革命③
ヒーローに任せて寮を出た彼の目の前に一人の少女が立っていた。彼の知りうる中では注意すべきヒカリ製薬の人物。
「ホタル……そこをどいてくれ」
「その言葉は聞けないな、夏川」
黒いスーツの上を脱ぎ白いカッターシャツになったホタルは無表情のまま拳を握った。
「ホタル、お前もそっち側なのかよ」
「それがどうした?」
「なんとも思わないのか。汚い世界には関係な人が巻き込まれてるんだぞ! お前は他の奴とは違って多少の正義をもっていたはずだ。これがお前の正義だっていうのかよ!?」
「あぁ、そうだ。……私には耐えられない。砂粒程にしかならない。それでも積み上げてきた努力を、『才能』の一言で蹂躙され踏み潰されるを! 認めてたまるか……そんなものを認めてしまっては私達の努力は、存在意義は否定されてしまう!! 貴様はそれを認めろというのか!」
「知るかボケ。んなお前の被害妄想持論よりユリの方が100万倍価値があんだよ……」
「そうか……なら……」
二人はほぼ同時に指を鳴らしながら宣告する。
「「話し合いはやめようか」」
戦いのゴングがなった。先に動いたのはホタル。一直線に1mmの無駄もなく洗練された動きで近づき拳を叩き込む。職人、と称してもおかしくない一撃は当然彼によけれるものでもなく、防御さえも間に合わなかった。肋骨に鈍い痛みが走る。声にならない痛みを噛み殺しがむしゃらに手を振り回す。それが偶然、ホタルの頭に当たった。ダメージなんて期待できない。だが。
彼の能力は『感覚の共有』。痛みも例外ではない。
痛みを共有したホタルの顔が歪む。胸を抑えながら二人共後ろにたじろぐ。
「これが君の『才能』か……想像以上に憎たらしい。こんな『才能』は早く摘んでしまわないと……」
「欲しくて手に入れたわけじゃない。それにお前だって充分天才だろうが」
「!?」
「頭ん中、見せてもらったぜ。努力して努力して努力してようやく手に入れた技術なんだろ。あの武術は。認めろよ、お前にだって才能はある」
「…………ばっ、バカにするなぁ! 私は人生の大半を費やしてこれを習得したんだ。それをたった二文字のさ、『才能』なんて言葉で汚すな!!」
再度拳が真正面から飛んでくる。次は顔面。鼻っ柱を折るであろう一撃。しかしそれはもう彼には通用しなかった。彼は学習したのだ。ホタルの頭の中から『人生の大半を費やした物』を。
拳を掴んで『ホタルの経験』通りに投げ飛ばす。虚を突かれ投げ飛ばされたホタルは何度も何度もコンクリートの地面をバウンドしていく。血だらけだった。見ていられなかった。それでも、彼女は、倒れるわけにはいかなかった。自分の努力を。自分の人生を肯定するために。
「すげぇよ、あんたは。柔道や合気道やら色々ミックスして。普通は机上の空論で終わるような技術を完璧にこなしちまって。相手の攻撃を受け流すと共に力の向きを調整して投げ飛ばす。馬鹿げた技術だ」
「うる、さい……」
「……折れちまえ。楽になるぞ。俺もそっちの方が無駄を省けていい」
「この私が……折れると思うか?」
「あいにくアンタが『自分から殴りかかってる』ようじゃ俺に勝目なんかない。アンタの真骨頂は相手が全力で殴ってくれないと発揮できない。他人任せなんだよ。つまり俺に戦う気がなければアンタは俺に勝つことすらできない」
反論は、なかった。憤怒に染まっていた顔の筋肉が徐々に緩くなっていく。何かを納得してしまった。今まで必死に無視し続けた何かを納得してしまった。彼女は思う。『才能』とはここまで大きい壁だったのかと。立ち向かおうと思うことすら惨めでしかない。圧倒的な力の前にひれ伏すしかないのか。
「……いやだ。そんなのはいやだ。認めない認めない認めないッ!! 折れてたまるか、納得してたまるか。……こんなの……あんまりだろ……?」
泣きじゃくる彼女のそばに立ち、
「ホタル」
彼はホタルを見下す。
「お前の言いたいことはわかった。俺がそれを否定できるだけの言葉もないし、否定する奴がいたら俺はお前をかばいたいと思う。でもな、その『正義』の中でユリを誘拐することが肯定されるってんなら俺はお前らの思想にはついていけない」
「なん、で……ユリちゃんの名前が……?」
「知らないのか。ユリは誘拐された。誰から、だなんて言わなくてもわかんだろ」
「須王、さんがそんなことをするわけ……」
「あの人がお前ら部下のことをなんて思ってるかなんて俺は知らねぇ。だが、一つだけ言っておく。ホタルは『そっち側』でいいのか?」
「私は……」
唇を噛む。能力が制御できていないせいか自身の唇も若干痛むが、それは彼女の葛藤に比べればマシだった。共有する思考にホタルの想いが回っていく。
――私はただ、認めてもらいたかっただけなのに。努力して天才達に勝てるって証明したかっただけなのに。
叶わない。
適わない。
努力したからなんだ。それを天才がしてしまえば簡単に負けてしまうじゃないか。これじゃ認めてもらえない。みんな、平等で個々がどれだけ頑張ったのか、それを評価してもらえない世界なんて狂ってる。それならば。天才を始末すればいいんだ。須王さんから、『革命軍』への勧誘を受けた時単純に嬉しかった。自分以外にもそう考えている人達がいるのだとわかったのだから。でも、何かが違った。みんな憧れてただけなんだ。才能に憧れていただけなんだ。
違う。私は違う。そう思いたかった。でも、その組織にいればいるほど自分も同種なんだと感じてしまった。煮え切らない現状に自分に自分で言い訳してた。妥協して人を殺めた。
こうなった今、もう、妥協なんてできない。自分の自己満足のせいで小さな命が絶たれようとしているのならば。
「…………こんなプライド捨ててやる……もっと大事なものがあるじゃないか。私のちんけなプライドよりも大切な命が」
「……」
「私の頭の中わかってるんだろう? 急ごう。バイクでここまで来たんだ。送るよ、私もやりたいことがある」
「……行き先はヒカリ製薬本社。椅子に座って上から目線になってる長い鼻、折ってやろうぜ」
利害は一致した。目的も一致した。
たった一人の少女を守るために後方ではヒーローが戦い、そして今、総勢500を優に超える軍勢にちっぽけな二つの正義が立ち向かう。




