第四十話 力及ばずその後悔は
―――アラクネ。
それは、この世界のダンジョンでのラミアとは違って、結構正統派のほうで知られた姿で確認されている…人の身体と蜘蛛の半身をもつ人外娘もといモンスター娘などと呼ばれる類だが、見た目にそぐわずして残虐で好戦的な性格を持つものが多い。
人型だからこそ、相手にしづらくもあり、なおかつ蜘蛛ならではの機動力もあることから、相手にするのは非常に厄介灯されている。
一応は、中級ダンジョンでごくまれにしか出現しない、一種のレアモンスターとも呼ばれていて、遭遇したらその幸運と自らの命が失われるかもしれない不運が同時に備わっており、一部の界隈では大凶おみくじ蜘蛛なんて呼ばれ方もされているらしいが…そんな存在が今、この糸の牢獄内で囚われていた。
【ウアッ…ッ…グ…】
「…まだ、息がある」
【だが主殿、こやつ…だいぶ、もう命の灯も無いようだ】
目を閉じており、苦しいような息を立てているアラクネの姿。
糸で厳重に拘束されているうえに、キノコがあちらこちらから根を張っており、 なおかつ、モンスターにとっては大事な魔石の部分が胸元に見えるが…キノコによって浸食されてひびが入っており、崩壊寸前にも見えるだろう。
【生命反応…だいぶ、下がってますネ】
「まさに虫の息と言うべきか…だけど、何でこんなことになっているんだ?」
このダンジョンで起きている異常事態、パラサイトノッコリスは蜘蛛のモンスターたちに寄生しまくって、手駒にしているのはわかっていること。
なおかつその中でも、蜘蛛系統の中では上位の強さにいるアラクネであれば、より一層駒にされていてもおかしくはないはずだが…牢の中の彼女はどう見ても、駒どころか囚人として刑に処されているようにしか見えない。
「こちらもわからん…牢に放り込まれ、保存されているその前から、奴はいたぞ…」
牢屋から着々と出されて救助されている他の配信者たちが言うことには、どうやら彼らが捕まっているその前からいたらしい。
何故囚われているのかは定かではないが、かなり命も削れており…もう、長くはないだろう。
「だけど、情報は持っていそうだし…助ける?」
「いや、アラクネだぞ。残虐性のやばい奴だというし、虫の息でも…」
アラクネ自体の、相当凶悪な残虐性は有名な話。
危ないモノには近寄らず、放置しておくだけでも何も話さないまま朽ちるかもしれない。
行方不明だった配信者たちを一部でも救助できた今は、危険な橋を渡らずに早めに帰還すべきだからこそ、このような手間を取る必要はないのかもしれないが…
「‥‥それでも見捨てられないな」
「とすると、助けるのか?」
「素人ながらも、情報を持っていそうなのもあるし…それに何よりも…見ていて苦しそうだ」
アラクネがどれほど危険だとしても、ここまで衰弱しているのならば襲われる可能性は低いかもしれない。
いや、命の危機に瀕したものが最後にヤバい置き土産を残す可能性も否定できないが…それでも、見捨てられないように見えるのだ。
「エリーゼ、サクラ、頼む」
【了解いたしまシタ】
【危険はないほうが良いが…まぁ、主殿の言うことだ。従うとしよう】
さくっと檻を破壊し、中にいた彼女を開放する。
糸はサクラが無理やりひきちぎりつつ、キノコはじっくりとエリーゼが熱線で丁寧に焼き払い、すぐにその身が解放された。
【グッ…アウ…ヴァッ…】
「…だいぶ取れたけど、それでも魔石が砕けかけているからきついか」
念のためにサクラに周囲を蛇の胴体で囲ってもらって周りへの強襲を内側で避けるようにしてもらったが、苦しげな声を上げており、アラクネ自身の命がもう長くはないことを示していた。
明かに弱っており…何よりも、砕けかけている、モンスターにとっての命の結晶である大事な魔石。
キノコを取り除いたとはいえ、崩壊しかけており…少しばかり補強できないか試したが、どうやらうまくできないようだ。
【ヴァウ…ッツ…ヴァ…?】
そうしている間に、どうやら助け出されたことに気が付いたのか、アラクネが目を開いた。
【ヴァッヴッツ…ヴァッツ…】
「あ、人の言葉を放せないタイプか」
【いや、大丈夫だ主殿。翻訳はできるぞ】
人の上半身を持つとはいえ、どうも人の言葉まで話せない模様。
だがしかし、サクラを介して話を聞くことは可能であり…残虐性があるアラクネと聞いていたが、異土たちが助けてくれたことは理解しているようではあった…
―――
…命ももはや残り少なく、後は失うだけ。
このまま朽ち果ててしまうだけであれば、何もできない身なのならば問題は無い。
けれども‥それはやはり、自分自身では許せないこと。
あの恐るべきものに対して、抵抗しようにもそれが出来ず、こうして囚われて息が絶えて…都合の良い傀儡にされるのだけは、なんとしてでも避けたい。
その思いが、命が砕けかけている身を、生き永らえさせたのだろう。
本当はもっと短い間しか生きられず、灰と化して失われていた。
でも、思いは実るものだ。
「---見捨てられないな」
ああ、その言葉が聞こえて、もしもの希望の光が灯った気がする。
そう思いつつ、この身体が解放されたのを感じ取れた。
もう、本当にわずかな時間しか残されていない…けれども、賭けるべき相手は、ここに来たのだ。
目を見開き見れば、そこには人間たちの姿…一部は違うだろうが、それでもこの限られた時間でどうにかできそうなものたちだというのは、すぐに理解できる。
ならば伝えよう、何が起きたのか、ここでどうしてほしいのか。
自分はもう果たすことはできない、けれども彼らならばできるはず。
押し付けてしまうようなものになるかもしれないが…ああ、それでも私は救いたいのだ。
【---ヴァ、ヴアァァッツ】
本来であれば、歯牙にもかけない人間たち。
けれども…それでも、私は…
…救ったその命は、長くはない
けれども、その代わりに得られるものもある
だからこそ、その先には…
次回に続く!!
…アラクネぇ…




