第一話
俺が生き、過ごしてきたこの世界は終わってしまった。
全ての歯車は狂い、軋み、悲鳴に似た音を奏でながら変化した。
2027年6月6日。この日、俺は死んだ。
複雑に絡み合った運命の流れに絡め取られ、何の抵抗も出来ないまま大切な物を全て奪われた。そう、この時の俺は本当に無力で、何の力も持たない、ただのガキでしかなかったのだ。
だけどこれは終わりじゃない。
全てはここから始まったんだ―――。
1
白く輝く牙が勢い良く襲いかかる。
それをひらりと躱して、がら空きの横腹に強烈な蹴りをいれる。黒いウルフは「ギャンッ」と鈍い悲鳴を上げながら近くの木に激突し動かなくなった。
「……まずは一匹」
ボソリと呟いて死体を見つめる。しかし、暇を与えないとばかりに3匹のウルフが3方向から襲いかかる。俺は「ふっ」と不敵な笑みを浮かべると、右手の親指の皮を歯で軽く噛みちぎった。真っ赤な鮮血がポタポタと地面に垂れ落ちる。しかし、この行為に痛みはない。
「ディレクト・ソードウェポン」
その瞬間、親指から流れる血がパリパリと音を立てながら姿を変えていく。そして、黒く輝く剣を生成させた。俺はそれを握ると、上体を低く下げて、勢い良く踏み込んだ。
「せぁっ……!!」
掛け声と共に、下段に構えた剣を勢い良く振り上げる。放たれた斬撃はウルフをしっかりと捉え、腹部を深々を切り裂いた。
しかし俺の攻撃はそこで終わらない。
片手で切り上げた剣を瞬時に両手に持ち替え、そのまま振り下ろす。その鋭い斬撃は肉を裂き、骨を砕いてウルフの体を真っ二つに両断する。
そして、そのまま横目で残り二頭のウルフを確認すると、襲いくる攻撃を上半身をひねって回避する。そして、剣を握り直して、目にも止まらぬ速さで二頭のウルフを同時に切り払った。ブシャッと音を立てながら大量の血液が辺りに飛び散り、二体のウルフは地面にドサッと倒れる。
俺は「ふぅ」と溜め込んだ息を一気に吐き出すと、顔に付いた返り血を拭い取る。
「任務完了」
誰が聞いている訳でもないがそう呟くと、パッ手にしていた剣を放した。すると剣はガラスが割れたような「パリン」という音を立てて砕け、跡形もなく消え去った。ウルフの死体は、徐々に砂になり小さな赤い結晶だけが地面に残る。俺はそれを拾い上げポケットに突っ込む。そして「う~ん」と一度大きく伸びをすると、地面にどさっと腰を下ろした。
ここは《レギウス》
昔、東京と呼ばれた都市の今の姿だ。辺りには青々とした草花が躍り、心地よい風が髪を揺らす。空を見上げると、浮遊した島、巨大な鳥やら龍のような物が優雅に飛び回っている。一見して見るとファンタジックなこの異世界が、実は最先端の技術が集まった東京と呼ばれる都市であったなんて今でも信じられない。
俺は、ごろりと寝っころがり丘の向こうに目を向ける。
そこには、この世界に似付かない機械じみた巨大な塔が建っている。この訳のわからない世界で唯一、俺達が元の世界に帰るための手がかりである。
塔の高さは約800m。階層は50はあるでだろう。
そして俺達は、あそこを目指して旅をしている。
そこにある真実を求めて。
「ほんと、どこのクソゲーだよ……」
俺はため息まじりに突っ込みをいれ、体を起こして自分の右手を見つめる。先ほど噛み千切った所は、まだ血が滲んでいた。
「ディレクト」
俺が、この単語を呟くと、血は武器に姿を変える。これが俺達《適応者》の力だ。
俺は、生成された黒い剣を握り、立ち上がる。後ろから数匹の「グール」が迫る。
「たくっ。休ませてくれよなっ! !」
俺は、目の前の「敵」に向かって走りだす。
これが、俺の現実なのだから……。