そういうのをトラブルメーカーっていうんじゃない?(3)
さて、仕掛けた張本人から、理由を聞けることとなりました。
向き合って座る人の美貌に、圧倒されている。
髪は銀、瞳は紫。
艶々とした赤の唇は、肌が白いからとても目立つ。
この人が、木崎さんの、母親……
血は繋がっていないと言うけれど。
「楽しみにしていたのよ」
何とも可愛らしい声だった。
姿形が成熟しているというのに、話し方は、ちょっと舌足らずに聞こえるからか、目を瞑っていたら、相手は幼い子供だと思ってしまうかもしれない。
そのギャップが、何とも言えない。
つまりあれか。
これが、ギャップ萌え?
「は、はあ」
「尻尾の件はごめんなさいね、おどかしてしまって」
「はあ」
「でも、魔界にだってなかなか此処までの尻尾を見せるものはいないわ、流石ね」
褒められてるのかけなされてるのか。
顔見てると、褒めてるみたいだけど。その褒めどころが、尻尾、というのもね……
とりあえず、木崎さんのお母さんと対面が叶ったのは、尻尾が生えて2週間目の事だった。
流石にそれだけたつと、私は現況に慣れて、己が尻尾と戯れる余裕すら出て来ていた。その日もふさふさのそれを、ブラシで丁寧に梳いていたところだったのだ。
不機嫌とでかでかと顔に書いている表情で、お母さんを連れてきた木崎さんは、挨拶もそこそこに、私とお母さんを放って、忙しいからといなくなってしまって。
さて、どうしたものかと、困った表情が出てしまっていたらしい。
木崎さんのお母さんが笑う。
「全く、変わらないわね、あの子は」
「そうなんですか?」
「あら、聞いていない? 私達家族の話」
「いえ、ざっとは聞いたのですけど」
木崎さんは、早くに実のお母さんを亡くしている。そして、お父さんが再婚した相手が、目の前にいるこの人だ。
お父さんの仕事が忙しい事もあって、木崎さんや、兄弟――兄と弟がいる――は、このお母さんがきっちりと育ててきた。
優しい反面、間違った事をすると容赦なかったらしい。お父さんはそんなお母さんを、全面的に信頼して、任せていたそうだ。
だから木崎さん、お母さんには頭が上がらない、のだけど。
勅使河原さんも変わってると評する通り、このお母さんがお茶目で。
「だって、成則、兄弟の中でも群を抜いて、可愛い顔をしているんだもの」
確かに、木崎さんの顔、整ってる。
「それがあんな仏頂面で、勿体ないと思うのよね」
「……はあ」
女の子も持ってみたかった願望もあるらしいのだけど、どうやらお母さんは、木崎さんを丸め込んで――木崎さんは体が弱かったので、丈夫にするにはこれが効くとかなんとか――よく、女の子の格好をさせたりとか、小さい頃にしていたらしい。
「本当、似合うのよ」
思い出す様にくすくすと笑いながら言うお母さんは、子供が悪戯をした後に、してやったり、と得意そうになっている顔と同じ。
後妻さんとはいえ、木崎さんのお父さんの奥さん。
随分年は上なんだろうけど、なんだか可愛らしい。
その悪戯の矛先が、今回、私のところへ来た、という事になる。
でも、憎めない。
上手く行った、なんて子供の様に笑う、この顔を見てしまったら。
その人が、ふ、と真面目な顔になった。
「魔力の強いあなたなら安心だわ」
私に仕掛けたその悪戯は、一つには、お母さんが、私の中に眠っている魔界の生き物としての素質を見て見たかった、という事でもあった。
魔界の生き物の中にも、昔尻尾を持っていた種族がいて、その尻尾が立派であればあるほど、その者の持つ魔力は強かった、と言われている。
「勝手な事してごめんなさいね、だけど、成則の一番近くにいる人だから、頼りになる人だといいな、って思ったの」
「……はあ」
どう返事をしていいかわからず、とりあえず頷いた。
だけど、お母さんの瞳が、酷く真剣な色だったから。
もう一度、おなかに力を入れ直して。
「はい」
木崎さんのお母さんの瞳が、ほっとした色に揺れた。
「でも嬉しいわあ」
白い優雅な指が、ティカップを置く。
本当に嬉しそうにくすくすと笑う声は、耳に心地がいい。
「あなたがついていてくれるなら安心、それにこれで、私もやっと、可愛い孫に対面できるかしら」
「孫って……え? その?」
飛躍した話に、飲んでいたお茶を噴きだしそうになり、必死でこらえる。そんな涙目の私を、お母さんは見てはいなかった。
「だって、まだいないんですもの、そうね、どちらでもいいのだけど……可愛い女の子なんて、抱っこしてみたいわねえ、あ、でも男の子でも、小さい時の成則そっくりだったらどうしようかしら」
すっかり夢見るモードになってしまっている。
「ねえ、都さんはどちらがいいの?」
「いや、どっちも何も、まだ何も考えてないというか……」
「まあそうよね、新婚さんですものね、私ったら先走ってしまったわ」
「そういう雰囲気でもないんですけど……」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいわよ、ゆっくり二人きりを楽しんでくれていいのだからね」
全くそんな雰囲気、ないんですけど!
なんたって、あなたの息子、此方のしきたりだの言葉だの教えてくれるのはいいけど、超スパルタなんですけど!
そんな心の叫びなぞ届く訳もなく。
木崎さんのお母さんは、「でも成則ばかりじゃなくて私ともお話しましょうよ、あ、お出かけもいいわね」と、すっかり自分の世界になっている。
おーい、木崎さーん。
逃げ出す理由はわかった(このままじゃ話が進まないけど、相手があまりにも可愛らしく嬉しそうなので口を挟む事も出来ないジレンマに陥るんだ、この人の前だと)。
でも、だからって、一人で相手しろって。
これは、最初から超難題なんじゃないの?
そそくさと、仕事だといなくなった彼を、戻ってきたらどうしてくれようかと、私は頭の片隅で計画を立てながら。
楽しそうに話を続けている木崎さんのお母さんのティカップへと、お茶のお代わりを注いだ。
(2012/9/17)