ヒカリ製薬②
案外簡単に侵入できた。
ぴーんぽーん、とエレベーターのドアが開く。あまりにもエレベーター内が静か過ぎてテンションが何故か上がってしまうのを全力で抑えつつ、手頃な部屋の扉を開ける。下の階は働きアリの巣。この階層から上は『こっち側』の領域。適当に入ってみた部屋は書類棚がたくさんある、倉庫だった。とりあえず電気を点ける。紺色のジャージがやや目立つ気もするが気にはしなかった。
「あ、あれ。もしかして……ここに情報あるんじゃあ……?」
かといって図書館レベルの広さの中から、それもなんの情報なのか、そもそもあるのかも分からないものを探すのは至難の技だろう。いきなりビンゴを引き当てたみたいだがここからが正念場だ。
「ま、そうでもないのかーもねっと。……一日も経ってないようなもんだしホコリかぶってないのを探せばいいだろ」
歩きながら様々な書類を目で追っていく。地味目な色のファイルが多い。中にはボロボロのいつからあるのかも分からないほど、年季の入ったものもあった。膨大なファイルの中で一つ、棚の上に置かれたファイルを見つけた。棚の上に長時間置かれていれば棚に並べられたファイルよりもホコリをかぶるはずだ。だというのにそれは新品のようにホコリ一つない。
体をぐいっと伸ばして手に取る。どこにでもありそうな緑のファイル。だが、黒ペンで書かれたタイトルとでも言うべき表紙に書かれた文字は決して無視できるものではなかった。
『クローン作成の記録』
思わず唾を飲む。クローンだなんて突拍子もないことは、自分には関係のないことだ。そう思ってはいた。しかし、無意識のうちに表紙をめくり、中身を見てしまった。分かってはいても手が止まることはない。
我らヒカリ製薬科学班は度々超能力について開発をしてきた。黒崎ケイトウや鈴科ランと言った極めて稀有な『才能型』の超能力者の開発。また、無能力者の体をいじり強制的に能力を与えるといった実験もしてきた。多大な犠牲もあったが、それ以上の成果を得て遂に実験体、東城ラリアは能力を得た。
ここまでが大前提。そしてここからが本番だ。東城ラリアの実験をベースに新たな試みが始動した。簡単に言ってしまえば『能力を発現させる薬物』の作成。試作品は出来たものの、投与しても適合しなければ、副作用が出てしまう。そんな中で一人、適合者を見つけた。夏川ツバキである。
「なんっ……で……俺の名前が……!?」
夏川ツバキだけでは心もとない。だが、適合者を見つけるのは至難の技だ。それならば、夏川ツバキを量産してしまえばいい。そういう結論に出た。クローンを作るのは簡単だ。夏川ツバキの体細胞を元に作成する。一体の作成期間は約一週間。同時進行で作成すればクローンは量産することができる。
今、現在。試作品の投与により、132人の夏川ツバキの能力発現が確認されている。
「は、はははっ……」
自然に笑みがこぼれていた。楽しいとか嬉しいとか、綺麗な感情じゃない。恐怖が振り切れておかしくなってしまった時に行き場のなくなった感情。いつの間にか自分のクローンが作られて、実験されて薬漬けにされている。あの頭痛もこれが原因だったのかもしれない。風邪かと思っていたあれがどこかで投与され、副作用が出ていた。そしてその反応を見て『適合者』と判断したのか。
なんにせよ。ヒカリは自分をモルモットとしか見ていなかったのか?
「どうした少年。暗い顔をして」
「……っ!?」
突如呼びかけられたのに驚き振り返ってみればアイツがいた。安っぽい感じのヒーロースーツ。演技臭い喋り方。ムカつくアイツがそこにいた。
「ヒーロー……なんでお前がここにいる」
「依頼……というよりもお願いされたんだよ。クロネコに」
「……あ?」
「言ってなかったか? クロネコと私は仲間だぞ。だからこの前のテロ事件ではクロネコを名乗る奴らを潰してこいと言われちゃってさぁ、あのわがまま娘め」
「ちょ、ちょっと待て。頭がこんがらがってきた……そもそもお前はなんでここにいるんだ!?」
「別に誰に依頼されたわけでもない。そう! これは私の『正義』だ!」
ビシィ!とヒーローが決めた直後、パパパンと発砲音が入口の方で鳴った。聞きなれた音。そちらに振り返って見れば、いかにも警備員といった風の数十人の男達が拳銃を片手に叫ぶ。
「貴様ら! ここで何をやっている!?」
「なっつー、逃げるぞ!」
「なっつーて呼ぶな、偽善者が! あぁん!?」
ど付き合いつつも黒髪の彼はファイルを持ち、ヒーローの後ろに回る。武器を持たない今、以前どれだけやっても傷一つつかなかったことは立証済みのヒーローを盾にするのが得策だ。ヒーローはめんどくさそうに右手を水平に振るう。べりべりべりべりべりべりべりべり……っ!!と。ヒーローの手から
ヒーロースーツと同じ材質であろう赤い『バイク』が出現した。
「乗れ」
「……あぁ」
不本意だが仕方なくバイクの後部にまたがる。エンジン音が聞こえる。
――能力で作った癖にエンジンまであんのか。
ため息をした矢先。バイクが急発進し男達をなぎ払っていく。
「うぉあぁあ!? バカ、いきなり飛ばすごふっ」
急カーブによる遠心力に体が持って行かれそうになり間抜けな声がでる。ヒーローは気に止めずバイクを加速させる。横から前を覗くと正面50m先に巨大な窓が見えた。後ろからは怒号が聞こえ弾丸も飛び交う。前方に先回りした男達がやってきたが簡単になぎ倒していく。窓へと刻々と向かっていく。
「お、おい。まさかお前こっから飛び降りる気じゃねぇだろうなぁ!?」
「まさか。そんなことしたら私はともかく君が危ない」
「だ、だよな」
「――半分正解だがな」
叫び声も虚しくガラスの割れる音にかき消されてしまう。助走をしっかりとりビルの7階という高度から空中へと身を乗り出す様は無謀にしか見えなかった。
「ホントに大丈夫なのかよ、オイ! 絶対無理だって!」
「しかぁし! それを『奇跡』に変えるのがヒーローというものだよ、なっつー!!!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!? 」
その時だった。タイヤと車体の間から同色のワイヤーが斜め四方に四本射出された。蛇のように蠢きながらワイヤー達はヒカリ本社のビルに突き刺さった。ワイヤーの先に釣り針に似た形のものがついていたのは、壁から外れにくくするためか。途端、ワイヤーが収縮し壁にバイクが引っ張られていく。
体全体がシェイクされたような気分だった。どんっ、どんっ、と大きな揺れの後バイクがビルの側面を爆走しているのに気づいた。彼の叫びはもたもや無視され、ヒーローは当たり前のようにビルの壁を進む。無駄に固いヒーロースーツにしがみつきつつ、なんとか平常心を取り戻す。ヒーローが前にいるおかげで風圧は来ないものの、どうしても恐怖心が心を蝕む。ビルの壁を垂直走行。バカげた行為だ。
と、あっという間に壁を下りきって道路に着地した。どういう技術を使ったのかはわからないがほとんど衝撃はなかった。
「お客さん、行き先はどちらに?」
「ひとまず妹のとこにいきたい。心配なことがある」
「任せた前、正義のヒーローに…………ところで場所は?」
「俺が教えるからさっさとしろ」
正義のヒーローは一度エンジン音を鳴らすと都会特有の渋滞をすり抜けながら爆走していった。
その上で。
ヒカリ本社ビルの最上階の窓からそれを須王アザミは眺めていた。




