夢の装置
通販で買ったのは、夢を最適化する装置だった。
『睡眠の質を上げます。あなたに必要な夢だけを見せます』
疲れていた私は、迷わず買った。
枕元に置き、スイッチを入れて寝た。
最初の朝、胸が軽い。体も頭もよく動く。
二日目も三日目も同じだ。失敗しても平気。嫌な記憶が薄い。
「これはすごい」と思った。
一週間で、妙なことに気づいた。
笑っているのに空っぽだ。
泣く場面で泣けない。怒る理由も思い出せない。
気味が悪くて説明書を読んだ。最後のページに小さくある。
――睡眠中、「不要な感情」を回収します。
――一定量を超えると“本来の必要量”を返却します。
――返却は停止できません。
「返却?」
その晩、怖くなってスイッチを切った。
切ったのに、ランプが一度だけ強く光った。
眠れなかった。
結局、スイッチを入れた。
布団に入った瞬間、装置が鳴った。
ピッ。ピッ。ピッ。
心電図みたいな音。
夢が始まった。
いつもの通勤路。
街は色を失っていた。人の顔に表情がない。看板の字が読めない。
空が、ただの明るさだった。
背後で声がした。
「返却だよ」
振り向くと、私が立っていた。
もう一人の私が、透明な袋を抱えている。袋の中で何かがうごめいた。
袋の口がほどけた。
次の瞬間、感情が流れ込んできた。
嬉しさは余計に騒がしく、悲しさは底まで重い。
怒りも、後悔も、言えなかった言葉も、まとめてだ。
私は膝をついた。
そして最後に、ひとつだけ戻ってきた。
感情というより、結論。
「この人生、どうにもならないかもしれない」
目が覚めた。部屋は暗い。装置のランプは消えている。
私は手探りで装置を掴み、箱に戻してクローゼットに押し込んだ。
それで終わる気がした。終わってほしかった。
布団に潜り、息を殺した。
眠らなければいい。そう思った。
ピッ。ピッ。ピッ。
音は、枕元じゃなかった。
胸の内側から鳴っていた。
返却中。




