夏川ツバキ②
モノクロに統一された部屋。
インテリアの全てが高級品という庶民には馬鹿馬鹿しくなるような場所の中心に、偉そうに椅子に座っている女がいた。……実際に偉いのだから文句は言えないのだが。
「お、袋野。早かったな」
「えぇ、まぁ。簡単な仕事でした」
ホタルは特に気にすることもなく淡々と告げる。ホタルに声をかけたこの女性の名は須王アザミ。このホタルの上司である。20才前半にしてこの『会社』の幹部にまで登りつめた天才である。腰まで届きそうな黒髪をうなじ付近で一つに纏めている。
須王は豪奢な椅子で足を組んでいた。
「で、そのとってもとっても可哀想な奴はどこに?」
須王が尋ねると同時にホタルは空き缶でも投げ捨てるように夏川を投げ捨てた。
「ぐふっ」
いまいち状況が読めない夏川はマヌケな声を出しながら地面に這い蹲る。須王は赤いヒールで立ち上がると、夏川の目の前までゆっくりとした歩みを経てその顔を覗き込んだ。
「状況はわかっているかな? 負け犬くん」
未だに状況がつかめない夏川は何か情報を得るために顔を上げる。
目の前には得体の知れない女。横には自分を拉致した女。ここは知らないモノクロな場所。若干パニックになるがその思考をかき消すように視界に嫌なものが入る。
須王の手に銀色に鈍く輝くナイフが握られていた。
「ばっ……!な、何を……ッッッ!?」
慌てふためく夏川を見て。須王はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべる。
「わからないなら教えてやろう。我々の会社にこういう依頼が来たんだよ。君を殺してくれってね」
「はぁ!?どう言う意味だ!?っていうか誰がそんなこと……」
「誰が?」
須王の眉がピクリと動いた。
「そんなことはどうでもいいだろう?聡明な君ならわかるはずだ。
今、大事なのは誰がなのかではなく、この状況をどう打破するかだ」
夏川には全く意味がわからなかった。いきなり別の世界に引きずり込まれたかのような錯覚。思考が追いつかない。夏川は頭をかきむしり何か考えようとするが、何も思いつかない。須王はその様子を無表情のまま見ていた。
「それが君の答えか?」
「ち、ちげぇよ。クソ、どういうことなんだ……!?こんなバカな理由で殺されてたまるかよ」
「死にたくない、わよね?」
「当たり前だろうが!俺には妹がいんだ。あんなクソ親のもとに残して死ねるわけねぇだろ!」
激昂する夏川を須王は関心した目つきで見ていた。何かを企む、そんな目で。
須王は手に持っていたナイフを落とすと、小さく笑みを浮かべた。
「……それなら、取引をしようじゃないか」
「取引……?」
須王は大きく手を広げ、大げさな素振りを見せる。
「君がこの会社に就職する。そうすれば流石に従業員は殺せないわよね?」
「は、ハァ!?こんな意味不明な会社に入るわけねぇだろ!」
「――これでも私はビジネスというものを大事にしている」
須王は夏川の髪を掴み
「依頼者の報酬金より、君が稼ぐ金の方が大きいというのなら君を生かしてやってもいい」
「……」
「言っている意味がわからないのか?君の頑張りしだいで生かしてやるって言ってるんだ」
そう言う須王の言葉に夏川は少しの間考えこむ。別に悪い条件ではない。少々……というより大分怪しいものだが、その分恐らく報酬も桁違いなのだろう。そもそもこの状況から生き伸びるにもそれしかないのだろう。
夏川は舌打ちをした後に、強引に須王の手を振り払った。
「……一つだけ条件がある」
夏川は須王を睨みつけながら立ち上がる。
「俺の妹には手を出すな。それ以外はなんだっていい。なんだってやってやるよ」
「……ほう、親はどうでもいいんだな」
「あんな奴ら死んでもらったがマシだ」
そうか、と須王はニヤリと笑い、懐から契約書を出す。
「契約、成立だな。これからの活躍を期待しているよ。夏川ツバキ君?」