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第17話 安堵の沈黙

ギルドへ向かう石畳の道を急ぐロミナの金髪が夕日に揺れる。

並んで歩いていたが俯いた背中が明らかに重く、徐々に遅れだす。

隣を歩いていたカーヴィルは溜息を噛み殺した。

ちらりと神殿の方角を見てから、彼女は軽くロミナの肩を叩く。

「おい、そんな顔するなよ

 あの状況じゃ最善だったろう?

 帰って来られたじゃないか」

ついに足を止めたロミナは無言で俯いたまま、足元の影だけを見つめ続けている。


カーヴィルはロミナの崩れそうな背中を支えるように寄り添いながら続けた。

「あの霧と魔獣、灯りなしで突破できたと思うか?

 全部込みで、あれが最善だったんだぜ」

言い終わると背中を押して再び歩くように促す。


「わかってる…わかってるけど、もっと私が強ければ…

 あの時、〈灯火〉を増幅させなければ…」

震える声を必死に抑え絞り出すと、ゆっくりと歩き始める。

石畳を踏みしめるロミナの足取りは重く、金髪が夕日に揺れて涙ぐんだ睫毛を隠していた。

カーヴィルはわざとらしい大きな溜息を一つつき、ロミナの背中をぐっと叩いた。

「おいおい、死んだんじゃないんだぜ!

 魔王討伐しようってんだから…

 ケガごときでいちいち泣いてたら身が持たないだろ?」

声は通りに響き渡るほど大きく、周囲の商人たちがちらりと振り返るほどだった。


ロミナが俯いたまま無言で歩き続けるのを見て、カーヴィルはさらに言い募った。

「一々泣いてられないんだぜ、頼むぜ姫さん

 この先もっと厳しい戦いが待ってるんじゃないのか!」


冗談めいた叱咤は、ロミナの肩を僅かに震わせ、溢れそうな涙をこらえさせる効果があったようだ。

「…わかってるわよ。わかってるけど…

 どうしてこんな気持ちになってるか、整理がつかないのよ」

涙を堪えて唇を噛みしめながら、カーヴィルの言葉に少しだけ顔を上げる。


カーヴィルは「どうしてこんな気持ちに」という呟きを聞いて、瞬時にその意味を悟った。

彼女は黙って斜め後ろからロミナの横顔をじっと覗き込み、夕日に照らされたその微妙に赤らんだ頬や、俯き加減でもなお美しい金髪の輝きを注意深く見定める。

街路樹の影が長く延びる石畳の上で、鋭い眼光はまるで獲物を探る獣のように研ぎ澄まされていた。


ホムルへの過剰とも思える世話焼きや、森での咄嗟の庇護的な態度が脳裏をよぎり、情が移ったのか、あるいはもっと踏み込んだ感情なのかを探ろうとする沈黙の観察が続く。

カーヴィルの口元がかすかに歪み、内心の推測が確信へと変わる刹那、彼女は何も言わずにただその微妙な変化を噛みしめた。



しばらく無言で歩いていたが、視線に気づいたロミナが振り向くと、カーヴィルの表情に励ましだけではない感情が浮かんでいるのを感じ取った。

すぐに気づいていないフリをして前を向いて歩き続けるが、頭の中では今の表情を必死に分析する。

(今の顔…何か楽しいこと見つけたって感じだったわ。一体何を…)

これまでのやり取りを振り返る。

戦闘の後悔、周囲に響くほどのフォロー、冗談めいた叱咤、心情の吐露…。


…こんな気持ちって言ったけど、何の気持ちだったんだっけ?

つい涙が出てしまったけど、ホムルにケガをさせてしまった事が申し訳なくて、ホムルの辛そうな表情が見たくなくて、ホムルの事が心配で、ホムルの………。

ロミナの頬が薄紅色に染まっていく。

「べ、別にホムルだからってわけじゃないわ!

 仲間をケガさせてしまったことを後悔してるのよ!!」

振り返るとカーヴィルを正面から見据えて言い放つ。


カーヴィルは赤らんだ頬をちらりと見て薄く笑い、肩をすくめて言った。

「わたしゃ何も言ってないがね、まぁそういう事にしとこうか」

ロミナが俯いたまま黙り込むと、カーヴィルはそっと肩を叩いた。



ギルド会館の古びた木製ドアを押し開けると、インク壺の匂いと書き付けの音が漂ってきた。

受付台に着くなり、二人は書類を広げて依頼完了を報告した。

特に森の第二区域と第三区域について、魔獣遭遇の危険が高い旨を強調し、立ち入り制限を提案すると、受付係は深刻な表情で頷いた。


報酬を受け取り受付を離れると、ギルドの喧騒の中ロミナは相談をした。

「これで今日の依頼は終わりね

 ホムルがいつ戻って来れるか分からないけど、

 次はどうするか話し合わないといけないわね」


「そうだな…まずは一旦神殿に戻ろう

 姫さんは先に戻っててくれないか

 明日の仕事を確認してから向かうよ」

カーヴィルが再び受付に向かうと、ロミナは一足先にギルドから出て神殿へ足を向けた。


神殿に入るとホムルが待合室の椅子にぽつんと座っていて、包帯も外れた傷跡の脇腹をぼんやり眺めている。

治癒が完了した安堵で放心したような表情だが、近くにマリエの姿は無かった。

廊下では忙しげな神官たちが書類を抱え行き交い、治療器具を片付けている。

ホムルの放心した様子を見て胸が締め付けられる感覚を覚えながら、ロミナは長い金髪を軽く掻き上げて優しく声をかける。

「大丈夫?もう痛みはないのよね?」


ホムルはゆっくりと顔を上げ、血痕の残る脇腹を撫でながら苦笑いを浮かべた。

乾いた唇を舐めるようにして声を絞り出すと、かすれた声が待合室に響いた。

「えぇ…もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

その言葉とは裏腹に、目線は床に釘付けになったまま動かない。

まだ傷口の奥底に鈍い疼きが残っていることを隠すため、わざとらしい明るさを装ったのだ。

神殿の窓から差し込む陽光が、彼のこわばった頬の筋肉の陰影を浮かび上がらせ、強がりの裏に潜む弱々しさを浮かび上がらせていた。


窓からの柔らかな光が二人を包み、待合室の静寂の中で金髪が穏やかに揺れている。

「嘘つきね…顔色が悪いわよ

 無理して明るく振る舞わなくていいの」


微かに震える指で自分の膝を掴んだホムルは、天井のステンドグラス越しの陽射しが汗ばんだ額に金色の輪郭を描くロミナを見上げた。

「ははは…やはり見破られてしまいますか

 さすがはロミナさんですね」

乾いた笑いが喉から零れ、傷跡の疼きをごまかそうとする芝居が露呈したことに安堵とも諦めともつかぬ吐息をもらした。


再び俯いたホムルにロミナは何かを言いかけたが唇がわずかに震えただけで、沈黙が待合室を支配した。

神殿の鐘楼から聞こえる余韻が途切れてもなお続く沈黙の中、ただ肩の擦れ合う微かな衣擦れだけが二人の間に漂っていた。


逡巡していたロミナは意を決して長椅子のホムルの横に座った。

訓練所の時のように距離を置かれるかもしれない、という不安もあったが近くに居たい気持ちが勝ったのだ。

そこには助けられなかった後悔や安心させたい庇護欲も入り混じっていた。


ホムルはその気配に身体を起こす。

待合室の大きな窓から差し込む夕陽が、彼の頬を淡い茜色に染める。

二人は椅子の背もたれに寄りかかりながら夕陽を眺めた。

お互いに目を合わせるわけでも、声を掛け合うわけでも無い、相変わらずの沈黙だった。

しかし緊張感の漂う先ほどの沈黙とは違い、安堵感に包まれた沈黙だった。

いつしか表情から緊張が解け、長い睫毛が夕陽に照らされて金色に輝いていた。

ロミナはその変化をじっと見つめ、眉間の皺がふっと消えるのを認めた時、深い安堵が胸いっぱいに広がった。


柔らかい空気が流れる待合室に、マリエが書類を抱え、カーヴィルと共に入ってきた。

マリエはホムル落ち着いた様子を見て安堵の吐息を漏らし、カーヴィルは口角を上げて悪戯っぽくロミナの肩を叩いた。

ロミナは頬を薄紅色に染めてカーヴィルの手を払いながらも、次の予定について切り出した。


「さっきギルドで確認したんだけど、まだ偵察依頼の仕事があったのよね

 でも二人は明日以降用事があるんだっけ…

 しばらくは空かないかしら?」

マリエは書類の束を抱え直し、眉間に深い皺を寄せながら「申し訳ありませんが、当分は孤児院の医療支援が立て込んでいまして」と詫び、カーヴィルも苦笑いで「俺も街はずれの工事現場の警備を任されちまってな、結構かかりそうなんだ」と応じた。

傍らでホムルが三人のやりとりをぼんやり眺める中、ロミナは彼らの事情を聞き届け、しばらくは単独または最小限の人員での活動を余儀なくされることを受け入れた。


「仕方ないわ…次の依頼どうしようかしら

 他の冒険者にでも声をかけて受けましょうか」

ホムルはゆっくりとうなずいた。

薄暗くなり始めた待合室で、夕陽の最後の名残が彼のこめかみにかすかな赤みを帯びさせていた。


しかし、そのやり取りを見ていたマリエの声が慎重だが確かな調子で響いた。

「ロミナさん、今日のような激しい戦闘はまだ早すぎます

 傷が完全に癒えていないのに無茶ですよ 

 それにホムルさんはロミナさんほどケガに慣れていないでしょうし…」

視線はホムルの脇腹あたりを見据えている。


「そうそう、マリエの言う通りだぜ

 まだ依頼受けてないんだから特訓でもしたらどうだ?」

カーヴィルも壁にもたれてニヤリと笑いながら同意した。

その意味ありげな笑みにマリエは気づかなかったが、同じ意見だと確認すると安堵の表情を浮かべた。


二人の意見にロミナは深く息を吐き、ホムルの方へ柔らかい眼差しを向けつつ、偵察依頼は受けずに特訓を行う決断を固めた。

「わかったわ。確かに焦っちゃダメよね。

 ホムル、明日からは特訓にしましょう」


夕暮れ時の待合室で結論が出ると、ロミナは報酬袋を開き金貨を分けた。

マリエは「まだ片付けがありますので、それでは」と言葉を残して忙しなく動きだす。

カーヴィルは壁から離れ「じゃあなー『お二人さん』」と冗談めかして言い放つが、ロミナに一睨みされ慌てて立ち去る。

再び二人きりとなった待合室は沈黙に包まれ、沈む太陽が並んで座る二人を照らしていた。

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