第26話 恐怖と決意
ホムルの頭、そして背中についた埃を払うと、ロミナは訓練所の端に連れていった。
並んで座ると落ち着いた口調で説明を始める。
「〈火球〉は魔力を凝縮して高密度のエネルギー球を作り出す術なの
放出する熱量も大きいし、そのまま触れれば火傷にもなるわ」
見た目の派手さゆえに、魔獣などの魔物に対する有効な威嚇手段になるのだと続けた。
ホムルは所々短くなった前髪の隙間からその話を聞き、ロミナの真剣な眼差しに少しずつ気持ちが鎮まっていった。
魔法は魔法書を元に詠唱しているが、原理の詳細までは言語化されていないことが多い。
ロミナ独自の解釈ではあるが、理解が深まることでより魔力がコントロールできると考えたのだ。
また、時間を置くことで心を落ち着かせる効果も狙ってのものだった。
ロミナの説明は続いていく。
「逆に〈爆破〉はエネルギーを魔力で押さえ込み、一点に集中させるの
集中させたものを相手の体内、特に急所で解放することで
破壊を引き起こす仕組みになっているわ」
頭や心臓、腹部などで掌を広げて爆発のイメージを示す。
「動き回る敵や小さな標的を狙うのは難しいけれど
確実に相手を戦闘不能に追い込めるのが最大の利点ね」
真剣な表情でうなずくホムルは落ち着きを取り戻していたが、徐々に表情に陰りが見え始めた。
〈爆破〉の具体的な作用を認識した事と、先ほどの暴発からその威力を認知したことが結び付き物恐ろしさにかられていた。
ロミナに向けられていた顔は徐々に俯きがちになり、握りしめる手はわずかに震えていた。
「爆発系はもう少し練習が必要かもしれないけど
あなたならきっと上達するわ
…魔法使うの、怖くなった?」
話の途中でホムルの様子に気づいたロミナは、ゆっくりとした動作で顔を覗き込み、柔らかな声でそっと尋ねた。
ホムルは俯いた顔を少し上げ、前髪の隙間から怯えたまなざしを見せた。
緊張でこわばった背中の鈍痛を感じつつ、唇を噛みしめながら…少し、怖い、とか細い声でおずおずと答える。
その怯えたまなざしを見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えたロミナは顔に悲しみの影を落とす。
幾ばくかの静寂の後、ロミナはそっとホムルの肩に手を置いた。
「怖がらせてごめんなさいね
でも大丈夫、一緒に練習していくしかないもの
私がいつも側にいるわ」
厚い雲に覆われていた空は穏やかに陽光が戻りつつあった。
ホムルの握りしめていた手がほのかに緩み、俯いていた顔が少しだけ上がる。
前髪の隙間から覗く瞳には怯えの色が残っていたが、ロミナがそっと置いた手の温もりに導かれるように、かすかに頷いた。
ロミナはその小さな肯定の動作を見て口を開いた。
「怖いと思うのは大切よ。怖さを知らないのはただの無謀だから
怖さを知ってこそ、魔法は安全に使えるものになるの」
言葉と共にホムルの表情は徐々に力強さを取り戻し、強張っていた肩がほぐれていく。
少しずつ和らいできた表情を見て、ロミナは陽光に照らされた金髪の合間から、安堵の微笑みを浮かべる。
「そうよ、焦らずに一緒にやっていきましょう
私も最初は何もできなかったけど
毎日の練習で少しずつ上達してきたんだから」
ロミナの瞳はホムルの自信を取り戻しつつある顔をしっかりと捉え、深い情熱を込めて言葉を紡いだ。
「今あなたが難しい事に挑戦してるのは間違いない
でも私はあなたを信じてるわ、絶対できると」
繰り返す声は揺るがない確信に満ちていた。
「あなたが挑戦するのは何のため?
追い出されたくないから?」
ホムルは勇者の鋭い眼差しに射抜かれながら考え込んだ末、大きく首を振った。
「みんなのため、みんなを守り助けるためです」
その瞳には確かな意志が燃え上がり、強い決意がロミナの耳に届いた。
決意の言葉を聞き、胸の中に熱いものが込み上げてきたロミナの金髪が風になびき、その瞳には涙が光っている。
「そう…それが魔法使いの本当の想いなのね
私も同じよ、みんなを守って魔王を討伐するためにここにいるの
だから一緒に頑張りましょう、きっとできるわ」
ホムルはロミナの真剣な呼びかけに胸を打たれ、大きく息を吸い込むと、はい!と喉の奥から澄んだ声を絞り出した。
しかし次の瞬間、ホムルの動きがぴたりと止まった。
彼の視界に飛び込んできたのは、涙で濡れたロミナの長い睫毛だった。
わずかに俯き額にかかる金髪の間、頬を伝う透明な滴が訓練所の埃っぽい空気の中に一瞬煌めいた。
「ロミナさん、なんで泣いてるんですか?」
純粋な困惑が少年のような大きな瞳を大きく見開かせ、真っ直ぐロミナを見据えた。
声には嘲りの欠片もなく、ただただ率直な問いかけだった。
涙が頬を伝う感触に気づいたロミナは慌てて袖で目元を拭いながら、少し恥ずかしそうに顔を伏せる。
「あ、これは…ただ、魔法使いがそんな風に言ってくれるのが嬉しくて
あなたと一緒に戦えることが、本当に嬉しいのよ」
言い終えた後も自分の言葉の余韻に戸惑い顔を上げられない。
ホムルは、はぁ…とピンと来ていない様子でロミナを見ている。
恥ずかしさを隠すようにロミナは俯いたままホムルの前髪に手を伸ばした。
焦げた前髪の縮れた毛束を慎重に指先で梳き分ける。
ほのかに煤けた指先の匂いを感じながらホムルは困惑したまま受け入れていた。




