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1話 そのお肉の価値は

彼はきっとその内痩せるか、身が引き締まり更なる進化を……遂げるかな?

 あれから数時間歩き途中で何度か馬車や擦違う人も居たが、どう見ても俺と同じ様な恰好では無く、見るからに大荷物な旅人らしき人は、旅慣れているのか早足に去って行ったので碌に声もかける事も出来ず、ここが何処なのか相変わらず分からない。

 馬車に関しては近付く前に道の端に慌てて避け、その速さから見送るだけになった。


 別に警戒された訳ではないけど、あちらはそれなりの物を背負って移動、俺と言えばこの少々草臥れた感じの漂う『風浪の道士服』一式と、杖のみで(ハンマーと弓は空間小行李の中へ仕舞った)旅をするにはあまりにも軽装に見え、今思えば少々怪しく思われても不思議では無かったかもしれない。


 途中の原っぱで蜘蛛の糸でも集めて糸を紡いで、袋でも作ろうかと思ったが紡器が無いので諦めた。一応紡器を作る為の制作図も分かるし無理矢理作れはするが、如何せん木材だけだと巻き上げ部の部品が足りなくて、折角作ったとしても直ぐ壊れてしまうからの結論だ。

 欲しい素材を作る為の道具を作るのに、その欲しいと思う素材自体が必要なジレンマ。まさに彼方立てれば此方が立たぬ状態なのである。


「まあ、この辺の森じゃ素材を集めるにも材料が足らないしもっと言えば、加工する為の道具が全く無かったっけ。初期装備の剣は元々装備してないせいか持って無かったし、今は切実に刃物が欲しい。持ち物さえ無事だったらなぁ~嘆いても仕方ないし、一応糸だけでも集めておいて行李に突っ込んでおくか……」


 そう独り言を言いながら気分転換も兼ねて、蜘蛛の糸や素材になりそうな物を片っ端から取って進む。

 太陽の位置が高くなり、気温も上がってきて歩きながら葡萄を摘まむが、流石に続くと飽きてきた。何かしょっぱい物が食べたい……そう言えば塩っ気を全然摂れてない。

 街か村に着いたら、お金を稼いで何か美味しい物でも食べられると良いなと、そんな事を思い浮かべつつ黙々と歩く。


 太陽の位置からして、そろそろ午前十時過ぎくらいかと適当な事を考えた所で、遠目に街らしき物が見えてきた。

 街の周辺の外には緑の畑が広がり、何の畑なのか分からないがその匂いと青々した色が目に眩しい。植えている作物も森の手前と街の近くでは、作業している人がこの辺りに居ないせいか、随分と違うように見えた。単純に人が見える場所に近付いた事で、気分が高揚した自分に戸惑う。

 普段なら仕事以外で人の居る場所なんて、あまり行きたいと思う事は皆無なのだが、思ったよりも見知らぬ森での野宿に、俺の精神は堪えていたらしい。


「遠目だから良く分からなかったけどショボイ柵だな……、これで畑を荒らすような害獣から、本当に守ったりできるのか?」


 森との境にある横の畑の柵を見てそう思ったが、もしかしたら余りこの辺りには、そういった畑を荒らす獣は居ないのかもしれない(オークは居たが)。少し離れた場所に小屋もあるが柵の内側に在り、人が出入りしているのであまりジロジロと見るのは不味いかと目を逸らした。

 街に近付くにつれ右手側奥に大きな川が見え始め、この辺りの畑や森はこれを水源にしている様に思う。

 更に森と畑の間に在った柵よりは高い塀と言うか壁が存在し、石材と煉瓦で組み上げたと分かるそれは、かなり頑丈そうに見える。

 よくもまあ街を囲むようにして建てられたものだ。その手間と予算を考えるに、それなりに潤っている街なのだろうか?


 実際にこんな分厚い壁を近くで見たのは初めてなので、感心して見ていたら通りすがりの親子連れの子供に指を指され笑われてしまい、何だか自分が酷く田舎物の様に思えた。


 門は大きく開き馬車も普通に通れる大きさで、手前には鉄の穂先を持つ槍を装備した兵士が居て通る人をチェックしているようだが、かなりジロジロ見られはしたけど俺が物珍しそうな顔で見返していたら、特に止められもしなかったのでそのまま街の中へ入って行く。

 人の出入りも多いが、外壁の内側に入ると今まで通って来た道に如何に人通りがなかったかが分かる。今ふと思い出してみれば通り過ぎた馬車や旅人が、妙に急ぎ足に見えたのは単なる偶然では無いのかもと、漠然とそんな考えが浮かんだ。


 街の中の人種を見るに、俺のような東洋人ぽい顔のつくりの人はあまりいない。

 俺が拠点としていた大陸自体が違う可能性も出てきたが、髪の色や瞳の色は現代ではありえない色素の者が普通に居て、某巨大マーケットのコスチュームプレイヤーを思い出す。服装もそれに準じているが、その縫製も身分の違いや生活水準の差がありありと出ていた。

 気になるのは街に入ってからそこはかとなく不快に感じる。

 一言で言うなら、特に道の端から漂うその『臭い』だ。


 どうやらまともな下水道は無いようで、家庭や何某かの作業で出る廃液も道の端にある側溝に流れている為、様子を見ても清掃はしてないと断言できる。

 本当にその役目を機能しているのか怪しく、臭う上に随分と汚らしい。

 折角大きな川が近くにあるのに、何とも宝の持ち腐れだと思ってしまう。


 その辺は築き上げてきた文化の違いの差なのだろうけど、他の国よりも割と綺麗好きでもある日本で育った俺としては、水洗トイレの無い田舎でも嗅がないその臭いにそろそろ鼻がバカに成りそうだった。

 なるべく道の端には近寄らないように、十分離れる事にする。


 もしかして、大きな通りが必要以上に道幅が広いのはそのせいだろうか? そう考えて急に立ち止まり冷汗がでる。

 何故かと言うとここは本当に『ゲームの中の世界』なのか疑問が浮かんだからだ。

 そもそも今起きている事でさえ『ありえない』筈なのだが、強烈に五感の一つを刺激されたお蔭で、変に現実感を覚えてしまったせいでもある。

 特にあの森の中でのオークとの出会いの際『痛み』を感じなかったせいで、ある意味感覚が麻痺していたが、何かの拍子に怪我を負えば『死ぬ』という可能性。

 そんな至極単純で世に生きる物にとって大前提である、生きていれば当然死ぬ事も必然だと言う節理を忘れ、未だに遊び感覚で居た自分に恐怖を覚えたからだ。


 思わず走り出してしまいたい衝動に駆られたが、森の中での失態を思い出して力を込めた拳を下した。今はもう少し我慢だ、もっとこの街や人の動きを良く知ろう。逃げるのはいつでもできるし、この身を守る術もあるんだ! そう自分に言い聞かせ好きな物に目を向け気分を紛らわす事にした。

 街の中の建物や使われているその素材、他にも色々在る筈と思い再び歩き出す、結果分かった事を一つ上げれば、この辺りの建物は土台に煉瓦を使い上に乗っている為、ゲーム内での建物とあまり変わらない作りをしている事だ。


「門の入り口から暫く街並みを見ても、ゲーム内じゃやっぱり見た事のない場所だ。ここは本当に何処なんだ……」


 ゲーム内だと思って村か街を探していた訳だが、これじゃ位置も分からない。期待していた分、その落胆も大きく先程の不安もあってポロッと内心が零れる。

 更にその不安に拍車をかける様に薄々気が付いてはいたけど、行き来する人の話し声を聞いても何を言っているのか全然分からなく、辛うじて看板とかは意匠で何となく何の店か分かるけど、書かれていた文字は全く読めない。まさに外国に放置され迷子になった気分だ。


 こう改めて考えると門をくぐった際に入り口で門番(?)の兵士に呼び止められなくて、本当に運が良かったと思う。

 仕方が無いので少し時間を置いて、同じ場所には長居しないように買い物をする人の動きや言葉を聞いてニュアンスから分かる情報を集める事にした。


 街を歩いているとき、道端で屋台ぽい店が串に刺した肉を焼いていて、非常に美味そうな匂いを辺りに漂わせるが、その匂いを嗅いだ瞬間口に生唾が湧いてきたのに、お金も無ければ言葉も通じないので、腹をグーと鳴らしながら立ち去るしかなく、いくら職業『仙人』だとしても霞を食う訳にもいかず、あまりにも情けなくて泣けてる……。

 周りの臭さにはあまり細い道に入らなければ、もう慣れた。

 つくづく人間は環境に慣れる生き物だと、臭いより空腹に負けた俺はそう実感する。


「あんな滴る脂と香ばしい匂いを嗅いだら余計に腹が減ってきたけど、何も買えない自分がとても恨めしいっ!」


 誰に言うのでもなく愚痴を零しその屋台を一度離れる、頭の中が『肉』に占領されるのだ。

 屋台を尻目に道を進み、露天商(?)の広げる商品を買おうとしている人を特に探しながら、商品の交換に使っているお金がどんな物を使っているのかよく見る。

 今の所分かったのは小粒の銅貨っぽいそれと、更にそれよりも一回り大きい銅貨(?)これらは価値として、小粒が一とすれば大粒は五のようだ。

 後は銀らしき硬貨を使っている者も稀に見かけたが、お釣りがジャラジャラしていて数えられず、あると思っていた金に見える硬貨らしい物は、全く見つからなかった。

 造りは一定の水準を保っているよう見えたが、黒ずんでいたり微妙に歪みがあって汚い。


 引き続きそのまま値段も調べて行く、俺が食べたいと思った焼いた肉は一串が大粒銅貨一枚で、実は味付けに使う塩っぽい調味料は別料金らしく、追加で小粒銅貨三枚を受け取ってるのを見た。つまりより美味い味のついた肉串を買うには、小粒銅貨が八枚は必要って事だ!


「それなりに肉は安いのか? 普通なら焼く燃料や入手の手間もあって肉は高そうなのに。……そう言えば今更だけど、アレって何の肉を使ってるんだ?」


 その串を焼いている店の裏へコソコソっと近寄り、材料となっている肉の元を目で探すが、忙しそうに調理する裏方の人を見るに、どうも既に加工済みの物を用意し焼いている様なので、何の肉なのかは分からない。

 とても美味そうな匂いなんだが、元がゲーム内の生き物と分かりさえすれば自力で捕まえ捌くのに……。

 でも、当然ながら先ずはどんな味のする食べ物なのか、食してみたいと思うのが人情だよね。

 風が吹いてまたあの串肉を焼く匂いが、ふわりと俺の鼻を通過したせいで痛いほど口内と腹を刺激する。


 俺が涎を垂らさんとばかりにガン見していると、店の裏で調理している男に嫌そうな顔で睨まれた。

 人間腹が減っていればこんなもんなんだよ! あんたは飢えを知らんのだろう! 悔し紛れにそう思うが貧乏って本当に辛い……。

 今この手にあの小粒の銅貨が五枚在れば買えるのに、追加で三枚あれば調味料付だ! 次に考えたのは如何にしてあの小粒の銅貨を手に入れるか。


 まだ明るい時間帯なので、誰かを襲って財布を奪うにはリスクが高すぎるので出来ない……って、なんで俺は犯罪に走るような思考になってるんだ?

 どうも普段の自分とかけ離れた考えが浮かぶのも、全て空腹のせいだろう。


 こうなっては仕方が無いので、何とかしてあの串肉を手に入れる方法を考えねば、俺は屋台を見つめながら、色々考えを巡らせていると誰かに肩を叩かれた。

 俺は驚いて叩かれた反対側へビクッと体を反らし、相手を見ると顔は変に汚れ髪はボサボサで伸び放題、割とブカブカの服はほつれが在ったり継ぎ当てが見えるけど、奇妙な事に服自体はそんなに汚れが目立たず、やはり若干臭うが住所不定無職な段ボール戦士の人よりかはマシ。


 街に入ったばかりの得体のしれない俺に、この人はいったい何の様だろう? 思わず首を傾げると邪気の無さそうな瞳で俺を見て、コイコイと手招きをする。

 内心で仮に何か害されそうになったとしても、今の『仙人』としての技能と身体能力が在れば、多少の事は問題ないだろうと思い、当てもないので着いて行くことにした。


 その人に付いて行き到着した場所は、方角的にあっているか分からないので、入ってきた門を南として考えた場合、今居るところは北の方だと言える。

 俺と俺を連れてきた仮称ボサボサさん以外にも、いかにも己の肉体で世の中を渡っています的な、典型的な肉体労働向きのガタイの良い者も居れば女性もちらほらと混ざり、そこには既に沢山の人が集まっていた。

 さらっと数えてみても四~五十人くらいは居るであろう、いったい何をするのかと思えば見るからに兵士と言える数人と、その代表者みたいな者がガヤガヤと集まる集団へ大きく声をかけ、身振りも加え何事か説明している。

 もっとも俺には何を言っているかさっぱりだが……。

 

 ――暫く話が続き、これから何が始まるかと思って見ていれば、順番に並ばされ腕に目立つ赤い紐が結ばれる。

 この紐の意味は分からないが集まっている連中と一纏めに移動し、先頭の方を見ると作りかけの壁が見えてきて、やっと何をさせられるのかが理解できた。

 どうやら俺はこの単純労働をする作業員として連れて来られたらしい。


 俺は経験として、仮にこの中から急に抜けたりでもすれば、最初に見かけた兵士に見せしめに打たれるか、最悪あの持っている武器で痛めつけられるだろう。

 そう思い様子を見ようと大人しく作業に加わる事にしたのだが、周りに居る連中の表情を見ても特に誰も不満に思っても無さそうなので、作業現場の先頭に居る監督(?)らしき人物の振り分けに従い、周りに合わせて動く。

 穴を掘る者、土台を作る者、煉瓦を運ぶ者、他にもその作業は色々だが、頭を使う必要があまりないので只管肉体を動かす。

                                           

 暫く動いていて気が付いた事は、どうやら水を飲む事だけは自由に出来るらしく、木製の作業台の一角に飲み水が用意されて、飲みに行く者がいるが一応そこにはサボり防止の為なのか、兵士が一人立って作業員を見ている。


 基本的に俺は体を動かすこと自体は苦では無い、何かを作るという事は楽しいのだ。

 それに今の俺の身体能力は、パソコンの前に座りただキーボードやマウスを操作しているだけのぽっちゃりな肉体では無くなっているので、腹は空いているが思うように体が動くので実に楽しい。

 きっと現代の建設現場などで働く人も、徐々に出来上がる物を見て充実感と満足感を味わっているんだなと、何気なく思った。


 もっとも、変に目立つのを避ける為周りに合わせての動きなので、それほど作業自体の効率は良くないが、俺は周りを見る余裕が在るので使っている道具や素材を見て、簡易クレーンでも作ればもっと効率が上がるなどと考え、ついでに使っている言葉を少しずつ拾う。

 だが正直な所よく分からん。……何か会話をしているのは分かるが内容はさっぱりで、その雰囲気だけが伝わってくるだけ。


 そもそもこんな短時間で初めて聞く言葉が分かるようなら、最初から苦労などしないのだ。

 この新たに壁を作る作業は完成するまで続くのかは分からないが、まだ大分日数はかかる筈なので、何故か気楽にやろうなんて気持ちが自然と湧いて出てきて自分でも驚く。

 そこはやはり大好きな物造が関わっている為だと、無理矢理納得した。


 更に時間が過ぎ日も傾いてきた所で、作業を見守っていた兵士によって鐘が打ち鳴らされると、皆作業を止めてゆっくりと最初に集まった広場へと集合し、順番に並んで腕に巻かれた赤い紐を外され、代わりに大粒の銅貨を四枚受け取った。

 ……えっ? 給料出るの? 時給それとも日給なのか? よく分からないが、順番に銅貨を受け取った人から顔を綻ばせ、街の中へ戻って行ったりそれぞれ散って行く。

 それを見ながらボーっとしていると、解散していく人を確認していた兵士がチラッと俺を見た後、何処かへ去って行った。


 誰も居ない閑散とした広場で、手に入れた銅貨を握り締め『働いた分報酬を得る』そんな単純な理屈で、沸々と嬉しさが湧いてくる。

 その時またポンと誰かが俺の肩を叩き振り向くと、最初に俺を手招きしてここに連れてきてくれた人が、俺の表情を見てニコッと笑い自分を指差し、こう発音したように聞こえた。


「エルカ!」


「俺は山中保(やまなか たもつ)


「オ? マ? タ?」


「あ~、リアン。リ・ア・ン」


 そうだ言葉通じないんだったっけ、本名言っても意味分からんだろうと考え、ゲーム内でキャラクターに着けていた名前『李庵(りあん)』と答えたが……。


「ア~リャン? リッヤッン?」


「リアンだ」


「リャンダ?」


「ちっが~う、リアン!」


「チッ? ガウリ? アンッ」


 俺は自分の名前を否定するたびに、このエルカと言う人の答えはどんどん遠退いていった。

 右手で顔を押さえる俺を見て、未だ不思議そうに首を傾げるこの人にもう好きに呼ばせて、最初に出会ったように後を付いて行く。


 こうして俺はこの『エルカ』と発音をする固有名を名乗る人と出会い、当初の目的通り銅貨を手にしたのである。……あれ?


空腹はとても苦しいもんですよね。

もっとも水が無い方が苦しむようですけど、流石に渇きで倒れた事は無いです。

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