シロ 参
「ダメだ。いきなり筋トレなんてやるもんじゃなかった……」
「風呂はいってき。相当臭いで、アンタ」
「年下の俺を労ってくれないのお姉さん」
「お姉さんって、年の差一つ二つしか変わらんやないかい……ッ」
床に寝そべりつつシロはかろじて口を動かす。服が汗を吸って気持ち悪い。疲労のせいで立つ気も起きず、冷たい床に張り付いていた。
「冷たくて気持ちいい……」
「そんなお前は気持ち悪いで」
むっとするシロにタオルを渡し、クロは不思議そうに言う。
「シロは思うてたより冷静なんやね」
「ん?」
「自分がクローンだったこととかユリちゃんのこととか。色々あったやろ。その割りには落ち着いてるなーって」
「あぁ、そのことか。俺もよくわかんねぇ。吹っ切れてしまってんのかもしれないし、自分の知らないところで我慢してるのかもしれない。とりあえず俺は自分の生きたいように生きるって決めたからさ、ごちゃごちゃしたことは後で考えることにしたんだ」
「よぉ考えてるようで考えてへんな。その辺はウチに似とるなぁ」
「似てる?」
「こっちの話や。ウチにやってこっち側に来たときのそれなりの悲劇があるんや。察しろ」
「……うす」
シロはひとまず汗を流すためにトレーニングルームを後にした。その時横目で見たクロの表情はやけに暗く、自嘲気味に笑っていた。
「……ホンマ…『嘘』に関してはウチに似とるなぁ……」
小さな呟きはシロの耳に届くことはなかった。
◇
◇
◇
深夜12時頃。11月上旬の寒空の下で繁華街。若い男女がバカみたいに叫んでいる、といっていいほどの大音量でのろけ合っている。ああいうのを見るとぶん殴りたくなるのだった。白いジャケットを羽織ったシロが顔を歪ませながら舌打ちした。
(私服くれって言ったのになんでこの服なんだよ……名前といちいち被らせる必要があるのか。青葉が言うには『人は商品なンスからそれ相応のパッケージが必要!! クロちゃんが仮面付けてるのも同じ理由ッス』みたいだけど……私生活にまでそれは必要なのか……?)
疑問を浮かべながら、自販機の前まで行く。適当にあったかいと書かれたお茶を選ぶ。昔からコーヒーは苦手だ。あの両親が飲んでいたのを思い出す。昔、それと両親というのも自分のことではないのだが記憶と味覚が邪魔をするのだから仕方ない。ガシャコン! と小気味よい音と共にあったかいお茶の入ったペットボトルが落下してきた。しゃがんで取り出し、すぐさま開け喉に流し込む。熱い液体が徐々に体に体に染み込んでいく。
今回、シロが一人で外出したのは他でもない。朝飯の調達だ。と言ってもコンビニで適当に買うだけだ。見たところクロの家には備蓄もないようだし、朝から作るのもめんどくさい。それだけの理由だった。明日はリッチにカレーパンにしよっかなぁ、などと考えていた、その時
「おうおうおう!? お前どこ目ぇ付けて歩いてるんや!?」
と、何やら頭の悪そうな男の声が聞こえた。振り帰るまでもない。どうせそこには声よりも頭の悪そうな顔があることだろう。クロと同じ関西弁だ。接点がないことを祈りつつ、一応首だけ後ろを向いて返事をする。
「公害活動お疲れ様です」
「はぁ!? 頭湧いとんのちゃうかワレェ!!」
少々めんどくさいことになってきた。周囲の通行人がこの騒ぎに気づき始めたのだ。目立つのはまずい。その群衆の中に夏川の知り合いがいれば、さらに彼への負担が大きくなるからだ。しばし考えた後、シロは無視し繁華街の群衆に紛れることにした。歩きながら、小太りの頭の悪そうな男はいないものとしコンビニへと向かう。
「無視してんじゃねぇーよ!! ションベン小僧が!」
「……」
無視無視。通行人が白々しい目でこちらを見ている。迷惑だと思うのなら追い払ってくれればいいものを。
「耳聞こえてねぇのかボケ!」
「……」
というか、さっきの関西弁は芝居だったのか。確かに威圧感を与えるものだが、逆に本性が現れるとそれが露呈し小物っぷりが伺える。
「殴るぞ! 今から殴るからな!!」
「……さっきから黙って聞いてりゃうるせぇんだよ」
正確な回し蹴りだった。振返り様の一撃。無駄のない軌道でチンピラのこめかみに吸い込まれていき、叫び声さえ上げる間もなく昏倒した。うるさい虫もいなくなり、これでようやく買い物ができる。なんて考えは甘かった。
「やばっ……」
群衆。シロ以外の人間がコソコソとこちらを向いて喋っていた。流石に居心地も悪く、路地裏と裏道を使い、コンビニに行くことにした。
ところであのチンピラはなんだったのだろう?




