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物語7 開戦

 元老院において執政官レグルスはカルタゴとの戦争が始まった事を報告した。

民会の決議によりメッシーナに派遣されていたローマ軍とカルタゴ軍との戦端が開かれたのだ。

 シチリアはカルタゴとギリシャが勢力均衡していた。さらに共和政ローマのイタリア半島内の勢力拡大が完了したことにより、緩衝地帯がなくなり一触即発の緊張をはらんだ地域となった。

 きっかけは一人の野心家だった。シラクサより離反したカンパニア人の傭兵部隊マメルティニがメッシーナを占領し拠点にしていたが、シラクサの攻勢に耐えかねた彼が援軍を要請したのがカルタゴとローマであった。

 ローマ軍、カルタゴ軍、シラクサ軍はメッシーナに陣営を引きにらみ合うことになったのである。マメルティニが一番自分を高く売れると見込んだローマにメッシーナ入城を許したのが均衡を破ることとなった。

 ローマ軍はカルタゴ軍、次いでシラクサ軍への攻撃を開始した。


*****


 ガイウス・ウァレリウスは屋敷の使用人を集め簡単な演説をした。

「今回のような大戦争の場合は、目先の情報やうわさに惑わされることなく平常心で日々の責務を果たすことが大事である。大丈夫、共和政ローマは必ず勝つ。」

 元よりファウスタとユリア・セヴェラ家政婦長が掌握している家政に関しては何の心配もしていなかったのだが。


 最前列に立って聞いていたアントンにガイウスは言った。

「アントン、君は落ち着いてるな。君の技術でローマ軍がかなり強化されたことは確かだろう。」


「単に実感がないだけかも知れませんが。ピストンポンプまで間に合いましたし。」


「なるほど今となっては急速な開発も必要だったのかも知れぬ。私はこの戦争は無理をせず勝てる条件を整えて戦に望むというのが基本戦略になると思っている。」


「そうですね。それにカルタゴにどういうふうに勝つか、それが重要でしょう。泥仕合を繰り返し互いの国力を損耗した上で苛烈な条件の講和を強いるのが最悪の勝ち方です。」


「なるほど。それは次の戦争を用意しているようなものだね。」


*****


 ルキウス・ウァレリウスは海軍の将校として出征することになった。

「父上、行ってまいります。」


「死ぬな。」


親子の別れはこれだけであった。時間をかけると更に別れがたくなるので手短に済ませる武士の作法のように思われる。


ファウスタやユリアやアントンに手を振って挨拶するとルキウスは小舟に乗り海軍基地へと旅立って行った。


*****


 アントンは工房で旋盤に真鍮の粗いシリンダー型の鍛造品を固定していた。ようやく芯を出し終えたところに、ファウスタが来た。

「アントンさん、今日もお仕事熱心ですね。」


「ファウスタさん、ちょうどこれから旋盤作業を始めるところだったんですよ。ご覧になっていきますか。」


「ぜひ、お願いします。」


 アントンは中ぐり用の刃物台を操作して加工物の表面ぎりぎりのところに刃物を置く。そしてオリーブオイルを加工物と刃物にたっぷり注ぎかけると、足踏みペダルを踏んで旋盤を回転させた。刃物台のレールに沿って刃を動かしていくと切子を出しながらスムーズに内径が削られていく。ある程度加工してから刃を退避させて、切子を払いのけ切削面を確認した。美しい輝きを伴った正確な環状の面が生成されている。加工前の面と比べると差は歴然としている。


「ざっとこんな感じです?退屈ではなかったですか?」


「いいえ、大変面白かったです。」


「それならファウスタさんも旋盤を動かしてみますか?刃物の操作は危ないので私がやりますが、ペダルを踏んで回転させてください。」


ファウスタは旋盤のペダルに恐る恐る足を載せる。


「どうぞ踏んでください。ゆっくりで良いですよ。」

旋盤は回転し始めた。


 「よしうまい。」アントンは刃物台を操作して切削を再開した。

 ファウスタは旋盤の回転と刃物の連動で精度が高い加工が行われている事を理解した。それはファウスタにとっては未来に属する技術であり、ローマが変化する可能性の一つだと感じていた。

 アントンは刃物を退避させ言った。


「加工は終わりました。ペダルを踏むのは止めていただいて結構です。」


ファウスタがペダルを踏むのを止めると旋盤は徐々に回転を落として停止した。


「これは何を作っているのですか?」


「軸受けです。新しく作ろうとしている工作機械に使います。より滑らかに動くようになります。工作機械以外にも様々な用途があるでしょう。」


 アントンは手をぼろきれで拭うと、蝋版を手に取り図を描きながらファウスタに説明を始めた。

 ファウスタは戦地に兄を送る寂しさが癒されていくのを感じた。

開戦ですがダウントン・アビーを意識した家族の物語として描いています。

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