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プロローグ後編

続いてたり……。

 さっき考えた事を物凄く簡単に確かめる方法は言うまでも無く、単純に念じれば済む事なのだが、今は誰も居ないとは言え、流石に恥ずかしい。きっと辺りを見回す俺の様は、偶然にでも誰かが通ればとても滑稽に見えただろう。

 だが意を決し息を吸い込むと、俺のキャラクターの職業だった『仙人』の呪を叫ぶ。


「はあぁぁっ!《障壁》」


 そう気合を入れ叫んだ途端に、陰陽を表す対極図が一瞬ボワンと浮かび上がり、体の表面に外敵からの物理攻撃と魔法攻撃を防ぐ『見えない』《障壁》が出来る。

 おお! 本当に《障壁》が使えるって事は、冗談抜きにゲームの中なのか? 街中でも熟練度上げるのに毎回自動使用で唱えていて助かったかも。

 そこまで思い出して気が付いたが、この《障壁》が掛かったままだったからこそ、さっきアレに殴られて平気だったのだと、何となく納得した。


 それにあの時の速さと言い、ハンマーで殴っただけでオーク(?)を半分にミンチにしたのは……あ~もしかすると、キャラの基本能力値の上がり具合のせいかな? 鍛冶と採掘するのにやたらと筋力値上げてたっけ。

 もっともその分同階級の人と比べて、回復力は高いけど最大生命力は低めで特に精神力の方はどん底もいいとこなんだけどね。

 つまり今の俺はゲームのキャラクターの特性を持って、この森にそれこそ『転移』でもされたと言うのだろうか? 転移は転移でも、ガワを伴わないで中身(精神)だけってありうるの? 超バグで済む話じゃないよ。

 けど右手にハンマー、左手に在ったはずの転移石が無いので間違いないかも……?


「良く分からんけど、手が血でヌルヌルして気持ち悪いしどこかで洗いたい。その辺に泉か川でも都合よく無いもんかね……」


 キョロキョロと見回してみるが、水場は見当たらない。

 ハンマーの先から手に伝ってくる血の臭いに嫌悪感が湧き、早く洗い流したくなり思わず舌打ちをする。

 仕方なく弾き飛ばされた先に広がる平原と、その広さを見て歩くのを止め自分の拠点のある街へ飛ぶ為に『転移地点目録』を開こうと念じる。


 思った通り目の前に、転移地点を記載する巻物が自動で開き、その記録した箇所を表すはずだったのだが、必要な素材を手に入れる為、仕方なく行った村や街、船に乗り苦労して海を渡り、凶悪な強さの不死属性の怪物が湧く『太古の隧道』を潜り抜け、細い道の続く落下=即死(飛行禁止区域)と言うストレスを強いられる高さを越え、やっとの思いで登録した『二つ並ぶ事無き皇の座』の位置まですっかりさっぱり綺麗に無くなっていたのだ……。


 俺の遊んでいたゲームは割と酷い仕様で個人転移のみしかできず、誰かに転移で連れて行ってもらうのは無理だったのだから、場所固定の転移陣は在ったが大陸を渡り、転移地点を記録すると言う作業の苦労は並大抵じゃなかった。


「どういうことだーーーー!! 責任者を呼べーーーー!! 俺の、俺の苦労を水の泡にしやがったのは、どこのどいつだ!!」


 血走った目で巻物を見つめるが、登録地点どころか描かれていた『五つの大陸図』さえ消えている。

 各地に点在していた転移地点を記録している筈のこの巻物は、もうゴミに等しい物になっていたのだ。普段余程の事でもなければこんな風に怒り叫ぶ等しない俺だが、今回ばかりはその堪忍袋の緒が切れた。


「強くて最初から? ハッ、そんなの求めちゃいねーんだよ!! 俺の苦労を返せーーー!!」


 この分だと確かめたい様な、確かめたくない様な……俺が制作し集めて入れておいた道具類は、もしかしなくとも軒並み消えちゃった……ないよね、絶対ないよねそんな事?

 ゴクリと唾を飲み込み、『空間小行李(アイテムボックス)』を開こうと念じると、ボヤ~っとしたイメージが頭の中に浮かび、本当なら移動用の騎獣や宝船等の各乗り物、生命力に精神力回復の為の各種丹薬に一定時間能力値上昇の食べ物等、今まで作り上げてきた物が在る筈なのに、それらは全て消えさり空になっていた。

 大陸間で共通の価値の在った、オークションで使う大量に稼いだ筈の貿易銀貨もゼロ。


「うぉのれーーーー! こんなのアリかよーーーー!!」


 暫くの間打ち拉れ、その場に跪き悔しさのあまり怒り任せ地面を叩いていたが、土が抉れ土埃が舞ったせいで咳き込み虚しさを感じて止める。俺にはこの無念をぶつけて、悔しがる権利さえないと言うのか……。

 そうだ、もう一つ出来る事が在る! 力の限りこの平原を突っ走ってやるんだ!


「うらぁーーー! 覚えていろ運営のサポート係めぇ! このままでは終わらんぞー!」


 その叫びと共に能動技能《短距離疾走》が『勝手に』発動し、比喩ではなく俺は風に成った。


「どーちーくーしボァッ!?」 


 ドンッ


 そう耳が捉えたと思ったら、オーク(仮称)に殴られた時の打撃など生温い威力の衝撃が全身を襲う。

「はうぁっ!?」という驚きの呟きも漏らせず、次に理解したのは精神力をたぶん一割程消費し体力がごっそりと根こそぎ減った筈、お蔭で湧いた怒りはそれと一緒にあっさり吹き飛んで行った。

 個人の攻略ページの技能説明にも書いてあった『音速を越える速さ(笑)』にまで本当に加速仕掛かり、音の壁にぶち当たったなどと言う昨今の漫画でも見ない様な、酷くアホらしい事をしたようだ。


 ついでに言うのならば、上昇した能力を持つ体に振り回され、足の運びが上手くできずに『右足で自分の道士服の裾を踏んで』しまい、すっ転んだせいでもある。

 能力値に付いた器用度と運性の数値は単なる飾りでしかないようだ。

 ……うん、この能動技能は加減ができず、恐ろしく危険なので金輪際封印だな。

 しかもやたらコレ発動すると疲労するし、お蔭で太腿がパンパンだぜ。

 この疲れが少しでも楽になるまで、もう暫く動きたくないからちょっと休憩。


 疲れの為地面に直に寝っ転がりながら、今の状況を考える。

 本来《短距離疾走》は能動技能の筈なのだが、どうやらマウスでクリックなんて事は出来ないので、自分自身の明確な意思が発動条件になったらしい。

 ゲーム内じゃこれくらいの加速をしても平気だったのに随分と不便な事だ。


 ちなみに、取得済技能も能力値もどうやら表記させる事が出来ないので、メニューやヘルプ機能なんて物も当然使えず、俺の今現在の能力や技能なんかは記憶頼りでしかない。

 例え技能を持っていても忘れていたら、もう使えないと思って間違いなさそうだ。

 そもそも習得条件なんて、『仙人』になる為の昇級条件(これも友人頼みだった)や特定の物以外はあまり無かったし、命数点(階級が上がった際に手に入る数値)を支払ってセットすればクリックで使えたからね。

 そこまで思考に耽っていたが、体力が戻り精神力も回復し終わった(気がする)ので、冷静になった俺は『導師』の技能で水を出し、ハンマーと手を洗う。


 ちなみに『道士』は剣技能と護符を使って戦い、『導師』は八卦に因んだ属性技能を駆使し、『地仙』は『仙人』の中の『天仙』、『地仙』、『妖仙』と在る三種類の一つで共通技能の他、四象、両儀技能を操り、最終的に『三清』となり太極を収める……らしい。

 『道士』から連なる技能は多種多様だが、技能を取るには命数点を消費するので、数があれば強い訳じゃないから人によっては変な取り方をして、能力が低くて意味が無い等、育て方に悩む職でもある。

 道士系最後の『三清』は階級の上限が解放され、更にバージョンアップされて出る予定の階位なので、運営による他の職の最終位の情報も開示されたお蔭で、現在はその噂だけが飛び交っていた。

 もっとも今はそんな噂はどうでも良い、先ずはここが何処か調べるのが先決だ。


「ぶっ飛んだせいで道っぽいのを見つけたけど、この向こうからずっと続いてる溝は何だろ? 何かを引き摺った? それにしてはあっちにも同じ溝が……」


 改めてよく見ると、等間隔で同じように溝ができてるので引き摺った後じゃなく馬車っぽい。

 ギルド用対攻城戦戦車(大きな騎獣が引く)とかも考えたが、それにしちゃ溝が細すぎるか? ゲーム内じゃどんだけ重そうな物が走ろうが、道に溝ができたり凹んだりしないからねぇ。


「うーむ、俺の記憶だと馬車はクエストの護衛イベントと襲撃イベントの二種類でしか出てこない。はっきり言って馬が引く馬車はNPC専用の乗り物だったからなぁ、四頭立てとか主に商人や貴人に豪族の乗り物だったっけ」


 最もプレイヤー専用の乗り物として、騎獣以外に『白紙の図面』と言う、ユーザーが自由に設計できる図面が課金アイテムとして売りに出されたせいで、所謂『エンジン』に当たる物が出来上がり一気に世界観と雰囲気をぶち壊して運営が顰蹙かったんだよな。

 この『白紙の図面』は設計に自由に使えるあらかじめ用意された部品の組み合わせが肝で、上手く噛みあわないと図面として出来上がり実際に組み立てた後で、とんでもない欠陥品に仕上がったり等、色々問題になり初心者ユーザーには全く売れなかった。

 かく言う俺も自身が乗れる人型の乗り物を作ろうとしたが、容量的にもに無理があり、断念した思い出が在る。(流石の運営もコレは阻止したらしい)


 まあ、『エンジン』を作るのに必要な『白紙の図面』は課金販売のみで運営側の策略だったし、部品から組み立てるのは楽しいんだけど、素材集めがかなり苦行だったなぁ。なんせ骨組みは希少金属、透明な部品とかは素材に高価な宝石使ってたし。

 一度作れば図面が要らない代わりに、出来上がった物は販売も譲渡も不可のイヤラシイ仕様だったけど、他の物に流用ができた事だけが唯一の救いかな? 制作系を極めようとする人なら誰もが通る道だが、無課金で遊ぶには巨大な壁となって立ちはだかり、挫折する人の八割はこれが原因だった。


 今はそんな事よりこの馬車の跡をどうするかだ、折角見つけた人の住む手がかりでも在る訳で、どっちに進むかだけが問題である。


「まさに“森の中に居る”迷子状態だが……取りあえず食べる物が無いと腹減るし、この跡辿って追っかけながら食べられる木の実でも探してみるか~」


 そう言って腰に差した杖を地面に立て、倒れた先へ進む事にした。

 一応ゲーム内でも栽培をせずとも、自生する果物や食べられる野草やキノコなどもあったので、探しつつ道を辿って行く。

 そうすると割と簡単に野生の葡萄を見つけたが、まだ食べられるほど育って無かった。

 こんな時こそ俺の出番だ! 早速木へ近寄り《結界》を張り《地脈活性》を合わせて使用したいと念じる。


 この《結界》で周りに効果を張り巡らし、《地脈活性》を組み合わせる事で栽培する物や育てる動物の成長を急加速(たぶん人には影響はない)させ即席で出来てしまう超便利技能だ。

 その代り、この二つの技能を維持している間は当然ながら範囲から出る事は出来ず、案山子のように手を広げ突っ立っていなければ成らないのが、何ともシュールで笑えないけど仕様なので仕方が無い。

 このお蔭で制作素材の早期取得ができる訳だし、何より葡萄が色艶も良くみるみる食べられる大きさまで育っていく。


「うっし、この木の葡萄全部取ってっちまおう。空間小行李の中身も空っぽだし遠慮なくガンガン行くぜ!」


 こうしてある程度育っていた葡萄だったので十数分で育ち、収穫に精を出す。

 うん、ちょっと手間はかかるが俺のプレイスタイルはここでも健在だ。

 そう思いながら、気分を良くした俺は収穫した葡萄を一粒口に入れ、その甘さを味わった。


「いや~《結界》&《地脈活性》の組み合わせ技は、本当に良い仕事しますな~元はこの組み合わせ安全な範囲回復技なんだけど、使い方次第で新たな価値が生まれるって言う見本だよね」


 そんな独り言を呟きながら、『地仙』の技能の恩恵を有難く思う。

 消費精神力に関しても元の最大精神力が大して量も無いので、技能使用で精神力が割合で減ろうが、回復量が毎秒かなりあるので使った傍から回復し、技能の長時間の維持もお手の物って訳だ。

 これも偏に俺の階級上げをしてくれた友人と、制作に依存した能力値の賜物である。


 結局日が沈むまで歩いてみたが、一向に街や村にぶつかることなく(普通に歩いただけだし当然か?)日が暮れたので、燃えやすそうな枝を拾い火も焚いて暖を取り、喉が渇けば水道代わりに呪を唱え水を(と言っても念じるだけで済む)手の平に出し、お腹が空けば葡萄を腹に入れ飢えを満たす。


 まさに素で野宿って感じだが、できれば地面に横になるのに厚めの毛布が欲しいと思った。

 当然ながらこんな辺鄙な場所、地面を均さないとゴツゴツと背中に小石や地面が当たり、寝心地が非常に悪いのだ。ついでに言うなら偶に聞こえる動物の鳴き声と虫の音が煩い。

 取りあえず《結界》を自動維持使用と念じて、寝ながらでもこの範囲には何人たりとも俺の許可なく入る事は出来ないので、安全面では抜かりは無い。

 仮に何者かに《結界》が壊されたりでもすれば、例え寝入っていても《結界》壊れる衝撃で嫌でも起こされるしね。なんて便利な『地仙』の技能! 選んで良かった『仙人』と言う職業!

 ……ただ、こうして普通なら喜ぶ(?)べき体験している筈なのだが、辺りが暗い為か一向に気分は上がらなかった。


 ――翌日夜中に途中で《結界》壊される事も無く、肌寒さで目が覚めると焚火が消えているからそれも当然で、時間にすれば早朝の四時か五時くらいだろうか? まだ朝靄が立ち生い茂る木のせいで日が届かない為仕方ない。


 立ち上がって服に付いた土を払うと例の如く水をだし、口を漱ぎ顔も洗うと葡萄を一房食べて、今日こそはもう少し身になりそうな物を食べたいと思いながら、昨日の続きである道を歩き始めた。


急に大事にしている持ち物が消えた時の消失感、胸にポッカリ穴が開いた気分。

怒りも湧くけど、それ以上に悲しい気持ちの方が勝ります。


隠していた筈のお菓子がががががが。

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