プロローグ
「はぁ……はぁ……!!」
真っ暗な路地裏、とある書類を携えた中年の男がいた。
何者かから逃げているのか、焦りが表情からにじみ出ている。汗がくたびれたシャツに滲んでいく。咳き込みながら、涙を流しながら転がるように走っている。
そんな中、乾いた銃声が響いた。その銃口から放たれた弾丸は吸い込まれるように標的へと突き刺さる。血が、プシュッと炭酸ジュースのように体から抜けていくのを確かに感じた。
中年の男は血だらけの胸を抑えながら、倒れこんだ。
「……ッッ!?な、何なんだよ、お前ッ!?」
「……袋野ホタル。職業は、まぁ……察してくれ」
男を撃った少女、袋野ホタルの顔は暗がりのためか良く見えない。短く黒い髪が揺れる。ホタルは拳銃を適当に投げ捨てると、男の顔を踏みつけた。
「そんなことよりも……そこの書類に書いてある奴のこと。教えてもらおうか」
陰湿に綴られる言葉には一切の抑揚がなく、異常なまでの冷たさを感じさせた。中年のスーツの男はすぐさま血にまみれた数束の書類を、懐から取り出し
「ごほっ……!?し、知らねえよ。俺はただ依頼を受けただけで……っ!?」
「……依頼を受けただけ?」
「そ、そうだっ!俺は悪くねえ、あの意味不明な会社が悪いんだよ!」
「……そうか。それなら仕方ないな」
ホタルは男の顔から足をどける。男は開放されたことでホッとしたのか緊張を解いた。ホタルはため息をついて、髪をおもむろにかきあげると、ポツリと呟いた。
「口封じ程度で済ませといてやろう」
ミシリ、と重く鈍い骨の擦れた音が路地裏に虚しく響く。それに少し遅れて汚い絶叫も響いた。ホタルは血に染まった靴を床に擦りつけながらめんどくさそうに
「歯が無くなれば人間っていうのは喋れなくなるのか?……まぁ、いい。事後処理はあの馬鹿に任せよう」
ホタルは汚い床にうずくまる男を見据えた。銃口を向けられるよりも恐怖を与えるその目を。芋虫のように蠢く『それ』を横目にホタルは適当に嘯いた。
「あぁ、そうそう。私の仕事ってこの書類の強奪とアンタの会社を潰すことなんだけど……」
表情は一切変えないまま、手を拳銃の形にして中年の額に押し付ける。
「殺しちゃっても構わない、よな?」