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争奪戦⑧






ギラギラと光るビル群が伊達メガネの奥の目をイラつかせる。着慣れないスーツがむずかゆく、ネクタイを何度もいじってしまう。


明らかに場違いだろう、と夏川はうんざりしていた。



彼の仕事はこのホテルへの侵入。そして鈴科の保護だった。


……なんてものは建前で恐らく南野を処分しろということなのだろう。自分以外にも構成員が派遣されているところを見ると、夏川は南野を殺さないと判断されたのだ。



 (確かに殺す度胸も勇気もないけどさ)



スーツということもあって、ポーチは持ってきていない。丸腰である。牙の抜かれた夏川が手をかざすと、ガラス貼りの自動ドアがなめらかに開く。そこには外のギラめきを超えた眩しさがあった。慣れない光に目を細めるなか、チェックインするためのカウンターの方を見る。



女が四人。受付をやっているようだ。



イマイチホテルへのチェックインの仕方がわからない。そもそもこんなところには来たこともない。そこへ、受付の一人が近づいてきた。



 「お客様、どうかされましたか?」



ポニーテールが揺れる。自分も今までバイトなどで、幾度となくやってきた営業スマイルは客観的に見ると不愉快以外の何ものでもなかった。ひとまず冷静を装い、適当に嘯く。



 「知り合いに呼ばれてな。アイツ部屋の番号を伝え忘れやがって……」


 「そうですか。お名前を教えていただければお呼びすることもできますが……」


 「あぁ……」



夏川は思案する。ここで南野の名前を出せば怪しまれるかもしれない。ここはVIP御用達のホテル。南野の根回しがあるかもしれない。



 「……」


 「?」



ここでの返答しだいで最悪南野側からバレる可能性もある。かと言って、この引きつった表情の受付をほおっておくわけにも行かない。



だったら、強引に突破してしまおうか



 「っ!?」



女の口を手で塞ぎ、喉に親指をたてる。



 「……質問に答えろ。それ以外は何もしなくていい。簡単だろ?」


 「……ッ!?」



無茶な質問を押し通す。パニックに陥る女をゆっくりと部屋の隅に誘導する。よそから見れば客が受付に質問しているようにも見えるようにして、移動する。



 「南野って言えばわかるか?そいつの部屋を教えろ」


 「お、お客様のプライバシーに関わりますので……」



涙目になりながらも、仕事を全うする彼女に夏川は素直に関心した。地元近辺では若いアルバイターとして良くも悪くも有名な夏川はイマイチその神経がわからない。


とにかく、この女は教えてくれないらしい。いや、正確には現時点では、だが。涙を浮かべる女は小さく震わせながら口を動かす。



 「あ、あぁの……助けて、ください……見逃してください」


 「そういうわけにも行かねぇんだ。そうだな、俺の必死度を伝えようか」



夏川は笑顔を崩さない。下手にはでず、あくまでも女からは得体の知れない男と認識させる。そうすることによって、バケモノと対峙したようなどうしようもなさを演出する。これは以前、アザミが取引先相手に使っていた手法だ。



 「ここで情報を貰えれば無くなるのはアンタと南野の命」


 「……」



夏川はケータイを取り出し、とある少女の画像を女に見せる。



 「そして情報が得られれば救えるのはアンタとこの少女の笑顔。どっちを選ぶかはアンタに任せるよ」



彼女は黙っていた。


しばらくの沈黙があった。その二人がいる空間だけが切り取られたような、そんな感覚。そして再び時は動き出す。



 「……少し、待っていてください。すぐに準備をします」



それだけ言って、受付の方へと小走りで向かった。その間に夏川はキョロキョロと辺りを見渡す。思ったよりも人が多い。VIP御用達だけあってボディガードとして来ているだろう屈強な男達が数人いる。


夏川は筋肉があるわけでも、身体能力が高いわけでもない。力で押されれば簡単に死んでしまうのだ。だから、注意する。シンプルで簡単でそれでも一番大事なことをする。



唾を飲み込む、夏川の前に先ほどの女がやってきた。手には紐の付いたネームプレート二つ、握られている。


そこにはワープロで書かれた『天野』と言う文字があった。



 「今はちょっと名刺持ってなくて……あと、こっちの白紙のネームプレートにお名前を書きますから……その、えぇっと、お名前伺ってもよろしいですか?」


 「……梶原だ。漢字わかるか?」



平然と偽名が出てくる。良心は痛まないが、目の前の天野とかいう女がせっせと嘘の名前をネームプレートに書いていく姿は滑稽だった。


よし、と小さく呟き、そして我にかえって顔を赤く染める。一瞬素が出たのだろうが、特に気にはしなかった。天野からネームプレートを受け取ると首に紐をかける。



 「これからどうするんですか?協力はしたいと思ってますけど……」


 「そうだな、ここの職員。できれば清掃員の服でも貸してもらえるかな?」


 「わ、わかりました」




……そう言って彼女に連れられて更衣室までやってきた。流石に彼女は廊下で待機してもらってるが、沈黙というのも案外耐えづらくドア越しに声をかける。



 「なぁ、アンタ。なんで俺の頼みを聞いてくれたんだ?確かに脅したのは俺なんだけど」


 「え、えぇっと……それは、ですね。言っても笑いませんか……?」



うん、と素直な返事をする。すると、彼女は嬉しそうに笑って、また我に返って謝り始める。気の弱い人だな、と夏川は思う。



 「私の人生って平凡で……真っ平らなんです。普通の環境で育って普通の成績で普通の友達がいて」



夏川は少し歯ぎしりをしてしまう。自分の歩みたかった人生をこの女性はあたかも不満があるように語るのだ。せめて妹だけでも、送らせてあげたかったそんな人生を。



 「平凡でフラットな人生で私はぼーっと生きて。そんな中でアナタが現れたんです。私の人生にとってイレギュラーなアナタが」



 「それはもう嬉しかったです。ちょっと怖かったですけど……あぁ!?でももう大丈夫ですからっ」



 「それでそんなイレギュラーの中で選択肢ができて……せっかくなら。たった一度のイレギュラーでせっかくなら正義の味方になりたかった。それだけです」




妙に含みのある声で、少し涙まじりだった。だからこそ、その言葉は本当なんだと確信できる。暗い更衣室の中で『憧れの人生』を送る彼女に少しだけ嫉妬していた夏川だが、その言葉を聞いて幾分か心は落ち着いた。


ドアノブに手をかけ、掃除用具の入った台車を引きながら夏川は出てくる。顔は帽子でできるだけ隠していた。先ほどまで着ていたスーツは掃除用具の奥にしまいこんである。



そして、先ほどの言葉の答えとして夏川は呟く



 「別に俺は……俺らは決して正義なんかじゃないさ」


 「それでも私の中にあるホンの少しの正義感がこっち側で行けって言うものですから」



ニコッと笑って夏川を先導する。





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