧的な態度とは打って変わっての、何とも情けない声が3人の口から出る。共に、飛び散った唾液が宙と床を汚した。

 腹部やら腕やら顔面やら、痛みが走る箇所をそれぞれ押さえながら、追跡者たちはその場に崩れ落ちる。

 やがて、ぴくりとも動かなくなった。


 イサガは、ふうっと息を吐く。体の力が、一気に解けた。

 かなりの手練れのように思えていたから、どうなることかと不安ではあったものの、上手く不意を突けたようだ。

 完全に伸び切った男たちの、間抜けな寝顔を確認して安堵する。

 また、辺りに静寂が戻った。

 

 一連の様子を、机の下から覗き見ていた少女は、全く動く気配の見えない追跡者たちを見て恐る恐ると首を傾げる。

「こ、殺しちゃったの……?」

 イサガは否定する。

「いいや。気絶しているだけ。あいつらからは、何か君のこと聞き出せるかもだし」

 気を失う彼らは、少なくとも少女よりは、少女のことを知っているような口振りだった。危険ではあるものの、何かしらの情報が欲しい。簡単に口が割れそうならそうしたかったのだ。

 少女の命がかかっているとは言え、無駄な殺生を避けたかったのもイサガの本心である。また、彼の技量があってこその、気絶程度で収められた結果だ。

 さて、とイサガは、何か男たちを拘束出来そうなものが無いかと、辺りを見回す。

 しかしこの教室には、イサガの行いのせいで壊れてしまった机と椅子以外に何もない。

 男たちがいつ目覚めるかも分からない。あまりこの場を離れたくはないが、窓の外はがらんとしている。あれだけの轟音を発しながら誰一人として駆け付けて来ないのが、その良い証拠だ。


 右手に握られた剣が、慣れた手付きで鞘に戻された。

 そのまま空いた手で後頭部を掻く。


 さて、どうしたら良いものかと、すぐさま少年は考え込んだ。


 いっそのこと、自分が応援を呼びに行くという手もある。

 ハンジや、町の大人全員を呼び出して、武器を取り上げれば何とか拘束くらいは出来るはずだ。少年は、取り敢えずそれに賭ける事にする。

「この人たちを捕まえるために、町の人を連れて来るよ。君も、危ないから一緒に――」

 イサガは、言葉が詰まる。少女が、何を思ったのか駆け足気味で男たちに近付いていったからだ。

 少女の行動の意図が掴めず、疑問符を浮べる。しかし、すぐにそれは嫌な予感を漂わせて判明する。


 少女の両方の手に、何かがある。

 男たちと同じ型式の、二丁拳銃だ。

 黒色のボディに、えんじ色の蔓のようなものが巻き付いた不気味なデザインのそれは、幼く年端もいかぬ少女が持つにはあまりにも似つかわしくなく、震える身体を嘲笑っているようにも思えた。


「き、君……? 一体、何を……?」

 愚問だとは思う。それでも、聞かずにはいられない。

 手に収まるそれの圧からか、少女の手の震えに伴いカタカタと止まらぬ音が響く。

「し、死なせる、つも、りなんて、な、いの……」

 イサガに背を向けたまま、肩まで揺れる少女は呟く。

 ゆっくりと、腕を真っ直ぐに伸ばす。

「で、でもっ……捕まりたく、ない、から……死にたく、ないから……!」

 二つの銃口が、先程イサガと会話した男に向く。半開きの目に、少女の泣き顔は映っていない。

 少女も、これから自分がやろうとしていることに恐怖している。しかし、それまで味わった恐怖の方が遥かに大きい。

 短く、細い二本の人差し指が、引き金に当てられる。

 

 嫌な予感が、確信に変わる。


 考える前に、少年の身体は動いた。

 まるで、床が抉れてしまうのではないかと錯覚を覚えるほどに思いっ切り蹴り上げる。程よく鍛えた彼の身は一気に少女との間合いを詰めた。

 無我夢中で、右手を伸ばす。少女の、右肩を捉える。

 細っこいその肩を、イサガは手前に寄せた。案の定、少女の身体はくるりと半回転し、彼と向き合う形になる。

 銃口も、男たちからは外れた。


 しかし、イサガも思っていなかった事態が起こる。

 肩を引かれ、身を翻された瞬間、突然のことに頭が真っ白となった少女は誤って、引き金を引いてしまったのだ。


 その、銃口の先にいたのは――。


  ◆


「う、ぐっ……」

 イサガの、右肩と左腹部に衝撃が走る。男たちのことを笑えないほどの、呻き声が漏れ出た。

 少年は苦痛に顔を歪ませ、膝が崩れた。

 床に力無く座り込み、必死に悶える。

 その様子に、少女は目を見開いた。

「な、んで……?」

 少女は力を失う。両手で握っていた拳銃はぽろりと投げ出され床と激しく接触する。

 床で一回のバウンドをしたそれらも、跡形もなく消えた。


 イサガはゆっくりと、顔を上げる。泣きっ面の少女と目が合った。

「何、で……? あなた、が……」

 少女は、ただ呆然と頬を濡らす。泣きじゃくる訳でも、顔をひしゃげにする訳でもなく、静かに涙を流していた。

 体の痛みは全く消えない。それでも、イサガは建前の笑顔を作った。


「……君には、人を傷付けてほしくなかった。君のその白い手が、黒く染まるところを見たくなかったんだよ」

 

 本心だ。嘘も、偽りもない。

 例え命を狙う相手でも、彼女が人殺しの業を背負うところを見過ごす訳にはいかなかった。


 いや、見たくなかっただけだ。 


「う、うう……」

 気絶していた男たちの内、一人が声を漏らす。意識が戻りかけていた。

 何の準備も整っておらず、しかも負傷している身でまた戦うのは分が悪い。イサガは、痛みを堪えて立ち上がる。

「取り敢えず、逃げるよ」

 少女の了解も得ずに、イサガはその手を握る。

 とても、とても冷たい手を掴んで、イサガはその場を後にした。


  ◆


 身長差が目立つせいで、お互いが走り辛くまどろっこしい。

 あまりにもすっぽりと収まる手をきつく握らぬよう配慮しつつ、速度を少女に合わせているため歩幅が不揃いだが、イサガはそれに気付く余裕すら見られない。

 何度も、何度も後ろを振り返っては冷や汗をかき、少女の状態にも気を配り続けている。

 追手に尾を捕まえられる前に姿を隠したいものの、先程受けた弾丸により彼の意思に背いて身体は音を上げている。紛らわそうと強く歯を食いしばるが、効果はまるで見られなかった。

 しかし妙なことに、出血は全く見られない。それどころか、衣服にすら目立った外傷はないのだ。

 空いた左手で何度も患部に触れてみてはいるが、結果はどれも同じである。形状は弾丸そのものだが、何やら空気砲のようなもので撃たれた気分だった。


 と、ふとイサガは我に返る。


 自分のことばかり考えていた。少女について何も思わずに。

 横目で、少女を見遣る。ひどく青ざめた顔で、ほとんど下を見ながら走っている。

 イサガの体が、違う痛みに蝕まれた。言葉になっていない文字が、頭を過る。

 怪我はない。

 傷なんてない。

 平気だから。


 ――こんなものでは駄目だ。


「大丈夫だよ」

 伏せられた少女の目を見て、少年は口に出す。

 少女は、小さく顔を上げた。今にも零れてしまいそうなくらい涙を溜めて、イサガの笑顔に耳を傾ける。

 何も、言わない。イサガも覚悟していた。

 また、走ることに専念し出す。この場の、最優先事項を重んじたのだ。

 

 この手を、離すわけにはいかない。そう、改めて強く思い知る。


  ◆


 辺りをきょろきょろと見回しながら、イサガはとある家の前で足を止める。相変わらず誰にも会わなかったし、周りに人影は見られない。

 少年が急に立ち止まるものだから、反応が遅れた少女はそれに対応出来ず、結果イサガの腰らへんに顔を打ち付けてしまう。うっ、という、くぐもった声が漏れた。

 鼻や口を右手で押さえながら、少女はイサガと視線を同じにする。

 二人の目の前に立つのは至って普通の、二階建ての一軒家だ。

 他の家並みと同様、オレンジ色のレンガで外壁をこしらえており、しかし色の鮮やかさでは年季を隠しきれていない。またその外壁には、二階へと繋がる鉄製の階段が付してあった。

「……ここは?」

 顔から右手を離して、少女は尋ねる。

「おれが住まわせてもらっている家だよ。さ、早く隠れよう」

 のんびりと立ち話をしている余裕などない。一刻も早く、姿を眩ませなければならない。

 イサガは再び、少女の手を握る力を強めて引いた。

 今一度に周辺にを観察するも、異常は見られない。ふっと息を殺して、階段に足をかける。

 靴底と接触する度にカンカンと音を鳴らす階段に注意しながら、一段一段と上に向かう。こんなに緊張した面持ちで自身の寝床を目指すなどいつ以来だろうか。ふと、思ってしまう。

 いつもなら、一階に居を構える家主への挨拶は欠かさない。ただいまと言って、夕餉の時間を聞いて、近しい刻には戻ると約束して、それからだ。何年も、そういった暗黙の了解で動いている。

 しかし今回は、事態が事態だ。きっと承知してくれるだろう。

 それに、普段と違って人気は感じられない。恐らく、他の町民と共にある場所へ向かったのだ。

 そう、学校に、使節団を迎えに――。


「――あ」

 突然に小さく、イサガは素っ頓狂な声を上げる。驚いた少女が肩をビクンと震わせ、そしてその振動が繋いだ手を伝わり少年にも届いた。

「あ、ごめん。びっくりさせてしまって……」

「な、にか、あったの?」

「えっと……ああいや、今は関係ないから」

 慌てて謝罪するイサガに、フルフルと首を横に振り、少女は拙い言葉で首を傾げる。

 しかし、その回答は濁された。


(しまった。ハンジのことを思いきりすっぽかしてしまっていた)

 イサガは不意に思い出す。と同時に、頬をパンパンに膨らませて仁王立ちしている彼女の様子が容易に想像出来た。

 約束事にはうるさい彼女のことだから、ひどく怒っているに違いない。しかし、こちらとて相応の理由はあるのだ。きっと理解し、許してくれるだろう。

 心の中で、うんうんと勝手に解釈したイサガは改めて現実に立ち返った。

「何でもないから」

「そ、そう……?」

 有無を言わせないその念押しに、少女は返すことなく飲んでしまった。

 少しだけ、安堵が生まれた瞬間だった。


 バンっ。カンっ。


 腹にずどんと響く轟音と、金属に跳ね返る軽い音。

 イサガは咄嗟に少女を自分と外壁との間に押し込み、大剣を取り出してそれを盾変わりにし自身もしゃがみ込んで防御を図る。轟音は一つではない。

 階段に、剣に、何か細かく重いものが次々に当たるのが見え、手に伝わった。

 二つを剣が、三つを他所が弾いたところで、『何か』は止んだ。噛み締めた歯をゆっくり解き、左手で少女の存在を確かめつつ、恐る恐る剣の横から顔を出して状況を伺った。

 黒服の男たちが、それぞれ一丁ずつ銃を両手で構えて銃口をこちらに向け、さらにそこから消え入りそうな硝煙が上がっているところまで確認出来た。その情報と、先の一瞬で見えたものと、手の痺れから、イサガの頭の中で、数秒前に起こったであろう事象が構築されていく。


 男たちによる発砲、及び襲撃。並びに、牽制と威嚇だ。


 イサガが状況を理解したところで、それに気付いた男たちは構えを少しだけ解く。銃口は相変わらず向きっ放しだが、ピンと張った腕が多少畳み、添えていた左手が外される。

 警戒はしつつ、狙撃体勢を緩ませた男の内の一人が、眉の間をぴくぴくとさせながら荒っぽい声で怒鳴り散らす。

「貴様、よくもやってくれたな」

 先程までの、物静かに圧をかけていた態度とは打って変わり、完全に感情任せである。しかし、それはそれで場慣れしていない少年に恐怖を与えた。

 声が裏返らないよう平常心を装い、男たちに向かって剣に身を隠したまま質問を行う。

「――なぜ、この子を狙うんですか」

 イサガが男たちと応対する中、少女の手を掴んだ左手の中で、小さく握り返してくる感触がふと伝わる。相変わらずふるふると震えているその温度に、微かに頬が緩んだ。

 現実に立ち返り、剣の横から再び顔を出して睨むと、男たちと目が合う。男たちは、小生意気に抵抗する少年に腹を立たせ、乱暴に銃を構え直していた。

「だから、貴様には関係ない」

 イサガはすぐに身を引っ込め、なるべく剣の影に収まるよう、少女の壁になるよう努める。踏ん張ると先の腹の傷が再度身体に回るが、それに構うことなく、衝撃に耐える心構えを固め、鉄則することしか頭にない。

 見ることが出来ない分、脳裏に剣の向こう側の状況が浮かんだ。

 男たちの指が、ゆっくりと引き金に掛けられ、手前に引かれる。イサガは、身を固めた。


「おやおやおや? こんな町中で刃傷沙汰とはねえ。世の中ほんと物騒だよねえ」


 この場に似合わない、間の抜けた声が、文字通り現場を氷憑かせる。




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