バッドエンド③
薄暗く、無駄に広い部屋。鼻につく匂いがとても気持ち悪い。ボディガードが二人に奥にいるのは裸の男は雇い主か。部屋に入った瞬間、それは見えたが、今はもう眼中になかった。
雇い主の体の奥に何かいる。ぴくぴくと痙攣している。あれはなんだ。白く白濁とした何かが絡みついているあノショウジョハイッタイ?
「誰だ、お前。この方が誰とわかって入ってきて――」
「……クズが」
ボディガードの一人が彼の胸ぐらを掴んだ。しかし、特に慌てることもなく、頭に触れる。自身の傷の痛みを共有させ、倒れ込ませる。この傷の痛みは覚悟があるものしか耐えられないものだ。殴ったり
蹴ったりは出来ない。それどころか立っているのだってギリギリなのだ。ボディガードの男は当然呻きながら床に沈む。それに反応してもう一人のボディガードが動いた。
「おまっ……一体何しやがった!?」
叫びながら拳銃を抜く。ボディガードの男が早打ちのガンマンであれば、なんなく侵入者を排除できただろう。だが、遅い。手を伸ばして頭に触り、痛みを共有する。
「ぅがっ……!?」
倒れ込んだ男から拳銃を奪い、雇い主である裸の男――ユリを買収した人物に突きつけた。裸のとこはまだ状況がつかめていないのか口を開閉させては、目を泳がせる、
「えぁ……? なななんでお前がここにっ!? 夏川は殺すって話じゃなかったのかよ!」
「……今からお前の骨を足から順番に折る。されたくなかったら今すぐ窓から飛び降りろ」
「は、何を言って」
「……まずは足の小指から」
しゃがんで足の小指を掴み上に少し捻る。対革命軍戦で得た知識が生きていた。拷問担当の人間から奪った知識。絶叫する裸の男を無視して彼は続ける。
「足の薬指、中指、人差し指、親指……次は足の甲だ。早めに飛び降りた方がいいぞ。飛び降りても生き残る可能性だってある」
「わっ、わかりました……」
目に涙を浮かべながら床を這って窓まで行く。窓から身を乗り出したところで怖気ついたのか、動きが止まった。
「おら早くいけよ」
背中を優しく押して突き落とし、汚い叫び声を遮断するため窓を閉めた。そして振り帰る。そこには服を破られ犯され陵辱の限りをつかされたユリの姿があった。こんな光景見たくなかった。目の奥が熱くなる。
「ユリ…………っ。ユリ……」
「おに、い……ちゃ、……ん………………?」
息はあるようだ。
しかし、これは生きてると言っていいのか? 顔は白く汚され、体には無数の傷跡。肋骨の骨も数本折れている。ユリをここから救いだして、どこか平和な街に引越して、またあの時みたいな日常に戻れるのか?
「…………俺は」
自分が夏川だ、という基準で考える。
「……………俺は」
ここからユリを救い出すなんて自分には出来ない。そういう結論に至った。ユリをここから連れ出すのは簡単だ。そう、それだけなら。実際にはどうだろう。ユリの記憶と体には文字通り傷が埋め込まれ、外に出ることすら不可能になるかもしれない。強引に連れ出したところでそれはユリにとっての救いになるのか。そもそも夏川はこういう誓いを立てていたはずだ。
ユリは闇には触れさせない。
これが破られた以上、もう、救いなんてないのでは?
「……………俺は、お兄ちゃんなんかじゃない。最低最悪の偽物だ」
ユリの返答はない。体と精神の限界が来ているのか。
「でも、俺はユリを……いいや『ユリちゃん』を助けてあげたい。……俺が最善の方法で救う」
体がぎこちなく動く。手が震え、瞳孔が開く。
「だから」
「だから」
「だから」
覚悟を決める。
「許してくれ……ッ」
ユリの眉間を目掛けて銃口を向け、人差し指を動かして、引き金を引いた。
血が、空中で煌く。何かが終わった気がした。いいや、終わったのだ。ユリを救う『最善策』のせいで。でも、これ以上ユリを苦しませるのはどうしても彼には出来なかった。
「……許して」
ポツリと。
「許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して………………ッッッ」
涙と一緒に言葉が止めどなく溢れる。意識が混濁としていく。脳が許容範囲を超えた。
自分がクローンだということ。東城の死。そして妹を自分の手で殺めたこと。
激昂。咆哮。絶叫。どの言葉も当てはまらない悲痛の叫び。壊れたレコードのように叫び続けた。ぐらりと視界が揺らつく。虚ろう意識に身を投じ、彼もそのまま、意識を失った。




