鈴科ラン⑤
夏川の部屋にて東城、黒崎、夏川の三人は集結していた。
「つーかなんで俺の部屋なんだよ……」
「気にしない気にしない」
「うんうん。ボク達のへや、きたないし」
それでさ、と黒崎は例の書類のコピーを取り出す。
「あのすずしなとかいうおんな。……どうおもう?」
「可愛かった」
「バカ。東城、バカ。能力のことだろ?幸運になる能力だってな」
東城は座布団の上であぐらをかいたたま麦茶を飲む。一方、黒崎はソファーを一人で占領していた。夏川はフローリングに直座りである。
「それで?その鈴科ちゃんは今どこに?」
「なんか保護ってことだったけど……」
「能力者だもんね。さいあくかいぼうされてるかもね」
「……は?」
怪訝な顔をする夏川に当然といった雰囲気で黒崎は続ける。
「知らない?キミがこのまえたおした『メタルボディ』もかいぼうされちゃったよ?」
「……」
「あの能力をかがくてきにかいめいして防弾チョッキでもつくるんじゃないかな?」
相変わらずぶっ飛んだ会社だ。一体どの単位まで切り刻んでいるのかは知らないが無事では済まないをとは確定だろう。
それよりも気になるのは鈴科だ。
「幸運、ねぇ……どうにも俺には幸運には見えないんだが」
「まぁ、こんな世界にくるなんてふこうのかたまりだしね」
「幸運っつってもたくさんあるしな。例えば何かで一位になるとか、くじで一等をとるとか」
「それって何かの頂点に立つことばっかじゃねぇか」
「でもそれも幸運って言うだろ」
「……たしかに」
悩む三人の中で夏川が嫌な顔をした。東城はそれに気づき、というかそもそも考えることを任せる気だったのか、問う。
「何か気づいたって顔だけど?」
「……東城の意見は的を射ていたのかもしれない。確かに一位になることは幸運だ」
早口で口を動かす。考えを吐き出すというよりもまとめるといった感じだ。ノートに整理するように言葉が綴られる。
「一位になるっていうことは何かを蹴落とすということ……見た目だけなら彼女自身が幸運になっているように見える……」
「ちょっ、ちょっと待てって!何を言ってんだ、お前!?俺にでもわかるように言ってくれ」
早口に煽られて東城はうろたえる。それでも夏川はその口を止めはしなかった。
「……鈴科の能力は決して絶対的な幸運なんかじゃなかった。それよりももっとタチの悪い……俺達も危険かもしれない」
「どういうこと?」
夏川はポーチを持ち出して楽屋へと急ぐ。それに二人も続いた。玄関で靴を履きながら、夏川は結論を言った。
「鈴科の能力は恐らく、周りにいる人間を不幸にする能力だ」
ドアを開けた、そのときだった。
ゴウゥン……とビル全体が大きく揺れた。
よろめく夏川と黒崎を横目に東城が下の階を覗き込む。
その時だった。
東城の顔の横を銃が下からかすめていった。
「う、うわぁあああ!?」
二人はようやく立ち上がり、黒崎は拳銃を、夏川はケータイを取り出した。
「やっぱり俺の考察は当たってたんだ……須王さんに連絡する!」
「ボクはちょっとていさつしてくる」
「ハァ!?危険だ!……ってあれ?いない……」
「そういう能力だ!早くアザミちゃんに連絡しろッ!!」
夏川は急いで通話ボタンを押す。この状況のせいで待ち時間が異様に長く感じられる。その間も銃声が下の方で響いていた。
『夏川!?無事か!』
「えぇ!!そんなことよりも須王さん。鈴科の能力は幸運なんかじゃなかったみたいです!」
『なんだって?』
「周囲の人間を不幸にする。相対的に彼女が幸運に見えているだけだった。何かを蹴落としているからこそ彼女は幸運になってしまった。この状況も恐らく俺達が不幸になってるせいです!」
『それで!?鈴科を止めるにはどうすればいい!?』
「わかりません!」
ブチィッ!と通話を切られた。これは後でシバかれる可能性がある。
東城が下へと次々に海水を流し攻撃をせき止めてはいるが恐らく、すぐに看破されるだろう。
相手の組織の戦力がどうとかではなく、今、鈴科の近くにいるヒカリ製薬の構成員全員が不幸になってるのだから。
「ダメだ!!相手の動きが止まんねぇ。どうするよ、インテリクン!?」
「最善策は鈴科を手放すことだ。それだけでいい」
「それはたぶんむり」
唐突に黒崎が会話に割り込んできた。いつの間に戻ってきていたのか。服は返り血で汚れている。
「ちくしょう……さすがににんずうがおおすぎるよ」
「それより無理って……」
「たぶんのはなしだけど、アザミさんが手放さないとおもう」
「じゃあどうするんだよ!?」
「かのじょものうりょくしゃなんだ。チカラのオンオフぐらいはできるはずだよ」
あ、そうか、と東城は納得する。夏川自身は能力者ではないのでよくわからないが感覚的には手を開くとか、息を止めるとか、目をつぶるとかそういうレベルらしい。
では、彼女は何故それをしない?
答えは簡単。
「俺達を不幸にさせたいのか、あの娘は……ッ!?」
そして車がぞろぞろと動く道路を白い髪の娘が車の一つに乗り込もうとしていた。
「鈴科ぁ!!お前は!何が不満なんだよ!!」
夏川はたまらず走り出していた。それでも身を乗り出すようにして鈴科へと叫ぶ。
鈴科は足を止めて、こっちを見ていた。
夏川の視力は特別悪いわけでもいいわけでもない。
しかし、それは鮮明に見えてしまった。
鈴科の精一杯の笑顔と、声は聞こえない口の動き。
鈴科は強引に車に乗せられて、連れ去られた。
「……っ」
夏川には何も出来なかった。
運命には抗うことなど出来なかった。