ホタルVSカゲナシ
ホタルは別室で黒崎と対峙していた。部屋といっても物置としても使われないまっさらな部屋。障害物一つない体育館より一回り小さい部屋。二人はそれぞれ反対側の壁に寄りかかっている。ホタルの装備は素手。対して黒崎は狙撃用のライフル。連射もできずサイズ的な問題から使いにくそうだが彼からすれば一番手馴れた銃器なのだ。
「姿を見せたまま来るとは自信満々だな。遠くからの暗殺が専門分野だというのに」
「くちをつつしめ。お前にボクはころせない」
「言ってろクソガキ」
口では冷静を装いつつも、冷や汗が止まる様子はない。腐ってもヒカリのトップランカーを走る少年だ。能力、戦闘センス、どれを取っても年齢や体格差をカバーするほどだ。最高のコンディションで全力で行っても勝てるかどうかわからない。しかし、ここで退いてしまえば黒崎をクローンの彼の元へ行かせてしまう。
唾を飲み覚悟を決める。最初に動いたのは黒崎だった。能力で姿を消し。ホタルの視界から外れる。
(この能力さえ封じれば……勝機はある……!)
誰もいないように見える部屋。ホタルは神経を尖らせ、耳を澄ませる。
(あのサイズを持って移動するとなると多少の音が出るはず。どれだけ狙撃の腕があっても所詮小学生……どこかでボロが出る。そしてもう一つ!)
小さな足音に耳をすませながら、窓へと走る。目的は一つ。窓を叩き割ることだ。部屋の全ての窓を割り風通しを良くする。ヒュォッ!と窓から強風が吹き荒れる。秋という季節とビル群という環境のせいで室内だというのにバカみたいに風が吹く。
「どうだ、黒崎。風通しが良くなっただろ。……そうか触覚以外は私は認識できないんだったな。当然、風ごときで君が狙撃を外すと思えない。……だが、この強風の中で重たいライフルを持って立ってられるかな?」
「クソ……この戦い方……夏川の差金か……」
「どうだろうね。意識を能力にさけるほど集中力がないみたいだな。せいぜい頑張って踏ん張るんだな」
「舐める、なよ……」
能力が切れ、声さえも認識できている。もともと狙撃をする時にはライフルを固定する三脚などがあるのだが近接戦闘でそんなもの使えるはずもなく、ライフルの重量に黒崎は翻弄されていた。しびれを切らした黒崎はライフル銃を投げ捨て、長方形の袋――サバイバルキットの中からバーベキューで使うような串を一本取り出した。
「へへ……これならどうだ」
「……」
「もう負けをわかっちゃった? ……ないてわめいてもゆるしてあげないよ」
不敵に笑みを浮かべ姿を消す。
(串の長さはだいたい30cmぐらいか……リーチはそこそこ。……まずは黒崎の居場所を特定しないと……)
細く鋭い鉄串。刺さればひとたまりもない。見えない、それでいて体を貫通するほどの一撃。恐怖なんて単語で表せるほど甘くはない。幾度となく死線を乗り越えてきたホタルでも、流石に焦りを隠せない。
姿はモチロン足音すら消えるのだ。何かが起きてからの反応は不可能。信じられるのは己の力のみ。目を閉じて神経を尖らせる。
(どこから来る……。集中しろ、感覚を研ぎ澄ませろ。見えなくても、聞こえなくても、空気の流れを感じ取れ。黒崎は……ここにいる!!)
張り詰めた空気。静寂をともす空間。
肌で全てを感じろ。隙を与えるな。標的はただ一つ。
「……なにそんなにマジになってんだよ」
「……………………………………………………………………カハ…………ッ」
後ろからの一突き。いとも簡単に。心臓を貫かれた。喉の奥から血が溢れ出す。服が赤黒い血で染まっていくのがわかる。少し目線を下げてみれば、胸から血塗れた鉄串がそびえ立っていた。
……無理話しだ。いつどこから来るかも分からない攻撃を防ぐなんて。空気の流れなんてよめるはずもない。
「でも……っ」
「あ、うそ……?」
鉄串が後ろから刺された、ということは黒崎は後ろにいる。態勢はそのまま右腕を後ろに回し、勘のみで黒崎の右の手首を掴む。そこからしっかりと握ったまま体を翻して振り返った。黒崎の腕が一回転し、歪な形になる。
「あぐっ……」
黒崎の顔から一気に汗が吹き出るのが見えた。何か言いたげな顔のまま前かがみにうずくまる。苦渋に顔を滲ませ、目に涙を浮かべる。
「あぐぁ…………げほっ……いてぇ……っ!?」
「子供はしばらく寝てろ」
顔を蹴り飛ばして、一度深呼吸をする。黒崎の方はしばらくは大丈夫だろう。もしかしたら顔の骨も折れたかもしれないが別にどうだっていい。彼の方に助太刀できるか。須王の右腕のことを教えなくては……と考えていたところで膝から崩れ落ちた。
(最悪だ…………鉄串がここで効いてきたな…………)
口と胸から血が流れ続ける。体温が徐々に下がっていく。
(彼は、大丈夫だろうか……。…………こんなに人を心配したのは初めてだ。アイツにはまだ言ってやりたいことがある……もうちょっとだけ、頑張ろう)
壁に身を押し付けながらゆっくりゆっくり立ち上がる。血は止まらない。それでもやりたいことがある。ふらつきながらドアを開けて、彼の向かった会議室へと向かう。そんな息絶え絶えの彼女を追い越していく影があった。見覚えのある顔。右手と両脇腹。そして左の眼球がなかった。そんな状態でここに来たということは夏川のクローンを助けに来たのだろう。見ていられないほどボロボロなのにどうして走ることができるのか。何故、彼は夏川のクローンのために命を張れるのか。
「あとは……俺が行く……」
「……っ」
「アイツはまだ……生きてないと行けないだろ……」
「でも、そんな体じゃ……」
「へへ……どうせ死ぬんなら誰かのために死んでやるよ……」
もはや肉塊とさえ呼べそうな人影は会議室へと向けてぎこちなく走っていく。




