鈴科ラン②
「いってきまーす」
「気をつけていけよー」
あれから一週間。あの仕事で手に入った給料と会社の寮のおかげで夏川兄妹は幸せな生活を送っていた。給料と言っても契約時に取引したとおり数%は差し引かれているが、それでも夏川からすれば大金だった。
元気に手をふって小学校へと向かうユリの姿を夏川は優しい笑顔で送っていた。
平凡な日常。
それをぶち壊す黒髪の女が肩を掴んできた。
「……何のようだ、ホタルさん」
「早速お仕事だ」
同年代だというのに夏川はジャージ。ホタルはスーツと格の違いを思わせる。夏川は目を細めながら舌打ちをした。
「心配いらねぇってこの一週間で何回も聞いたぞ。そして俺は何度も命の危険にさらされたんだがあぁん!?」
「それは君があの『メタルボディ』を倒したからだろう」
メタルボディ。というのは先日夏川が単騎で突破した能力者のコードネームとやららしい。ホタルによるとこちらの世界ではコードネームがつくほどの有名人だったそうだ。
それを素人の夏川が突破したのだ。ある程度は顔も名も広まってしまったのだろう。そのせいで若い芽を摘むという感じにいろんな組織構成員との戦闘があったのだ。
それも夏川は頭脳と誰でも調達出来る武器のみで突破してしまった。
これだけでも充分に脅威と思われてもおかしくないものだ。構成員の全員が無能力者ではあったもののそれなりの実績をあるもの達を何度も沈めている、ということはもはやただの素人ではなくなったのだ。
夏川もそれを重々承知しているし、どれだけ危険なことかもわかっている。夏川は毎回心臓がバクバクと躍動しまくっているし、緊張からか吐いている。
だからこそ、任務には付きたくないのだ。
だが。
妹を守るためには戦うしかない。
「……それで?今回の依頼は?」
ホタルは相変わらずの無表情でメモを読み上げる。
「能力者、鈴科ランの保護。及び、周辺の敵の排除だ。今までの抗戦の終止符を打つ仕事だ」
「今までって……俺がここに就職してからの一連の仕事か」
夏川は今までの戦いを思い出そうとしてそれを止めた。
ホタルはそんなことには気にもかけずメモを読み上げる。
「君の仕事は鈴科の保護だな。傷ひとつ付けずに回収してこい」
「簡単に言うな、オイ。つぅかそもそもその鈴科っていう人はそんなにすごい人なのか?能力者ってだけでもすごそうだけど、東城も能力者なんだし……」
「君は」
夏川の言葉を、遮る。
「君は、運命というものを信じるか?」
「?」
「些細なことでもいい。例えば、クジで一等が当たるとか、赤い糸がつながった相手がいるとか」
「信じねぇよ。全部は確率の産物。運命だなんて人間の錯覚でしかないだろ」
夏川の言葉にホタルは眉ひとつ動かさない。
「誰だってそう思う。運命を信じると言ってる人でも心のどこかでそう思っている」
しかし、と付け加えて
「彼女は。鈴科ランは確率や、常識というものを超えて、運命というものを色濃く見せる。そしてなおその運命を書き換える」
「……」
「結論から言って。彼女の能力は」
「絶対的な幸運」