クロネコ①
頭がボーっとする。全身に力が入らない。以前もこんな目にあった気がする。夏川と自分が入れ替わった時だ。脳が思い出すことを拒否する。脳が悲劇を否定する。こんなことはなかったと。思い出す必要などないと。
瞼を開けてみればそこには知らない天井が広がっていた。
「……ここ……どこだ?」
「お、起きたんか。アンタここに来てずっと寝とったんやで?」
独り言に返事があった。動けないことを知っているのだろう。わざわざ天井と目の間に顔を運んで来たのは大学生くらいの女性だ。セミロングの緑の髪、猫目の八重歯が印象的だ。にっこりとした笑顔で自分の顔を指す。
「うちのコト、覚えてはる?」
「……すまん、思い出せない」
「ほな、これみたらわかるんちゃう?」
「あっ」
彼女が懐から取り出したものは見覚えのある仮面だった。
「お前……クロネコか」
「せやで? 仲間からはクロって呼ばれてるんやけどな」
「そのクロネコさんが俺を助けてくれたと」
「そや。感謝するんやで」
「……ありがとう、迷惑かけちまった。っつぅ……」
「ちょぉ、待ちや。そんな体でどこに行くきやねん。全身骨折やねんで? ちっと寝てくべきや」
「はぁ……助けてくれたのには感謝するが、ぶっちゃけこれ拉致じゃねぇか。アンタがどこの組織に属しているかは知らないが信用はまだできないし、それにそもそも俺は『助けられた』のか『利用されようと』しているのかすらわかんないんだ。警戒して当然だろ」
「それはそやな」
アハハと頭をポリポリと掻く。飄々とした雰囲気で心情が読めない。この女は何を考えている。クロは少し悩んだ表情を見せた後、唐突に彼の手を握った。
「何?」
「せやから『信用』してもらおうと思うて」
「あ?」
クロネコは笑顔で彼の手を持ち上げて自身の頭に触れさせた。
(なんっ……!?)
クロの思考が流れ込んでいく。自分に対して利用しようとかそういうのはないようだ。むしろ自分を保護してもらっているみたいだ。自分を狙う人物なんて興味もわかないが。
ある程度必要最低限だけ覗いているつもりだが、流れ込んでくる情報はそれだけではない。クロの過去が。本来、誰にも知られたくないような記憶が鮮明な映像として焼き付いていく。具体的に言えば。世界が崩れていくような絶望感とか。
「なぁ……こんな記憶、俺に見せてもよかったのか? できるだけ『俺に対しての感情』しか見ないようにしたんだけど、やっぱりアンタにとっての大きい記憶は見えちまうもんで」
「あ、やっぱそういうのも見えるんやね。忘れてもらえるとうれしいなー……なんて。別にええわ。『それ』はもう、どうしようもあらへん過去や。生まれた時から付きまとわれて、いい加減うんざりなんやけど……とにかく! ウチがアンタを悪いようにはしないってことはわかったんやね?」
「ついでにここがお前が持ってる一軒家だってこと。ホタルも別室にいるってこともな。ホタルまで助けてもらって……礼はできないぞ」
「そういうのは後にしようや。まずはウチの所属してる組織の紹介からしておきたいし」
「クロネコ様も組織に入ってたのか。てっきり放浪してるもんだと」
「せやからクロでえぇって。そんでなウチの所属しとる組織っちゅーのは」
猫目をギンッ! と見開き指を立て、大きく口を動かして主張した。
「『正義の味方』っていうんや」




