第2話 煌めく睫毛
翌朝___
訓練所の前で腕を組みながら、朝日に照らされたロミナの顔には期待と不安が入り混じっている。
「さて、ちゃんと来るのかしら…」
ホムルが来るはずの方向をじっと見つめ、昨夜の酔いはすっかり覚めているものの、内心では彼の姿を探すことにドキドキしている。
しかしいつまでたってもホムルは現れなかった。
待ち続けた相手が来ない苛立ちと微かな焦燥が、彼女の眉間に深い皺を刻んでいた。
ホムルの宿は酒場から程近く、石畳の小路を五分ほど歩けば到着する距離だ。
ロミナは迷うことなく、簡素な木造の建物を目指して歩を進めた。
陽射しが東窓から差し込む宿の一階、ホムルの部屋は静寂に包まれていた。
扉越しに漏れる寝息は浅く速く、布団は山のように盛り上がっている。
躊躇いなくノックしたが、返答はない。
規則正しい寝息だけが、ホムルが深い眠りに囚われていることを物語っていた。
特訓への期待と裏腹に、興奮で何度も起きては寝てを繰り返し、今また惰眠に沈んでいたのだ。
「まったく、あのバカ魔法使いは…
特訓だって言ったのにまさか寝坊するなんて」
簡素な木製の扉を押し開けると、隙間から漏れる朝日が室内を黄金色に染めた。
勝手に踏み込むと布団の山が大きく盛り上がり、規則正しい寝息が響いている。
浅く速い呼吸が規則正しく続き、布団からは青い髪が少しばかりはみ出ていた。
長い睫毛が静かに上下し、朝日を浴びて艶やかに輝いている。
柔らかい陽射しが汗ばんだ額を優しく撫で、深い眠りの中に無防備で幼い安らかな表情を浮かべていた。
ロミナは思わず足を止め、その寝顔をじっと見つめた。
眉間にしわを寄せつつも、ホムルの寝顔を見て思わず頬が緩む。
朝日の光が彼の髪を輝かせる様子に見入ってしまい、苛立ちが少しずつ溶けていく。
「もう、しょうがないわね…こんなにぐっすり眠ってるなんて」
小さく溜息をつきながら、布団の脇に腰を下ろす。
小さな鼻が穏やかに上下し、長い睫毛がかすかに震え、朝日がそのきめ細かい肌を金色に縁取る。
ホムルは深く眠り続け、布団の山が規則正しい寝息とともにわずかに動いている。
思わず指を伸ばしかけたが、寸前で止めた。
代わりに睫毛の影を追い、柔らかな頬の曲線を眺める。
静かな宿の中で、二人の鼓動だけが共鳴していた。
(いつまで寝るつもりなのかしら? でも、その寝顔、意外と、かわいいじゃない…)
ホムルの寝顔を見つめながら心の中で問いかけた。
盗賊や神官たちは寝顔のかわいさを知っているのだろうか。
もしかしたら既に気づいているかもしれない。
だとすればどうなる?複雑な感情が渦巻く。
盗賊たちがこの寝顔の魅力に気づいたら・・・
これまでパーティで冒険していた時の、神官が触れた時の反応や、盗賊がちょっかいをかける情景が脳裏を掠めた。
ロミナは思わず拳を握りしめ、自分に湧き上がる独占欲に戸惑った。
その時、ホムルの唇が微かに動き、柔らかい寝息に乗せて夢うつつの呟きが漏れた。
ロミナさん……という甘えたような呼び名が最初に響き、それに続くようにきびしぃですぅ……ともごもごとした抗議が続く。
布団の上で丸まった背筋が無意識にくねり、深い眠りの中でもロミナの厳しさを夢見て眉間に小さな皺を寄せた。
どうやら夢の中で特訓を始めているらしい。
視線がホムルの口元に釘付けになる。
柔らかな寝息に乗せて「ロミナさん……」と夢見るような寝言が零れ、唇がほのかに震えた。
その淡い桃色の膨らみが朝日の中でふっくらと立体的に見え、思わず指を伸ばしたい衝動に駆られた。
胸奥で甘い疼きが広がり、拳を握り締めた拳が緩む。
か、かわいい…と小さく呟く声が震え、独占欲と高揚が入り混じった熱が頬を染めた。
目の前の寝顔が全てを独り占めしたいほど愛おしく映り、盗賊たちの目に触れさせたくない焦りが募る。
ホムルの睫毛がまたゆっくり震え、無防備な口元が朝日に照らされて輝く。
息を潜め、自分の感情に戸惑いながらも確かな想いが胸の中で膨らんでいく。
想いを振り払うようにロミナは立ち上がりそっとドアを閉める。
すぐに荒々しくドアをノックして立ち去った。
ノックの音でホムルは跳ね起き、寝ぼけ眼で周囲を見回したが、夢うつつな頭では状況が把握できない。
ふぁい〜と寝ぼけた声で応答すると、半分閉じた目でドアノブを掴み、隙間から外を覗こうとした。
しかしドアを開けた瞬間、冷たい空気が流れ込み、真っ暗な廊下には誰の姿もない。
ぽかんと口を開け、困惑した表情で辺りを見渡す。
「朝日が昇ったら訓練所に集合よ」
昨日のロミナの言葉を思い出し、ホムルは急激に覚醒した。
慌てて革袋を担ぐと、水筒代わりの皮袋や香草入りの小袋が揺れた。
部屋の扉を開けるとき、革袋の紐が肩に食い込む痛みよりも焦りの方が大きかった。
廊下へ飛び出した瞬間、冷たい空気が肌を刺す。
振り返り、閉じようとしたドアからはいつもとは違う残り香が漂っていたが、ホムルはそれに気づかず駆け出して行った。




