争奪戦③
「……無駄話が過ぎたな。もうそろそろ、目的地につくだろう。夏川、作戦内容を復唱しろ」
「……」
「復唱しろ」
嫌な顔をしながら作戦内容を思い出す。他のメンバーはメモ用紙などを取り出し作戦を確認するが、夏川はそんなことはしなかった。
「俺達の任務は鈴科の奪還。奴らをなぎ倒してでも鈴科を奪い取ることだ」
うつむきながら言葉を綴る。
「そして俺達が今向かっているのは政治家、南野の官邸だ」
「南野といえば……ブラックな噂が絶えない人でしたけど、本当にこんなことしてたんですね……」
「みたいっすね。どうやら南野は鈴科の運命を捻じ曲げるチカラを利用したいらしいが……そこは関係ないか」
「よし、作戦は確認したな」
眉一つ動かさないまま車から降りていく。いつの間にやら到着していたようだ。といっても官邸のすぐ近くではなく、任務をするための待機場所だ。
「東城と夏川はペアで。素人二人は私について来い」
「は、はい」
ホタルは二人を促し、指定の位置まで移動させる。
そして夏川の前まで来て、小さな声で呟いた。
「……君は、何が正義だと思う?」
「……?」
いきなりの質問に意味がわからないといった風だったが、とりあえず本音だけぶちまけてみた。
「正義とか悪だとか、どうでもいいよ。俺の大事な人だけ幸せなら大丈夫だ」
「……そうか。変なことを聞いて悪かったな」
それだけ言うと、無言でホタルは立ち去った。
その背中はとても小さく見えた。
そのへんの小学校ほどの規模を誇る南野邸。
ひとまず二人は、自分らの持ち場につく。二人の持ち場は南野邸の玄関の近くだ
あくびをしながら東城は問いをぶつける。
「こんなとこに来てなんか意味あんの?」
「あちらさんだってどういう組織に喧嘩売ってんのかわかってるはずだろ?」
「どういう組織って我らがヒカリ製薬っていやぁ、表向きは一応製薬会社だぜ?CMもあるだろ?」
「そうじゃなくて」
夏川はひと呼吸置く。
「黒崎ケイトウがいる。名前までは知らなくても『カゲナシ』がいるってことぐらいは知ってるはずだ。もちろんその対策もしてるはず」
「なるほどねぇ。で?俺らがここにいる理由は?」
「ケイトウくんの戦法は姿の見えない暗殺と、持ち前の狙撃能力。ひとまず狙撃能力ぐらいは封じに来るはずだ」
つまり、ともう一度間を空ける。
「狙撃が及ばない範囲。……恐らく南野は地下にいる」
「俺達は何すんの?」
「少しは自分で考えろ。俺よりも経歴長いんだろ?」
「経歴と能力は値しないぜ」
「ドヤ顔のまま打ち抜かれちまえよ」
ともかく夏川は東城を影に待機させ、作戦通り南野邸のカメラ付きのインターホンを押す。少しの時間のあと、若い女の声が聞こえた。
『どちら様でしょうか。南野への面会は事前にアポイントを取っていただかないといけないのですが』
教材に使われそうなほど淡々とした声だった。深呼吸をした後、カメラの奥を覗き込む。
「あ?南野が俺を雇ったんだろぉが。別にいいんだぜ?金は前払いでもらってるからよぉ」
しばしの沈黙があった。
そして、タァン!!と発砲音が聞こえ、どこかで地面に突っ伏す音が聞こえた。ぐちゃり、と夏川の顔が汚い笑みに崩れる。
『……何をされました?』
「何って……これが俺の能力だろぉが。俺を攻撃しようとした奴を殺す。たったそれだけだ」
『……』
「おぉっと、殺意なんて持つなよ?殺しちまう。……それよりも南野に会わせろよ。流石にイライラしてきた」
『おまちください』
その声のすぐ後、玄関のドアが開けた。
「邪魔すんぜ」
靴も脱がず最高級のカーペットの上をずかずかと歩いていく。
……ちなみに今までの一連の動きは全てハッタリだ。あの銃声は夏川を『ひとまず』殺そうとしたインターホンの女側の狙撃手を、黒崎が先に打ち抜いた。それだけのことだ。
そして、このハッタリにより得たメリットは二つ。
一つ、南野自身の保有する戦力は少なく、傭兵を雇わなくてはならないこと。
二つ、夏川に殺意を向ければ死ぬ、と印象づけられたこと。
そして得たデメリットは一つ。
敵に周囲を囲まれてしまったことだ。
(表情は崩すな。人をバカにした態度でいい。傭兵の心情を読み取れ……)
実際に傭兵になんてあったことはない。夏川自身は組織の人間だ。だからそこは想像の力でカバーする。自分の想像に命を委ねるなど意味のわからない行為だが、今はこうするしかない。
ハッタリに命をかけて彼は進む。