争奪戦⑩
「な……んで……?」
悲惨で惨めで最悪な人生で一番驚いた。そう言っても過言ではないほど鈴科の心は跳ね上がっていた。
「なんで、また……来てくれたの……!?」
妙な音がした。最初はそんな認識だった。直後、鍵のかかったドアが蹴り破られ、あのヒーローが再び現れたのだ。
嬉しいような悲しいような、不思議なものがぐるぐると回る。
そんな彼女を無視して南野は激昂していた。
「貴様……ッ。どうやって……どうやってここまで来た!?」
「これ見てわかんない?」
そう言って夏川は手をひらひらと揺らす。ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら先ほど、血で汚した手を。
南野の顔が青ざめていくのを夏川は確かに見た。
――ククッ。こんなハッタリに騙されやがって……
彼はほくそ笑んでいた。思ったとおりに事が進んでいるからだろうか。いつも通りの展開すぎて笑えてくる。その黒く荒んだ笑顔は南野をイラつかせ、怯えさせるのには充分すぎた。
「なめ……やがって……」
じわじわと南野の腹の奥底から何かが湧き上がる。久しく、なかった感情だった。
「なめ、やがってぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!」
そう叫んだ時だった。
べきべきべきべき……っ!!とホテルの壁が破れていく。いや、破れているのではなく切断されていくという方が正しいだろう。
初めに出てきたのは日本刀。そしてそれを持つのは袴を着た精悍な顔立ちの青年だった。長い黒髪とその顔立ちが中性的なのが特徴的だった。
腰には無数の日本刀がストラップのようにぶら下がっている。南野はそれを見て希望を顔に出す。
「おぉ……いいタイミングで来てくれた、草霧ぃ!報酬は弾む。今すぐこの害虫どもを殺せぇ!!」
(傭兵か……それにあの日本刀……どうなってるんだ!?)
そんな考察も意味はすぐなくなった。
それもそのはず。袴の男が南野の心臓目掛けて突きを放ったからだ。
「……あ……?」
あっけなかった。人はこんなにも簡単に死んでしまうものなのか。
ファンタジーの世界では味わえない、現実特有の寒気が場を凍らせる。
「……」
袴の男はすぐさま刀を抜き、蹴りで南野にダメ押しをはかる。
ひゅう……と南野の口から空気が漏れる。その目は明らかに何かを訴えていた。
「『何故、貴様は。草霧キンギョは何をしているのか』ってとこでしょうか?それはただ私がアナタを利用していただけ」
美麗な青年は美しい笑みを浮かべながら、南野の心境を代弁する。
「『利用だ、と……?』の答えとしてはそこの鈴科さえ手に入れれば私はもうどうでもいいのです」
「『鈴科を何に使う?』……あらら。もう息絶えちゃったみたいですが一応答えときますね。不幸にさせたい奴がいる。絶対に殺したい奴がいる。ただ、それだけですよ」
長い黒髪を揺らし、日本刀の切っ先を夏川達へと向ける。
「そういうことで鈴科はもらって言っていいですか?」
「無理だ。こっちも依頼されてるわけだしな」
「そうですか……」
それでは、と言う声が大きくブレた。
ダンッ…!!と力強く草霧は前に踏み込む。たったの一歩で夏川の目の前まで到達していた。
横なぎに一閃。
この一撃で目の前の男の腹を抉る。少なくとも、草霧はそう思っていた。草霧は知らない。後ろにいる袋野ホタルという女性のチカラを。
夏川の頭を踏み台にして着地の要領で、横なぎに進む日本刀を踏み潰す。踏み潰すといっても上からの衝撃で軌道をそらすだけだ。ホタルはバランスを崩すが、それは草霧も同じ。それに相手は今の攻撃で日本刀が歪んでしまっている。
草霧は折れ曲がった日本刀を投げ捨て、腰にぶら下げた大量の日本刀の中から適当に一つ鞘から抜く。
「日本刀を捨てる、か。武道を習うものとしては心苦しい行為だな」
「私は特にそういうのは気にしない主義ですので」
床にしゃがむホタルを狙い日本刀を突き刺そうとするが、その前に足払いをかける。
「……」
「……」
二人共、バランスを崩ししゃがむ中で草霧が気づいた。
「鈴科はどこへ?」
「ふん……知らないな」
ジリ……っと二人の間に沈黙が生まれる。気まずい雰囲気というわけではなく、相手の動きに探りをいれるといった雰囲気だ。
この間合い。裏の世界では割とあることだ。拳銃でもこの状況は起こりうる。西部劇などでのガンマンなどが例に挙げられる。
しかし、この時。草霧は幾つか見逃していることがある。
夏川の存在。自分の投げ捨てた刀身がほぼ直角に折れた日本刀。
そしてもう一つ。夏川という男の性格を。
「あ?」
だちゅ……と水っぽい音がした。それが草霧自身右足の太ももからにじみ出た音だと気づくのにはそう時間はかからなかった。
フルスイングで足に叩き込まれた日本刀の先が貫通している。容赦なく、それでいて正確に。夏川の性格が顕著に現れた一撃だった。
「がぁっ……!?」
思わず倒れこむ。それはもう反射のようなものだったのかもしれない。しかし、そんなものは言い訳にはならないとでも言いたげにホタルの拳が顔面に叩き込まれた。
脳の揺れる感覚が草霧の意識を刈り取っていく。
倒れ込んだ草霧を無造作に蹴飛ばしたホタルは髪をかきあげ振り返った。
「それで?鈴科は?」
「……え?ホタルさんがどこかに移動させたんじゃないの?」
「……え?」
空気が、凍った。
するとそれに答えるようにガサゴソと高級そうなソファの下から鈴科が出てきた。
彼女が持っているもののせいでよかった、という二人の思いは簡単に踏みにじられることになったのだが。
「……拳銃なんてもって何やってんだ。似合ってねぇよ」
子供を諭すように微笑む。それでも、鈴科の手も、口も、心も揺れていた。
「どうっど、どうせっ。わっ、わたしなんっか裏切られるだけっだから……」
絞り出される声は決して軽いものではなかった。彼は彼女の経歴を知らない。知っていたとしてもできるのは同情くらいで、それは共感ではない。
「私には……あ、あっあなたなん、か必要ない、からっ……だから……ッ!!」
当たり前だ。自分はそんな人生を歩んでないのだから。
でも、彼女はそんな人生を歩んできたのだ。人の人生をバッドエンドにしてしまい、それを利用しようと何人も何人も彼女を裏切ってきた。
それでも、
それでも、
それでも!!
彼女がバッドエンドにならなきゃいけない理由がどこにある?
「……確かにお前には俺は必要ないよ」
空気にとろけるような優しい声だった。ゆっくりゆっくり未だに拳銃を構える鈴科に近づく。
「お前に必要なのは自信とちょっとしたハッピーエンドだけだ」
「……」
「だからさ、俺も手伝うよ」
「……」
手伝う。この言葉が何を意味しているのか。今までの鈴科にはわからなかったかもしれない。
それでも彼の元でその意味がわかる日を待つのもいいかもしれない。
そう決断してみた。




