3話 作りたい物は
刃物を手にしたリアンはそれを使い……。※残酷描写あり
あっという間の出来事だったけど、食事も済んだので店を出る。
相変わらずちょっと外で深く息を吸い込むと臭うが、それも大分鼻が慣れた。
問題は街から離れ戻って来た時に、またこの臭いに悩まされることだろうか……。
何とかしたいと考えても、俺一人だけの意見が通る筈も無いと言うか、これがここでは普通なのだろう。それよりも先ずは、ここで使われている言葉を覚えんとニュアンスを捉えて頷くか、首を振るくらいしか出来ないのは本当に不便なもんだ。
やっぱり海外旅行気分じゃ無理だな。まだ何とか成っているのは『地仙』としての能力があるからで、仮に素のままで連れて来られていたとしたら、今頃俺はどうなっていただろう?
今更だけど元に戻る事って出来るのかな? 会社も無断欠勤が続けば親に連絡が行くだろうし、今の俺の居ない部屋を見れば思い付くのは失踪か行方不明? 職場の皆にも迷惑をかけるし有給は残っているけど、それ以上戻るのが遅れた場合最悪クビだ。
相談できる相手も居なければ、ここは何処か何をすれば良いか教えてくれる者も居ない。
改めて自分の今現在の立場の危うさに思い当たり、途端に重苦しい気分になった。
「おかしいな。あんな薄いお酒だったのに、こんな否定的な考えが思い浮かぶなんて、悪酔いしちゃったかな……」
思わずそう呟きながらも、先程手に入った小刀を手に取る。
偶然とはいえ、物を加工するのに丁度良い刃物が手に入ったのは良い事だ。
今日の所は何処か寝られる場所を探して、明日起きたら早速何か作ってみるかな? そう考えると肩が軽くなった気がして、自分のあまりの単純さに少し笑ってしまう。
少しは人通が減ったけど、まだ十分に人が行き交う門から続く大きな通りを歩くが、そこで偶に擦違う人の手元に光る籠を見て『おや?』っと思う。
よく見ると、拳大の大きさの虫が光を放ち辺りを照らしている。
今思い出せば店の中が普通に明るかったのも、この虫を数匹飼っていたお蔭だったと思えば納得だ。
こんな虫は今まで見た事ないが、蛍みたいに尻が光るのではなく半透明な体が透けて動きながら光を発していた。
「何かお祭りの夜店で売ったら、飛ぶように売れそうだな。若干中身が見えて気持ち悪いけど」
松明に変わる照明器具みたいな物だろうか? 皆が持ち歩いていない事を考えると、それなりの値段がするのかな? もし外で見かけたら、捕まえて自分で籠を造って部屋に飾れば、案外変わったインテリアとして良いかもしれない。
結構いい案だと思い、俺は早速作りたい物の一つとして記憶する。
籠の種類を複数作れば売れるかも? 色々とデザインを思い浮かべながら街の外へ出ようと門の前まで来たのだが……。
「この時間で既に閉まっちゃってるのか、随分と早いんだな。これじゃあ何かあった時とかどうする――ん?」
ここも篝火では無く、より明るさを持つあの虫を使った照明を辺りに配置していたのだが、よく見れば門の傍に個人が出入り出来るような扉が付いていて、そこから昼間見た兵士の恰好をした人が出入りをしている。
なるほど、一応は通れる扉も在るみたいだし頭を下げ……そう言えば、挨拶は片手を上げるか握手しか見てない。
俺も笑顔で片手だけ上げてりゃ、そのまま通してもらえるかな?
他になんて言ったっけ、確かエルカは『さわとすばるあ』とか言ってた筈だ。
よし、兵士の近くに寄ったら、すかさずさわとすばるあだ! んん、何か緊張してきた。
あと五メートル、三、二、一、今だ!
「さ、さわとす ばるあっ!」
「ア? クァアル ルアゥグ?」
出来るだけ笑顔を作り、片手を振りながら挨拶をしたつもりだったが、扉の傍にいた相手の兵士は眠そうな顔をしていたのに、片眉を上げ訝しそうな表情になると、持っていた槍でポンポンと自分の肩を叩きながら、そう返してきた。
この人は、きっと俺の事を不審人物だと思ったに違いない! どうしよう? 俺ってもしかしてこのまま捕まっちゃうかな?
緊張のし過ぎで、何だか急にお腹が痛くなってきた気がする。
そうだ! トイレに行きたいと思わせれば通してくれるかも!
「うっ! うんん。ん、んんん。ん~! ん!!」
「……クァアル サンディア ティーシ フォッ!?」
俺は必至な形相で腹を右手押さえ、唸りつつ左右に体を揺らし左手で相手に縋った。
めっちゃドン引きされたが、意図が伝わったのか慌てて扉を開けて俺を外に追い出し「ワム ザォ ヴィサイ!」と背中に声がかかるが、なんて意味だろう?
外に出られたので結果的には良かったんだが、最後に見たあの兵士の顔が汚い物を触るかのように嫌そうだった。
次に見かけた時門から中に入れて貰えず、追い出されたりしないかが心配だ。
そう言えば、俺ってこっちに来てから一度も催してこないな……普通なら便秘と無尿=腎不全とか病気の心配をするとこなんだろうけど、そんな感じは全くしないし汗で出たにしても、飲んだ分と出た量に差がありすぎる。
これも身体能力の変異と、異常強化による副作用とか? 一瞬、変なウィルスに遺伝子を侵食されて理性を失い、人に襲い掛かかって繁殖する化物を思い浮かべたが、それなら見た目ですぐ分かるだろうし、そんな兆候も無いので胸をなでおろす。
「うーん。身体能力だけで言えば変化も有り得なくないけど、魔法というか『術』を使えるからそれは無い! 無いったら無い! ……無いよね?」
少しだけ不安になり、空を見上げれば輝く星と月明かりのおか、……随分と星が近く大きく見えるな?
月程じゃないけど、あれはかなり近いよ!? 昨日の夜は半分森の中に居た様な物だから見えなかったけど、月みたいに海の満ち潮とか何かしらの影響とかあるのだろうか?
そう考えたが、仮に影響があっても無くても別段何か起こる訳でも無いと思うと、直ぐにどうでもよくなり寝床を作る準備をする。
地面を均して、尖った物が無い確認をした後《結界》を自動展開にして横になるが、兵士とのやり取りと星の大きさに驚いたせいであまり眠くない。
「少し川の方にでも散歩して、戻ってくれば眠れるかな?」
一応寝る準備をしたので、場所を間違えないように道中拾ってきた倒木や枝を空間小行李から取り出して、色々と使用できる木材に『加工』し簡易の立札を作ろうと思う。
染料が無いので『自動作成』は出来ないが、文字の部分は掘り込みのみで「キャンプ地」と出るように、『手動作成』と念じた。
用意した材料が一瞬パッと消え、手元に並ぶと体が自動で基本となる木材に小刀を振うが、傍目には適当に当てているようにしか見えない。
使う素材数が少ないから『加工』時間は十秒ほどで済み、合わせて『手動作成』も行われ精神力と体力が減るが直ぐに回復する。この二つの作業の疲労感はちょっと立位体前屈を二、三回したくらいにしか感じず、逆に適度な運動した気分で健康になりそうなくらいだった。
「よし、快調快調! 問題なくできたな。これで間違いなく『加工』も『手動作成』も出来る事が実証できたし、明日の午前中は近場で素材になりそうな物でも探そう!昼からはまたエルカでも探して、一緒に行って壁の工事で大粒銅貨を稼ぐかな」
出来上がった物は使った素材の材質は悪い物の、熟練度が高いので加工は完璧、やはり何かを作るのは楽しい。
例えそれがお手軽自動作成の結果だとしても、自分の『作品』が生み出された瞬間なのだ。
こうして俺は高揚した気分のまま、街近くに流れる大きな川へと足を運ぶのだった。
――気分が良いので鼻歌をハミングしながら、昼間遠くに見た川へ向かう。
辺りは結構な暗さなのだが、目が慣れて割と物の識別ができる。
「つくづく便利な体になったと実感できるな。視力も前より良くなっているし、体も軽く足場が悪いのに全然疲れない。こりゃ寧ろちょっとしたアスレチック遊具で遊んでいる気分だ」
ひょいひょいと川の近くの岩場を跳んで移動し、水面を見る。
中々に大きな川でこの岩場の岩も流されてきたのだとすれば、深さも相当だろう。
これなら釣り道具でも作って、魚釣りで食材確保も良いかもしれない。
少し素材が足りないけど、『手動作成』で手持ちの材料を『加工素材』に出来ないか試してみるのも楽しそうだ。
手動といっても、『自動作成』と実はあまり変わりがない。
『自動作成』だと元々登録された材料しか受け付けないが、加工の手間は要らず材料さえそろえば一瞬で必要な物が消費され物が出来上がる。
『手動作成』は加工の済んだ素材であれば、決められたもの以外でもどの工程で使うかを指定し、決定さえすれば作成を行えるのだ。
一手間かかるこれを『手動作成』と呼んでいたが、今は全て選べば念じるだけで使える為、『加工素材』を使う場合は『手動作成』とあえて呼ぶ事に決めた。
それらを組み合わせて使う事で、原材料の違う物を作る事ができる。
その代わりに必要素材数の増減に加え犠牲になるのが、出来上がった物の耐久度と品質だけど、一度の『自動作成』で出来上がった物は、熟練度と能力値に依存し全て均一の耐久度と品質をだすので、大量生産には向いている。
逆に言えば、『手動作成』なら高品質な物ばかりを素材にして、基本より良い一品物を作る事に向いているだろう。
まあ素材が悪いと直ぐ壊れるし、見た目もショボイ上にゲーム内だとNPCにさえ買取拒否される為、流石にゴミ同然の素材で作る事は無い。
自分で作った物がNPCに「いらん」など言われてしまえば、初心者にも笑われてしまうだろう。
素材も変な物を使わず基本の物を使用していれば、出来は悪くとも最低価格で買い取りくらいはしてくれるのだから……。
川の流れを見て魚釣りの事を考えていたのに、いつの間にか物思いに耽っていると、視界の隅に光が何個か連なって動いているのが映る。
不思議に思い目を凝らしてみると、どうやら人だけじゃなく犬らしきものも見えたが、その動きからして走っている風に見える。
「何かあったのかな? 確かあっちは畑が在ったはずだけど、見回りにしては随分急いでいたし、ちょっと見に行ってみようか」
――明かりを目印に移動するのはさして苦労も無く、直ぐに追いつくことができた。流石は高階級職の身体能力まさに風の様に……止めよう、昨日の音の壁を思い出す。
「お、あそこだ~って! ありゃまぁ襲われてるけど大丈夫かな? ちょっくら此処の人の戦いって奴を見学させて貰おうかな」
目視できる距離まで移動し、トマトぽい作物の生る畑の中に隠れて近寄ると、そこには怪我で血を流し倒れる人と、それを囲む数人の明かりを持った人や吠える犬に加え、門の近くにいた兵士と似たような装備をした六人が、街に来る途中に見かけた木で出来た柵を壊し、畑の作物を運び去ろうとする異形の物達と対峙していた。
パッと見だが、ありゃ『翠子鬼』別名『ゴブリン』と言えば有名だし、分かりやすいだろうか? 別種に装備と名前が違う『緑戦鬼』別名『ゴブリントルーパー』とかも居たなぁ。
もっとも馬に乗った性能向上版は足が速くて、それなりの階級でも囲まれると『突撃』を喰らって朦朧状態のままあっさり死んでるのを見たっけ。
派生が多くてこっちじゃなんて呼んでいるか知らんが、手に持っている武器に差があるけど間違いないだろう。
「数は向こうが上、装備は兵士の方が上だ。さてどうなるかな?」
どうやら戦闘に入る直前だったらしいく、見物するにはもってこいだが倒れている怪我人、あの出血量だと危ないかも。
やはり兵士はそれなりの訓練を受けているのか、槍を持って牽制しつつ一匹に対して三人で当たろうとしているが、なんせ相手の数が十五匹と倍以上に多いので上手く行ってない。
「ムアゥファク! クラッドア! コームインッ!!」
「「「トォオゥ ソオー! コームインッ!」」」
一人が掛け声を上げ鼓舞するが、同調したのは三人だけの様で士気が低い。
きっと相手の数を見て勝ち目が薄いと戦闘意欲を失った結果に違いない。
基本通りの戦法なんだろうけど、状況が悪いと言えるだろう。
指揮を執れる隊長とかは居ないらしい、一人懸命に頑張っていたがゲーム内のパーティーならPTリーダーか、場馴れした人が指揮を執ったりするもんだが、どうやらあの兵士たちは新兵らしく、槍を繰り出すも腰が引けてる。
三人で組むのは良いとして攻撃のタイミングも息が合って無いので、こうした戦闘には全然慣れてないのかもしれない。
基礎訓練だけでなく実戦慣れした者なら、今は全員で固まり怪我人を下げさせつつ撤退か、さっさと誰か上司か腕の立つ者を呼びにいかせる筈だ。
それにあれくらいの相手なら、上級者なら一人であっても倒しきるかもしれない。
「あっ、犬を離したちゃ! おお! 犬つえぇ! 一匹地面に倒し……ああやっぱりダメか。一対一なら勝てただろうけど、噛んでる間に他から攻撃されちゃ無理だよな。兵士も槍を全員で相手に向けて、突撃かませばいいのにチマチマ当てても……あ~、逆に一斉に飛び掛かられちゃ無理だよね」
「ルイマゥディ! ムアゥファク ブファイ!」
「ルイマゥディ!?」
のんきに見ていたけど、怪我人を置き去りにして叫びながら逃げ出した者を皮切りに、犬がやられたのを見て怯んだ一人の兵士に勢いの乗ったゴブリン達は、奇声を上げて全員が兵士に次々と襲い掛かった。
兵士以外の人が消えたせいで辺りは暗くなった為、益々夜目の効く相手に有利になり攻撃を受け損ねた兵士の悲鳴が辺りに響く。
「うわっ、流石にこれは無いわー。せめて明かりくらい置いて行けば良いのに、あれじゃあ折角駆けつけた兵士さんが報われないな……って、あの兵士さんさっき扉を開けて、俺を外に出してくれた人だ! ん~あまり目立ちたくないけど、この暗さなら大丈夫かな?」
俺はそう一人呟くと、空間小行李から拳大の石を取り出しゴブリン目がけてブン投げる。
ゴウッと風圧を伴う音を立てて、立て続けに石を当てて行く。
「はっはっは、某バラエティ番組に在った種目を、ゲームにした遊びの得点王を取った俺に死角なし!」
当然ながら不意打ちで放たれた石は避けられる筈も無く。ただの石とは言えその身体能力で放たれたそれは、遺憾無くその威力を発揮し投げた始点から畑を薙ぎ払いゴブリンをぶち抜き、当たった石も弾け飛んだせいで瞬く間に立っていた十三匹のゴブリンと、倒れていた兵士『も』殲滅した。
残りのゴブリン二匹は兵士が倒していたが、圧し掛かられ倒れていた為に石の直撃は避けられ、生きてはいるものの兵士は皆辛うじて虫の息。
「……ど、どうしよ!? まだ死んでないよね? 気を確り持つんだ! 傷は酷いけど今治すからな!」
調子に乗って助けたつもりが、逆に殺しかけて焦った俺は慌てて意識の無い兵士達と、少し離れた場所で放置されていた怪我人と犬も集めて、本来の効能で《地脈活性》を使いその傷を修復させた。
教訓、何でも調子に乗るといつかミスをする。……ごめんね兵士さん。
思った以上に投げた石の威力は在ったようです。
何事も試してみないと分からない物ですよね?
戦闘の考察に関しては、友人と遊んで(寄生して)いた時の体験から感じた物。
この友人との遊びに関しても、どちらかと言うと友人の目的の為にレベリング『された』ギブ&テイクなので、人に何と言われようと耳を塞ぎ無視していた主人公。