第四十六話 それが運命と言うのであれば
―――あのとき、確かに託したはずだった。
力無き身では成し遂げることは叶わず、同族ではない相手に頼んだ、解放の願い。
その思いを託したモノがもしかしたら縁となったか、あるいは意地の悪い運命の神でもいて、結び付けて冥府の底から戻したのかもしれない。
いや、今はそんなことはどうでも良い。
ここに、再び舞い戻れたのであれば、得られたこの機会を逃すはずがない。
【‥‥】
周囲にいた化け物共を、その菌の奥底から滅して…そっと、彼女は抱き上げる。
傷付き、ボロボロになり、憎きキノコの糧にされそうな、弱い生き物。
けれどもその思いが、諦めずに作り上げたこの機会が、自分を再びここへ呼び寄せてくれたのだ。
そっと顔を近づけ、口の中へ新たに得た力を流し込めば、その身が奥から癒されていく。
本来は毒、けれども今は癒しの力となったそれは流し込まれた少年の中でその力を発揮し、臓腑の奥底で蠢こうと、より多く根を張ろうとしていた菌も全て抹消する。
癒しの力は彼らにとって滅びの力となることを確信し、この力も得られたきっけかになった彼に、彼女は忠誠を誓う。
【…今は、ゆっくりと休んでください。すぐに、終わらせますから】
ここまでやってくれた…死力を尽くすようなその必死さを、彼女は知っている。
ナイフに宿ってみていたように、どれほどまで頑張ったのかよく知っており…だからこそ、応えてあげたいのだ。
そっと自身の蜘蛛の背中に乗せて、優しく糸の布団を作り上げ、落ちていた前の自分が託したタラテクトナイフを手に取り、それに力を注ぐ。
黒きナイフが白く染まり、ほのかに輝きはじめ、周囲を照らす。
照らされた場所に映し出されるのは、少年を優しく背負うアラクネの姿。
漆黒の蜘蛛の身体にハイレグのような黒い軍服に身を包みつつ、玉真珠のような白い肌に短めの銀の髪から覗かせる蒼い瞳で周囲を見据え、力を振るう。
ドォォォォォォンッツ!!
【ギノッゴォオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?】
…自身の体内から爆発した、凄まじい一撃に、パラサイトノッコリスの絶叫が響き渡る。
キノコの身ゆえに内臓も何もないはずなのに、臓腑が全て爆散したがごとくの、凄まじいまでの癒しの激痛が全身に伝わっていく。
修復しようにも内部から破られた傷口から、自身の菌の身を滅する光が侵食し、ボロボロと崩壊させられていく。
【…ああ、マザーは、そこでしたか】
背中に眠る少年に負担をかけないように気を使いながら、パラサイトノッコリスの中から飛び出したアラクネは、天井に糸を伸ばしてぶら下がった後にじっくりと相手を見て、癒しの光に食われゆくキノコの内部にいた、かつての母の姿を見た。
もう、手遅れであることは間違いなく、目に光はない。
根こそぎその命は奪いつくされており、後は栄養分として吸収されるだけ、偉大であり愛した母。
力をいくら得ても、二度と戻らぬ存在に涙を流しつつもすぐに気持ちを切り替えて拭い去り、トドメのために動く。
【ご主人様を返しなさイ!!】
【我が主を奪いかえせぇぇぇぇ!!】
ドッゴォォォォンッツ!!
ガーディアンの扉から湧き出てきていた寄生キノコに憑りつかれた蜘蛛たちを全て爆砕し、室内に怒れるエリーゼとサクラが突撃し、その後から急いで入ってきたゴリラや戦隊の配信者たちはその姿を天に見た。
空から輝く流星が、巨木へ落ちる姿を。
美しい夜空から、ほんの一つの星が狙い定めたかのように、流れ星となって…
【はぁぁぁっつ!!】
ザンッツ!!っと大きく白刃の軌跡がパラサイトノッコリスを叩き切り捨て、絶命の叫びを上げさせるよりも早く切り裂いた傷口から輝く光が滅菌し、その肉体を滅ぼす。
そのあまりにも大きな一撃に、配信者たちは目を驚愕のあまり見開かせ…そして、すぐにエリーゼとサクラは目的のものを見つけて接近する。
【…貴女は】
【…何者だ?】
警戒しつつも、彼女の蜘蛛の背中で眠っている主の姿を見て、その無事に心の中で喜びつつも、その姿…アラクネに対して警戒を緩めない。
【大丈夫ですよ、お二人とも。私は味方であり…もう彼は治療しましたから】
にこりと笑みを浮かべながら、彼女は背中から異土を外して手に抱え、大事そうに抱きかかえる。
先ほどまで白く輝いていたナイフも黒く戻り、しまい込んで丁寧に糸でからめとるがごとく抱きしめていく。
【これから、よろしくお願いいたしますね…ふふふ】
【【---あ、やばい人だ、コレ】】
珍しく、二人の意見が一致する中で、愛おしそうに彼女は異土を見つめていたのであった。
助かったと言えば助かったのか
それとも別の者に目を付けられたというべきか
まぁ、結果オーライ‥?次回に続く!!
…いつもよりちょっと成分増加




