第28話 ロミナの想い
ロミナは頬を薄紅色に染めながら、ホムルの提案に一瞬驚いた表情を見せる。
訓練所の夕日が二人を優しく包み、金髪が透き通るように輝いている
「え…一緒に食事?もちろんいいわよ!
私も…あなたともっと話したいと思ってたの
伝えようと思ってたこともあるしね」
終わりの一言にひっかかるものはあったが、ロミナの快諾にホムルは思わず破顔した。
訓練所を出た二人は街路へ踏み出し、酒場への通りを並んで歩いた。
木製テーブルが整然と並ぶ酒場に入ると、ホムルはカウンターの隅の席を選んでロミナと共に腰掛ける。
ホムルはホットエールとチーズ盛り合わせを選び、ロミナがエールを注文するのを眺めた。
飲み物が運ばれグラスを持ち上げると、二人は互いに微笑みながら静かに乾杯、と声を交わした。
隣でエールを傾けるロミナの首筋がランプの灯りに照らされ、金髪が琥珀色に揺れる光景に、拒まれなかった喜びが全身を駆け巡り、思わず笑みが零れて顔全体が花咲くように綻んだ。
ロミナは照れくさそうに頬を赤らめながら、ホムルの笑顔に釘付けになり、エールを持つ手が一瞬止まる。
酒場の柔らかな灯りが二人の席を包み、周囲の喧騒がかえって二人だけの空間を際立たせている。
「ふふ、そんなに嬉しそうな顔されるとこっちまで嬉しくなっちゃうわ…
昨日も今日も大変だったから、今はゆっくり話しましょうね」
酒場の隅の席で柔らかな灯火が二人を包む中、ホムルはそっと身を乗り出してロミナに問いかけた。
「ロミナさんはいつ、誰から、どうやって魔法を教えてもらったんですか」
ロミナはエールのグラスを両手で包むように持ちながら、遠い昔を思い出すように微笑んだ。
「初めは十年くらい前だったかな…」
師匠に教わり木の枝で小さな火花を散らすことから始めた事、練習で何度も服を焦がしたり草原を燃やしかけたりした事、魔物に中々当たらず師匠に助けてもらった事…。
一つ一つ丁寧に語られる言葉にホムルは夢中になり、その失敗談に思わず噴き出してしまう。
ロミナはくすくす笑いながら、あの頃は毎日が挑戦だったと懐かしそうに目を細めた。
酒場の喧噪が遠く聞こえる中、二人の距離はグラスを傾ける度に縮まっていく。
「そうね、最初は本当に大変だったわ
何度も失敗して、何度も諦めそうになった
でも師匠がいつも側にいてくれて…」
ホムルはちらりとロミナの横顔を眺めた後、正面の酒瓶が並んだ棚に視線を戻すと静かに言い放った。
「そうですね、今の僕の側には勇者さんがいます」
その言葉はロミナが昼間ホムルにかけた励ましと全く同じ響きだった。
ロミナはエールを飲もうとして傾けたグラスを止め、突然喉仏が大きく上下するのがホムルからはっきり見えた。
琥珀色の液体の中で金髪が揺れているかのような錯覚に襲われ、なぜかホムルの平凡な台詞が胸奥に深く刺さる。
ホムルの横顔を見るうち、同じ言葉がまるで別の意味を帯びてくる奇妙な感覚に苛まれ、ロミナは慌ててグラスを呷った。
冷たい酒が喉を焼く瞬間だけ現実に戻れた気がした。
グラスを持つ手が少し震え、ロミナの頬がさらに赤くなる。
「そ、そうね…あなたには私がいつも側にいるわ
魔法って不思議よね。最初はただの火花でも
誰かを守りたいっていう思いがあれば、どんどん大きくなっていくの」
酒場の柔らかな灯火が二人を包む中、ホムルは満面の笑みを向けて大きく何度もうなずいた。
「僕、まだまだ頑張れそうです!
爆発も治癒もマスターしてみんなのために頑張ります!」
ロミナはその明るい宣言に合わせて穏やかに首を縦に振ったが、琥珀色の酒の揺らめきに映るホムルの瞳を見つめているうち、心の奥にもやもやしたものが広がった。
みんなのため…という言葉が胸に刺さり、それはまるで遠く離れていくような寂しさだった。
ホムルの純粋な決意が眩しく、自分への想いがそこに含まれていない現実がほろ苦かった。
それでもロミナは微笑みを崩さず、グラスをそっと傾けてエールを喉に流し込み、灯りに透ける金髪がほのかに揺れた。
「ただ私もこれより上位の魔法は使えないから…
習得には師匠を探してね
魔術師ギルドや冒険者ギルドで探すのがいいわ」
ロミナの言葉にホムルは少し詰まりながら、そう…ですかと落胆して答えた。
これまで親身になって特訓を指導してくれたロミナから、突き放されたようにも感じたからだ。
そして、そこには師弟愛だけではない感情が含まれていたが、ホムル自身が自覚するまでには至っていなかった。
互いに顔を合わせず、二人の間には酒場の喧騒が響く時間ばかりが流れる。
「ホムル」
ロミナは真剣な表情で呼びかけた。
それはリーダーとしての決意を固めた、凛とした響きを含んでいた。
すっと喧騒が遠のく。
「あなたはもう、このパーティーから追放しないわ
特訓で習得した魔法、仲間への想い、戦闘で見せた責任感
すべてパーティーが、私が必要としているものよ
だから、お願いしたい
これからは私たちと一緒に戦っていってほしい
これが、伝えたかったこと」
ホムルはロミナの言葉を一つ一つ飲み込み消化していった。
そして真摯な眼差しでロミナを見つめ答えた。
「ありがとうございます
ロミナさんに認められてうれしいです」
これからもよろしくお願いします、と言いながら深々と頭を下げると、ロミナはただじっとその後頭部を見据えた。
随分あっさりしているな、と拍子抜けしたロミナだったが、ホムルはいつまでたっても頭を上げない。
膝を握る手は力が入って白くなっており、その内に小刻みに震え始めた。
「どうしたの、ホムル?」
頭を上げるように促すとホムルはようやく頭を上げる。
その顔は涙を堪えようとくしゃくしゃになっていた。
「ど、どうしたのよ、ホムル!」
危うく椅子から落ちそうなくらいのけ反ってしまったロミナだったが、かろうじてしがみつく。
「だって…だってもう教えてもらえないかと…
一緒に居られないのかと…
追い出されるかと思ったから!」
泣きじゃくりながら必死に言葉を絞り出すホムル。
頬を伝いぽろぽろと落ちる涙を拭いもせず、膝に置いた手を強く握り堪えている。
「ちょっ、ちょっと落ち着いて!
勘違いさせたのは謝るから、ね!」
カウンターの奥からチラチラとこちらを伺うマスターや、周囲の雰囲気に慌てたロミナはホムルの手を取る。
握りしめた手を顔の前まで上げぶんぶん振ってなんとか収めようとするも、ホムルはふぇ…ひぐっ…と泣きながら身体も一緒に振られていた。
どうしたら良いかわからないロミナが顔の涙を拭ったり、肩をさすったり、頭を撫でているとホムルは次第に落ち着きを取り戻してきた。
椅子に改めて座り直し、ぬるくなったホットエールを口にするホムルの背中を、ロミナはやさしく撫でる。
「はぁ…やっと落ち着いたわね
そんなに泣かなくたってもよかったじゃない」
「すみません…でも、もう一緒に居られなくなると思ったら
どうしたらいいかわからなくなってしまって…」
ホムルは俯いたままロミナを見ずにぼそぼそと話す。
ロミナもカウンターに向き直り、エールを呷ると独り言のように呟く。
「なんでよ…確かに私もあなたと一緒に居たいけど…」
そこまで言ってはたと口を噤む。
ホムルへの素直な感情が口をついて出てしまった事に気づいた。
それは庇護欲でもない、師弟愛でもない、情愛が込められた感情。
ホムルに聞かれてしまっただろうか、と恐る恐る横を見るとホムルは目を見開いてこちらを見ていた。
驚かせてしまったかと思いきや、ホムルは目を細め微笑んで語りかけた。
「ロミナさんはどうかわかりませんが
今、ボクはロミナさんと一緒に居たいと思う気持ちが強いことに気づきました
冒険にみんなで行きたいとか特訓を受けたいとかではなく
こうやってお話ししているような時間が楽しいんです
ロミナさんも同じですか?」
ロミナはホムルの笑顔から目が離せなくなった。
自分でも頬が熱く、紅くなっていくのがわかる。
言葉を返そうとするが考えは一向にまとまらず、答えのきっかけを探そうと眼だけがキョロキョロと動いている。
それでもホムルは微笑みを浮かべたままロミナを見つめていた。
…なんでそんなに真っ直ぐな事が言えるのよ
私は心配だったり、助けなきゃいけないとか色々考えていたのに
ただ、一緒に居たいだなんて…
…
……もしかして
もしかして、私も一緒に居たいから世話を焼いていたの?
違うわよね、パーティーのレベルを上げて目標を果たすためよね
…でも、ホムルがみんなに意識を向けたり、好かれる度にもやもやしていた
なんで?私を見てもらいたかったから?
それは独占欲や嫉妬心ってことじゃない
つまりそれって…恋愛…感情…
ロミナは一つの答えにたどり着いた。
その感情が一緒にいたいという気持ちを生んでいるのなら、受け入れればいいだけ。
ホムルも同じ気持ちなら猶更否定することもない。
ロミナは口角も目尻も上げた満面の笑みを浮かべホムルに答えた。
「そうよ…私もホムルと話している今、とても楽しいわ
もっとあなたのことも知りたいから、教えてちょうだい
明日は休みにして今日はゆっくり飲んで話しましょう
…ただし酔い潰れるのはナシね」
こうして、ホムルは追放を免れ、ロミナは良きパートナーを得たのでした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
初めての小説投稿で悩むことも多かったですが、皆様のPVが励みになりました。
お話はこれにて終わりになりますが、ホムルの成長や魔法の習得を考えるのが面白かったですし、盗賊カーヴィルをもっと深堀してみるのも楽しそうです。
また機会がありましたらお目にかかれればと思います。
それでは




