正義の味方
「無事だったか」
「一応な。クローンってことが寿命にどんだけ影響するのかは知らないけど」
数十分後、クロと入れ替わりで、いつものスーツではなくジャージを着たホタルが彼の寝るベッドに腰掛けていた。クロから借りたジャージだからか、クロより一回りほど身長の大きい彼女にはサイズがあっていなかった。
「ユリちゃんのこと。聞いたよ」
「……俺の判断は間違っていたかな」
「肯定も否定もできないな。しかし、私は君を責める材料なんてないし、君を恨んでなんかない」
「……そうか」
「あまり気負いすぎるな、とだけ言っておこうか」
「そうか」
クスッと笑って、頭を掻く。それも一瞬のことですぐに表情は暗くなった。やはりユリと東城の死は重いものなのだ。ホタルは柔らかい表情を無理やり作り場の空気を立て直そうとする。
「名前、どうする? このままじゃ不便だろう」
「あ、忘れてた……。夏川のままいれないしなぁ。検体ナンバー46とか呼ばれてたけど」
「順当にいけば『シロ』かなぁ……」
「関西弁仮面女子と被るんだが……」
「別にいいじゃないか。シロ」
「え、それで続けちゃうの?」
途端、コンコンとドアをノックする音が鳴った。どうぞー、と間延びした声で返事するとクロと気弱そうな20代後半ほどの男とチャラチャラとした風の正反対の男が入ってきた入ってきた。ホタルはベッドから立ち上がり姿勢を正す。会社の新入社員のような挙動だった。
「ウチの仲間。このチャラチャラしとんのは違うんやけどな」
「酷くないッスか、クロちゃん!? オレだってクロちゃんのために物理的に人肌脱いだことだってあるんスよ!!」
「なんやねんあれ。気持ち悪い」
「ヒドッ! しかもこの話、夏川戦でのことなのにぃ!!」
「ま、まぁまぁ。ほら、パセリくんがいなかったら正直危なかったんだからさぁ……」
パセリと呼ばれた『軽薄』という言葉を体現している成人かどうかギリギリの青年はどや顔でクロを見る。あからさまに苛立った表情を見せ、パセリの腹部を殴る。うめき声と体が崩れ落ちる音を聞いた後にシロはホタルに目配せする。
「(このトリオ、例の?)」
「(知らん。だが、『正義の味方』というのは何度か耳にしたことがあるな。様々な組織を壊滅に及ぼすとかなんとか。警察の極秘部署、だなんて噂もあったが……クロネコレベルの都市伝説だからな。不確かな情報しかない)」
「(一応俺達にどうしようとか、そういうのはないみたいだけど……警戒しておく必要もあるのかもな)」
口をほとんど動かさず話し合う。都市伝説通りであれば出会うだけで気を失うと言われるクロ。そしてその取り巻き。一筋縄ではいかないのだろう。そんなピリピリとした雰囲気を感じ取ったのか気弱そうな20代後半の男がクロとパセリに聞こえないように、口に手を伏せシロらに耳打ちしてきた。
「警戒するのは仕方ないんだけど、みんないい人だから……。僕の顔に免じて、お願い」
「顔て……俺はアナタのこと知らないんだけど」
「赤凛ドウと言います。……じゃなくてヒーローって言った方が分かりやすのかなぁ……?」
「ヒーロー? あのめんどくさい奴?」
「ははは……信憑性ないよね……うん、ごめん……めんどくさいよね僕……」
しょんぼりしつつ、頭を掻く。その姿や態度からは、あのヒーローの面影は見受けられない。体を動かせないながらも辺りを見渡す。一軒家の一室、といった感じの部屋だ。客室みたいなものなのか。言い争うクロとパセリの奥に扉がある。逃げるとしたらあそことベッドの壁の真隣の窓からしかない。
「あぁ、もう!! 俺は『キング』に用があるんスよ!! クロちゃんは黙っててくださいッス!!」
「人様の家の一室を貸してまで保護してやったちゅうのに……」
「別に頼んでないッスもん」
「パセリオイこら。夜道の背中気ぃつけろや……」
わなわなと手を動かすクロを無視して、パセリは市販のメモ用紙とボールペンをポケットから取り出して、鼻歌でも歌いそうな気軽さでシロに切り出す。
「さぁてキングさん。助けてあげたお礼も兼ねて取材いいッスか?」
「……?」
「あ、俺は青葉パセリッス。名前だけ見ると草食系男子代表みたいッスけど、むしろ肉食ッスから。最近のマイブームはショートカット女子ッス……ッ!! 素晴らしいッスよね、ショートカット……うっとり」
「お前は何を言ってるんだ……」
「特にそこの袋野ホタルちゃーん! 強気な目がパァァアフェクトッス!!」
「いや別にお前の性癖とかホントどうでもいいから。カタツムリの繁殖方法よりどうでもいいから」
「やれやれ。まぁ、空気が和んだとこで取材させていただくッスね」
ニコニコと笑顔で舌なめずりする。ベッドに横たわるシロに対して、わざわざ膝を追って目線を合わせる。取材といえば新聞社か週刊誌など、出版社に勤めているのかもしれない。いいや。自分に取材することがあるということは。コイツも。
「さしずめ……情報屋、ってとこか?」
「さっすがぁ、勘がいいっつぅか、頭がいいっつぅか。夏川の遺伝子を継いでるんスねぇ」
「……そりゃあクローンだからな。親子よりも似てるだろ」
それはそうッスね、と軽快に笑う。その笑顔にはこっちの側の世界特有の粘着質はなく、極めて爽やかな笑顔だった。正直な感想といえば、見た目の割には純粋な奴なのかな、と思った。ピアスやらネックレスが煌くが、もはやそのイメージは払拭された。そんな笑顔だった。
「つーことで。取材させていただくッスね。キングさん自身、クローン作成時の記憶はあるんスか?」
「ないな。起きた時には既に夏川と入れ替えが完了していた。多分記憶消されてコピーされたんだろ……」
「ふむふむ。それはつまりヒカリには記憶を消す技術があることッスねぇ。興味深いッス」
彼らの話し合いの隣では、ホタルとクロによる血生臭いガールズトークが行われている。女の子の会話で、骨を折るレクチャーをするのはどうなのだろうか。ちなみにヒーロー、もとい赤凛はウトウトしている。
「後は……ユリちゃんを売買した組織のこととか知ってるッスか?」
「知らん。知ってたら……別にいいか。俺には関係のないことだし……」
「卑屈ッスねぇ」
「俺の妹じゃないし、東城に関してはほとんど俺自身は関係ない。助けてくれたことには感謝するけど……」
「そーッスか、案外薄情なんスね、キング」
「……なぁ、その『キング』ってのはなんだ? 俺には一応シロって名前付けてもらったんだけど」
「そうなんスか。キングってのは異名ッスよ。カゲナシみたいな」
「そ、そう……。いつの間にか変なのが付いてたんだば……他に聞きたいことは?」
「別に何もないッス。ヒカリの記憶消去技術ってのを知れただけで豊作ッスから。逆に聞きたいことはあるッスか? 今回だけはタダで教えてあげるッスよ。今後お得意様になりそうッスからね」
少しだけ悩んだ後、
「何個か質問するぞ。まずはヒカリの残党についてだ」
「漠然としてるッスね。一応これだけ。須王と東城は焼死体ッスけど一応発見。他のメンバーはセッキーとクロちゃんがやってくれたッス。あ、セッキーっつのはドウ君ッス」
名前を呼ばれて、うたた寝状態の赤凛がピクッと動くがまた寝てしまった。
「ちなみにカゲナシ。ケイトウ君ですっけ? それの死体は上がってないッス」
「ってことは……」
「恐らく生きてるッスねぇ。ヒカリも別の大企業さんに買収されちゃいましたし、カゲナシの脅威が増えたッスね。何時何処から来るか分からない狙撃。バケモノッスなぁ……」
「……そっか」
「そぉれぉとぉ。もう一つ大大大サービス。夏川と鈴科の生存が確認されたッス。確認した偵察班は哀れにも交通事故で死んじゃったッスけど」
「夏川……それに鈴科もか……」
「あれには関わんない方がいいッスよ……なんかこう、病んだ匂いがするんスよねぇ」
どこか遠い目になるパセリ。仮にも自分と遺伝子が同じ男が病んだ、なんて言われると背中に冷たいものを感じる。だが、もう自分には関係のないことだと割り切るべきなのだろう。もう自分には『夏川ツバキ』という単語は関係ないのだから。
シロは一度目をつぶり、ため息をつく。
「……」
「キンッ……シロさんは今後どうするんスか?」
「どうするって……生きる価値も目標もないんだよなぁ……どうしよ」
「なんでそんなネガティブなんスか。クロちゃーん、やっぱこの人暇みたいッスよー」
「ホンマか!? やーよかったで。助かるわぁ、シロ」
「いや、別に暇ってわけじゃ……」
手を出そうとするも体が言うことを聞かない。須王の連撃で体の節々が悲鳴をあげていた。頑張りすぎたかな、と大人しくしておく。そんな間にも、クロとパセリだけで何か盛り上がっている。どうやらめんどくさいとこに来てしまったみたいだ。




