夏川ツバキ①
夏川ツバキは強い人間である。
借金まみれの親を憎みつつ、愛する妹を助けるために、学校にもロクに通わずバイトをしている。少々きな臭いこともあるのだが、なんとかやってきている。それなりの収入がある、ということがきな臭さを視界に入れなくしてしまったのだ。
高校二年生に値する年齢だが、進学をしていない。それでも、妹のためと働いている。決して、息子を連帯保証人にし、逃走したまに帰ってきたと思えば金をうばってくるような両親のためではない。
太陽が一番高い位置の時間。彼は昼休みということでコンビニのバイトでもらった安物の弁当を割と大きな公園で食べていた。
「もう10月かぁ……」
ため息をついたところで「そういやため息をすると運が逃げていくって言ってたな……」と思い出しさらに大きなため息をつく。髪もボサついているため、より一層中年のような哀愁が漂っている。夏川は急いで弁当をたいらげると、自販機の隣にあるゴミ箱へと捨てた。
これが日常。体も心も磨り減っていく生活だが仕方ない、と割り切っている。というか割り切らないとやっていけない。
背伸びをし、さっさとバイト先に戻ろうと振り返るといつの間にかそこには見知らぬ女が立っていた。
髪は黒。目も異常なまでに黒い。同い年ぐらいだろうか。こんな時間にこんなところにいるということは、自分と同じような特殊な事情でもあるのだろうか。
夏川が不思議そうな目で見ていると、その女性は短めの髪をかきあげ、口を最低限、小さく細かく動かして言葉を紡いだ。
「夏川ツバキだな?」
「はぁ……どちらさん?借金取りだっていうんならうちの親に行ってくれ」
「そういうわけにもいかないんだ。こっちも」
「は?」
夏川は思わず声を漏らしてしまった。嫌味のつもりで言ったのだが本当に借金取りらしい。
……右手に持っている黒い拳銃も含めて。
腹にものすごい重圧がかかる。緊張と焦りのせいだろう。汗が一気に吹き出して、吐き気さえする。しかし、だからといって見逃してはもらえないとなんとなくはわかっていた。
「…………なんだお前。うちの妹に手は出してないだろうな」
「あぁ、それは保証するよ……」
夏川はひとまず安心する。が、その女の目つきが鋭くなったのを感じた瞬間、嫌な予感がした。猛獣の目、というよりも無機質な機械のような目がジリ……と夏川を捉える。
(なんだコイツ……ッ!?)
本能の赴くままに逃げようと足を後ろに下げて走ろうとする。しかし、それよりも先に放たれた腹部へと鋭い蹴りにより倒れてしまった。地面に倒れているせいか咳き込む度に砂の味がする。
「うぅ……っ!?」
咳き込む夏川を女はじっと見ていた。無言で女はしゃがみ込むと、うずくまる夏川の髪を掴み持ち上げ
「今回の捕獲対象はお前だけだからな」
朦朧とする意識の中では夏川はその女の顔を確認することが出来なかった。
髪を掴まれ、強制的に立たされた夏川の意識はほとんどなかった。
「全く……こんな仕事をさせられるなんて……」
ドスゥ!と八つ当たり気味に夏川の腹部に拳が入る。
「もっとマシな仕事はなかったのか……」
髪を持ち上げられ、倒れこむこともできない夏川の視界はゆっくりと暗転した。




