第13話 二つの依頼
朝日に照らされた宿舎の食堂に四人の影が集まっている。
テーブル越しに対峙するのは勇者、魔法使い、神官、盗賊のいつものメンバーだが、こうして全員が揃うのは何日かぶりだった。
ロミナは、今日はギルドからの依頼を二つ引き受けたのだと告げ、一枚の羊皮紙を広げて説明を始めた。
一つ目は魔物に襲われ放置された荷物の回収、二つ目は同じ地域での植物採集だ。
移動距離を考えればまとめて片付ける方が効率が良いからね、と続ける。
女盗賊・カーヴィルは鎧の留め金を弄びながら相槌を打つ。
ホムルはうなずきながら地図を眺め、静かに話を聞いていた。
久々の共同任務が始まるのだという実感が、食堂の木の床を軽く叩く足音とともに四人の間に浸透していった。
「みんな準備はどう?今回は二つ依頼があるから
まず荷物回収を終わらせて、その後に植物採集って感じでどうかしら」
それに対し女神官・マリエが白い法衣の袖を整えながら口を開いた。
「今までこのメンバーだと、どちらか一つだったのでは?
荷物回収は魔物と遭遇する危険がありますし、
植物採集も結構な力仕事ですし…」
とそこまで言うと、ちらりとホムルの方を見た。
ホムルはマリエの視線を浴びて僅かに肩を縮め、服の裾を無意識に握りしめた。
マリエの懸念は明らかにホムルの存在を前提にしており、彼の体力や戦闘能力に不安があることを暗に示唆していた。
朝日に照らされた食堂の木テーブルが軋み、カーヴィルが肘をついて思案顔をする傍らで、ロミナは腕組みをして意見を聞いている。
「…大丈夫よ、前に比べホムルも成長してるわ
魔法も習得してるし、荷物回収も植物採集も問題ないわ」
マリエは依然として眉をひそめ不安げな表情を浮かべていたが、カーヴィルはそれを横目に見ると、ほぉ〜と軽く声を漏らしながらホムルの方へ視線を向けた。
彼女は腰のダガーに手を当て、少し考え込むふりをしてから、じゃ行ってみますかと言い放つと、勢いよく腰を上げて準備を始めた。
そのフットワークの軽さにロミナは内心安堵し、マリエの慎重さとカーヴィルの積極性が絡み合うパーティーのバランスを改めて評価した。
各メンバーは荷物をまとめ武器を整え、朝日に照らされた宿舎の食堂を後にすべく動きだした。
ホムルも慌てて皮袋から杖を取り出し、食料や飲み水を詰め直した。
ロミナは鎧の硬質な音を響かせながら先頭を歩き、朝日に金髪が煌めいていた。
何度かホムルの方を窺い見たが、昨夜早めに休んだおかげで疲労の跡は見えなかった。
パーティーは賑やかに話し合っていた――最近の魔物出現情報や街に新しくできた店の噂などで盛り上がり、カーヴィルが冗談を言えばマリエが微笑んで相槌を打ち、ロミナも時折彼女らのやり取りに加わって笑顔を見せた。
ホムルはその輪の端にいて、杖を握る手に少しだけ力が入っていたが、会話に加わりこそしないものの足取りは確かだった。
目的地の廃墟群が視界に迫ると、ロミナは鎧の硬い音を響かせて立ち止まり、鋭く周囲を見渡した。
「ここで二手にわかれるわ…私とマリエ、カーヴィルとホムルね
荷物を見つけたらお互い大声で呼びに行きましょう」
二手に分かれるということは各自役割を果たすことだと、ロミナの目がホムルへ滑る。
カーヴィルが軽く肩を竦め、…信じていいんだな?
何がとは言わないが問いをロミナに投げかける。
眉間にわずかな皺を寄せながらも、もちろん信じていいわよ。
ロミナは躊躇いなく答える。
カーヴィルは肩の荷物を背負い直しながら低く「それなら行ってみっか」と呟いた。
彼女の口調にはわずかな懸念が滲んでいたが、そのまま廃墟群の方へ歩き出した。
ホムルは反射的に背筋を伸ばし、慌ててカーヴィルの後を追いかけた。
革袋が跳ね服の裾が風に翻る中、杖の柄を握る手に力を入れる。
一方、マリエは二人の後ろ姿を見送りながら眉根を寄せて「大丈夫ですかね…」と小さな声で零した。
荒れ果てた廃墟群が朝靄の中に広がっていた。
崩れかけた石壁や倒れた柱が複雑に入り組み、まるで迷路のような地形だった。
カーヴィルが先行し、粗末な荷物袋を肩に担いで慎重に進む。
ホムルはその後ろをついて行き、周囲の瓦礫や地面の凹凸に注意を払いながら警戒を怠らなかった。
この辺りで行商人が魔物に襲われたらしいんだよな、と盗賊が呟く。
確かに聞いた話では、ここ一帯で凶暴化した野獣が出没するとあった。
しかし風化した石材や朽ちた木材ばかりで、何か手掛かりになりそうな印――血痕や爪痕、あるいは散乱した物品など――は全く見当たらなかった。
カーヴィルの背負う荷物袋がガチャガチャと鈍い音を立てるだけで、他に聞こえるものはない。
しばらくして荒れ果てた廃墟群の影で、空気が僅かに歪んだ。
遠くの方角で突然、鳥たちが慌てふためいてバサバサと羽ばたく音が響き渡り、廃墟の静寂を破った。
ロミナとマリエは廃墟入口で立ち止まり、互いに不安げな視線を交わした。
何かあったのか――二人の心に同じ疑念が去来する。
その刹那、カーヴィルの甲高い声が風に乗って届いた。
「おーい!こっちだ!」
それは明らかに助けを求めたり危機を告げる叫びではなく、単純に所在を知らせる呼び声だった。
マリエがほっと息を吐くのが聞こえた。
ロミナは安堵の表情を浮かべながらも、まだ少し不安げに廃墟の奥を見つめる。
「よかった、何かあったわけじゃなさそうね
早く合流しましょう」
ロミナ達が廃墟群の一角で合流すると、そこには確かに放置された荷物が散乱していた。
周囲には焦げ臭い匂いが漂い、乾いた土埃とともに鼻腔を刺す。
カーヴィルが肩の荷物袋を揺らしながら説明を始める。
魔物の気配を感じて慎重に近づいたら、まさにこの荷物が置かれている場所を見つけたのだそうだ。
問題は周囲に魔物の数が多く、どう対処すべきか悩んでいた矢先のことだった。
ホムルが任せてください、と言い手にした杖を掲げて火球を一発放ったという。
轟音とともに炎の塊が飛び、周囲の魔物たちを直撃すると、彼らは驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったというのだ。
「へぇ、火球で魔物を追い払ったの?やるじゃない
まぁ、それだけの数の魔物相手だったら手に負えないわよね」
ロミナはまずホルムに、続いてカーヴィルには苦笑しながら答える。
「やれなくはなかったけどさ、まぁ面倒くさかったしな」
カーヴィルは軽薄な笑みを浮かべて両手をひらひらと振ると、と肩をすくめて言った。
だがすぐに表情を輝かせてホムルに駆け寄り、本当にすごいぜ! ほんとにやったんだな! と大声で叫びながら、勢いよく彼の右肩を抱き寄せた。
マリエも微笑みながら歩み寄り、よくやりましたね、と優しくホムルの頭を撫でた。
二人の仲間に揉みくちゃにされて、ホムルは顔を赤らめ俯き加減に笑い声を漏らし、照れくさそうに両手で頬を押さえながらはにかんでいる。
焦げ臭い廃墟の中、朝靄がかすかに残る光景が三人の喜ぶ姿を柔らかく包み込んだ。
ロミナは微笑みながらも内心では複雑な感情が渦巻いていた。
ホムルが褒められて照れている姿を見て、少し胸が締め付けられる感覚を覚えつつ、仲間たちの輪から少し距離を取っていた。
ホムルは仲間たちの祝福に照れて俯き加減だったが、少し離れたロミナに気づくと顔を上げた。
頬の赤みが少し増し、はにかんだ微笑みを浮かべながら、素直な声で言った。
「ロミナさんに教えてもらったおかげです!」
その感謝の言葉は焦げた空気の中を柔らかく通り抜けた。
ロミナはその純粋な信頼に心が温かくなる一方で、周囲との親密な関係を見せられる胸の締め付けも強かった。
喜びと嫉妬、庇護欲と疎外感が絡み合い、鎧の袖を無意識に握りしめた指先に力が籠もった。




