プロローグ前編
気晴らしに書いていた物です。
自分の書く多作品との関連性は皆無です。
今日も今日とて畑に立ち《結界》を張り《地脈活性》を組み合わせ色んな物を急成長させる。
成長した物から素材を集め、取得した製作図から武器や防具を始め必要な道具を生み出し、五大陸から連なる世界を股にかけたオークションにそれを出品し、貿易銀貨を稼ぎ土地を買い上げ畑を耕し、更に増やした銀貨で拠点を作り、村から街へ発展させ城を建て強化していく……。
そんな事を繰り返し日々使う技能を高めながら、遊びの幅を広げていくのが今ログインしているオンライン系ゲームにおける、俺のプレイスタイルだったのだが、基本ぼっち故に畑と農場に家を購入した土地に建てた時点で満足し、実の所今言った事はメインコンテンツからは少々かけ離れており、本来なら副業的な事をメインとして俺は遊んでいるのだった。
このゲームのメインコンテンツである『狩り』は他のユーザーのプレイ動画などを見ると、大陸を横断し山や海を越えモンスターを討伐し、より高価な素材を集め、仲間とパーティーを組み更にその素材で装備と自身を強化して、地図に描かれた新たな大地と強敵(獲物)を目指し、他の誰よりも一歩先を進んだ最速のクエスト攻略や巨大ボス討伐を楽しむ……。
まさに冒険活劇の見本のような、手に汗握るこのゲームが本来の遊び方だ。
つまり、俺のやっている事は狩り仲間でギルドを創設し、拠点を得て広大な大陸に自分たちの街を作るというオマケを、一人でやって遊んでいたのである。
でも、俺はそんな人達とはほぼ疎遠であり(友人以外)、精々頼まれた武器や防具に戦闘とは関係無い物を作る事でしか関わる事も無く、主に制作系キャラクターとしてゲーム内の端っこで、それこそ文字通り『仙人』の様にひっそりと参加していた。作った物を売るにしても直接の取引は殆どせず、面倒の少ないオークションのみを経由して販売を行ってきたからだ。
それと言うのも仕事以外での人付き合いは得意ではない上、元々アクション系ゲームは下手な方なので、のんびりと出来るシミュレーション系や何かを育てる育成系ゲームが好きだった。
ついでにマウスのみの操作でも遊べると言う事も、始めるきっかけとなった一因でもある(狩りをメインにするなら、ゲームパッド必須です。マウスで狩る? HAHAHA面白いジョークだ)。
更に言えば単純にオンライン系ゲームの紹介サイトに掲載されていた、このゲーム内で育てる事の出来る動物の可愛らしさや、製作できる物の種類の豊富さに加えその手順等に惚れて始めたのが三年前になる。
……見た目モフモフ系の動物達は万人の癒しなのだ。
そうしてこの三年の歳月で、ゲーム内にあるアイテムなら色々と作成できる物が増え、技能の熟練度も確り上げた事で、素材さえあれば他のプレイヤーからメールで制作依頼が来るくらい物を作れるところまで来た。(作った物には製作者の名前が付くため、メールが届く様になった。面倒だが素材を買うのに金は要る)
だけど、作れる物が増える=成長限界と言う名の、技能取得制限に引っ掛かり始め悩んでいたところ、丁度次の大幅アップデートによる限界値の上限引き上げの噂を聞きつけ、その引上げの際に使用する、初期村近くの弱いNMを倒すことで落とす筈の、超低確率アイテムを手始めに必要な個数を手に入れる為、以前転移地点登録した場所へさくっと飛ぼうと思い、軽く転移石を作っていた最中までの記憶はあるのだけど……。
「ここって、何処だ?」
ついそう呟いてしまうくらい、今は異常事態なのだ。
さっき転移石を作ろうと、操作していたキャラクターがハンマーを振っていた……よね?
何でさっきまでパソコンのモニター前で右手はマウス、左手で蜜柑を食べていた筈なのに、目の前にはアスファルトの舗装さえ無い、剥き出しの地面と鬱蒼と茂る森があるのか?
もしかして、寝落ちしちゃって夢でも見てるのかと思ったけど、頬に当たる湿った空気と、鼻につく木々独自の青い匂い、それに着ている服に妙な違和感を覚えた俺は、空いている左手で袖を掴み目の前に映して見るとあきらかに変だった。俺の記憶では仕事から家に帰って着替えた後は、部屋着のダサい上下ジャージに、羽織った半纏姿でパソコン前に居た筈なのだから。
俺は言い様のない不安と焦りを感じながらも今の自分の服装を調べていく。
いつの間にか着せられていたその服は、俺が遊んでいたゲーム内の初期で手に入る筈の物だ。
入手の仕方はキャラクター作成時に選択した職業が『道士』であることと、階級を五以上に上げ最初の村に居る村長役のNPCに話しかけ、依頼を受諾する事で出来るお使いクエストの報酬の装備『風浪の道士服』一式だった。
また、予想でしかないがアイテムを制作途中だったのが原因で、右手にはその時使っていた制作用ハンマーを握っていたのだろう。
俺の知るこの『風浪の道士服』の防御力はお察しだが、一式で装備するとゲーム内での生命力と精神力の回復速度に恩恵が着いて毎秒一点回復力上昇効果を付与するという、初心者に優しい仕様の装備であった。
確か他に装飾品が別に……、俺はそこまで思考した所でハッと気づく。
そう、今身に着けている物は、全てゲーム内で操作していたキャラクターが装備していた見た目がグリーングリーンな低階級装備だった。
俺が思った事は『こんな草臥れたペラッペラな服着て外なんか歩けないよ!?』だ。
確かに誰がどう見ても街でこんな格好をして歩く者を見れば、チョイスに失敗した似非コスプレイヤーにしか見えない。
「なんてピンポイントで俺の精神と、社会的な尊厳を削ってくれる仕打ちをするんだ……。あれか? 親元を離れてもゲーム離れの出来ない俺に、こんな嫌がらせをして自分を見つめなおせって仕組んだ、新手の嫌がらせかよ!」
あまりの理不尽さに怒りが湧き独り言を呟きながら、右手に持ったハンマーを硬く握り締め拳をブルブルと震わせる。そのまま腰には、ゲーム内で見た初心者用杖がぶら下がり、背中には初心者用の弓までついている、ステキ仕様だ。
誰がこんな風に意識の無い間に着替えさせ、あまつさえ森に放置したのか? きっとどこかでカメラを回し様子を見て笑っているか、録画して後で誰かに見せつける気に違いないと思っても、全然不思議では無いだろう。
「くそっ!くそくそくそー!! そうやって笑っているがいいさ! 俺はゲーム辞めないもんね! 自分の稼いだお金で続けてる趣味に、文句を言われる筋合いはないよ!」
俺はこの状況を作り出し、陰で見ているであろう相手に向かってどれだけ蔑まされようとも、自分の意思は曲げないつもりで叫び聞かせているつもりだった。
その時奥の藪からガサッと何かが草をかき分けるような音が鳴り、件の相手が種明かしでもしてくるのかと思って、そちらを睨みつける様に顔を向ける。
だが藪から出てきたのはカメラでもなければ、俺を心配して探しに来た親や親友でもなく、大きさにして現代の二十台の男性の平均身長より頭二つ分は高く、横幅は優に人が三人は並べる太さが在りそうな、まるで某国産RPGの『竜の探索』にでも出てきそうな棍棒を持つ、醜い人型の何かだった。
そいつの小さな瞳が目の前に居た俺に焦点を合わせると、口から大量の涎をまき散らしながら、体を震わせ叫び声を上げる。
俺はその様子を見て単に汚らしいと感じ、見るに堪えないと迂闊にも視線を逸らしてしまう。
「ブォォフォォッ」
「ヒッ!?」
それなりの距離は開いていたが、無防備にただ突っ立って居た俺はその余りの声の大きさに体が竦みあがって硬直し、突然現れたモノの初期動作を黙って見ている事しかできずに、ブンと風切音を上げる棍棒が迫ってくるのを、アホみたいに『い』と発音する口の形のまま左肩から受け、吹き飛ばされるしかなかった。
痛みが襲ってくるよりも前に現実感をさっぱり感じる事が出来ずに、周り全ての動きがスローモーションに見え、今起きてる事を頭は理解しても感情がそれを否定し、完全に身動きの取れない事が酷く他人事のように思える。
俺って、空、飛べたんだな。
そんなのんきな感想が思い浮かぶが、実際には激しく殴られた衝撃で藪を突き抜け、明るい場所まで四回ほど地面をバウンドしてやっと止まった。
俺を思い通りに殴りつけ、碌に避けられもしなかった事に気を良くしたのか、激しく地面をストンピングしながら、右手に持った棍棒を鼻息荒く空に向かって突き上げているのが遠くに見える。
そんな事で喜んでいる相手に対し、今まで何も説明もされずいつの間にか恥ずかしい格好に着替えさせられ、オマケにこの場に放置され、終いには良く分からないモノに殴られた理不尽さに怒りがメラメラと湧く。
この時、アレだけ激しく殴られたのに痛みを感じてない事を不思議には思わず、意識の端で単にアドレナリンが過剰に放出されたのだと考え、そのアドレナリンと怒りに任せ立ち上がり相手に向かって全力で走ると、そのまま右手に持っていた制作用ハンマーを頭上に振りかぶり、力任せに薙ぎ払う。
普通ならここで『怒り』の前に、襲われた痛みや怪我で『怯え』が勝る筈だが、それに全然気が付く事は無く行動した結果だった。
今この場面に立ち会い、醜い人型の異形を相手に立ち向かう無謀を第三者が見ていたとしたら、なんて無茶な事をと目を逸らして、きっと声まで揃えてこう嘆いた事だろう。
「可哀想に、止まったが最後。次はあんたがあの棍棒で挽肉にされる番だ」と。
だが、結果は全く思いもかけない方向へと転がる。
誰が見ても、その異形の者へと向かった男の行動はあまりにも軽率な筈だ。
それなりの身長だが割と太目であり、その手に握ったハンマーの大きさに不釣合いな腕の太さで、だが意外な俊敏さはその身に宿った天性の素質なのか、見ている者が居たとして正確にその動きを追えたかどうか疑わしいが、異形の者を薙ぎ払ったハンマーはそのまま右斜め上から左斜め下へと濁音を残し通過してのけ、棒立ちするその相手を拉げながら引き千切る様に両断し、更にその余波で肉体の一部を消し飛ばす等とは、いったいどこの誰が予想できたであろう。
勿論、この結果を引き起こした本人でさえ、予想だにしない結果に目を見開き驚いていた。
「あええっ!?」
右手で握ったハンマーの先からは、生臭い臭気と赤くまだ温い体液が少量付着し、今しがた起きた事が現実である事を如実に物語っている。
……俺ってこんなに力持だったっけ? と言うかついカッとなってやっちゃったけど、もしかして人殺をしちゃった!? どうしよう、今年の車の免許ゴールドに戻ったばかりなのに。
たった今自分の手でもって生き物を殺したのに、何の感慨も罪悪感も忌避感も湧かず考えた事は、自己の正当性と法に則した刑罰からの保身だ。
如何にして誤魔化そうかと慌てて周りを見渡すが、他に誰かが居る気配は無い。
「……いや、だって襲ってきたのこの人(?)だから、そう! 正当防衛だよ! 正当防衛。それに、誰も見てなかったしコッソリ埋めちゃえば、俺が中の人を殺ったんだってばれないよね?」
誰も聞いている者など居ないが、思わずやってしまったと口が勝手に開き都合の良い事をベラベラ喋る。
ビクビクしながら俺はハンマーで穴を掘ろうとするが、ズタボロ(千切れ飛んだ分は無視)のこの人を埋葬(証拠隠滅)するべく近寄ると、どう見ても中に誰かが入るような、特撮で使う良くできた着ぐるみでは無い。
断面を覗くとビチャビチャと音を立て血が滴り、中身に人が入っている事は無く、見えたのは代わりに確りみっちり詰まった肉と、ぐずぐずになった臓物だった。
「うへえぇ、酷い臭いしキモイ……後で夢に見そう。ナニこの奇妙に極太な骨格と筋肉組織。とても人間とは思えないよね」
そう思い精神が安定してくると、改めて転がっている上半身を仰向けに転がし、その頭を確認する……。
毛が全然ないと言うか、体毛はあるけど凄く細いし密集してないから在るのかパッと見良く分からないな。
それに顎が異様に発達して大きい牙まであるし、鼻なんてやたら大きさは凄いのに、豚の鼻をべちゃっと潰して広げたような不細工な顔だ。んんっ?
「突然の事で焦っちゃてたけど、これって人間じゃなくて別大陸に居たオークだかオーグルって低階級豚人間じゃ?」
確かに俺が遊んでいた今着ている服の、元となったのゲームにも存在した。
キャラクターを作成しゲームを開始した五大陸の中の西洋風文化の大陸では『オーク』で、俺のスタート地点の中華風文化のある大陸にいたモンスターの名が『猪猛人』。
……もしかしてここってゲームの中? なんて事は在る訳無い、よね?
何気に、速さのある機敏なぽっちゃりさんて脅威でしょ? 絶対強いと思う(確信)