キング
「誰だお前ら」
夏川の問に答える者は一人もいない。うっとおしく感じ、翼で蹴散らそうとした。コバエを振り払うような手軽さで。しかし、そうもいかなかった。なぜなら、あの声が聞こえてきたからだ。
「おにいちゃん」
「ッッッ」
夏川の動きが止まる。だが、声は止まらない。それどころか群衆の一人一人がユリの姿へと変わっていった。全てのユリが口々に言葉を紡ぐ。
「なんなん……なんで……」
「なんでだなん「て酷い」「「よ。私は「「「こんなにも」」」おにいちゃんをまっていたのに」」」」「「ねぇ、どう「して?」」「「「どうしてたすけてくれなかったの?」」」
「……や、やめ」
「おにい……ちゃん?」
「口を……閉じろ……」
「「「「おにいちゃん」」」」「「おにっいいいい「「ちゃん」「お」「「にいちゃっ「「んんんん!!」」
「や、やめろォォォおおおおおおおおおっ!! こっ、こんっ、こんなの偽物だ!! そん……なわけ。生きてるわけねぇんだよ。げっ、幻覚!? 幻聴!? き、気味が悪い……ッ!」
「そん「「なこ「と」」」「「いわな「いでよお「にいちゃん」」
「ユリちゃんの言うとおりだぜお兄ちゃぁぁああんんん!?」
キングのやったことは簡単だ。あの時、キングが連れ去られた時クロはまだ生きていた。そしてキングはクロと一度感覚を共有していたのだ。ここで能力の解説を一つ。キングの能力は感覚の共有。とは名ばかりで多少なりキングが主導権を得るという話だった。運動感覚の主導権を得れば、人間を操ることは可能だ。そしてもう一つ。能力の共有。クロの幻覚を得ることもできるし、逆にクロも感覚の共有を使うことができる。
まとめて言えば。クロを操り、感覚共有の能力を使わせ、他の人間とも感覚を共有させ、ねずみ算式に配下を増やしていったのだ。この中にボイスチェンジを使える者がたまたまいた。全ては、キングの手中の中。
「クズ野郎ぉおお!! バカにしやがってバカにしやがって!! ぶっ殺してやる。あぁそうだ。こんな有害生物俺が責任持って排除してやる!!」
「できるのかなぁ? あははっ。ユリちゃんも一緒に死んじゃうよお? やぁだぁよぉねぇ? 優しぃお兄ちゃんにはそんなことできないよねぇ!?」
「……っ! ……!?」
後ずさりする。少しずつ、少しずつ。たくさんいるユリの一人が夏川の身体に寄り添った。下から見上げ、おねだりでもするかの如く笑顔を見せた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「あぁぁぁぁぁぁ……!! その声で俺を呼ぶなああああ!!」
「遊ぼ。「」遊「「ぼ「「「うよ」」」」」
「やだ……やだやだやだやだ。やめてくれよぉ!!」
発狂した。夏川の状態を表すには言葉足らずだとは思うがこう表現するしかない。発狂、と。血管が切れるんじゃないかというほど喚き叫ぶ。精神は瓦解しかけていた。それをキングは嗜虐に満ちた顔で嘲笑う。手には冬によく見るポリタンクが握られていた。内容液は、ガソリン。配下に調達させてきたものだ。
「なぁ? 遊ぼうぜお兄ちゃん。火遊びしようぜ。その黒の拒絶心が熱に強いかテストしてやるよ」
そう言って、発狂する夏川にガソリンを浴びせ距離を取る。間、夏川はようやく正気、とは言えないものの物を考えるだけの余裕は取り戻した。
「この匂い……テメェっ……!」
「殺してやるってか? 少しでも翼を動かしてみろよ。可愛い可愛いユリちゃんが死んじゃうぜ?」
「こ、こんな偽物……あぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
癇癪だった。小さい子供みたいな癇癪だった。翼同士が誰もいない空中でぶつかり合い、共食いのような動きをしている。聖職者が見れば悪魔が暴走したとでも言って昏倒しているところだろう。しかし、キングは特に慌てることもなくむしろ爽やかな顔で配下から受け取ったライターを夏川に投げ捨て
「大好きなユリちゃん達と燃え尽きな。ホラ、みんな夏川くんに抱きついてやれ。……動けないようにな」
高らかに笑いながら教会を後にする。爆発音の後に後ろから熱風が来たもの特に気にした様子もない。『奪って』やったんだ。アイツから全て。
「気持ちいいぃぃい!! 人から奪うってこんなに気持ちいいものだったんだ……あひゃひゃひゃひゃ! ……なぁ、そう思うだろ? クロネコ」
「……」
キングの後ろ。轟々と燃え盛る教会の前にクロネコは立っていた。
「ウチを……操っとたんはアンタか」
「モチロン」
「この惨状も……アンタか」
「そりゃモチロン」
「……」
沈黙が、続く。しばらくの空白の後、それに耐えられずキングが吹き出した。
「アハッ。そっかそっか。クロネコは俺のこと善良な被害者とでも思ってるんだっけか? ……見下してんじゃねぇよ、ゴミクズが。頭が高ぇんだよ。テメェが俺の何をわかる」
「……わからへんな。何故そないなことになったんか」
「話す義理もねぇ。この世は正義だけじゃ生きてけない。そうだろ? そりゃあお前やヒーローのような全うな人間達は生きていくだけの度量があるんだろうが、あいにく俺にはそれはねぇ。俺は俺らしく全部奪いながら生きていく。それだけだ」
「まだやり直せる」
「……手遅れかもな。もうちょっと早く、来てくれたらよかったんだよ」
言い切る前に。クロネコを後ろから配下の一人が襲った。甲高い悲鳴を聞きながら、鼻歌でも歌いそうな足取りでキングは去る。そして誰もいない場所で、誰にでも言うでもなく、小さく呟いた。
「俺が生まれる前にでも来てくれたらよかったんだ」
なんて無理難題を。




