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物語4 道化

 広場の片隅、即席の実演会場。アントンが持ち込んだ簡易ポンプは、シンプルながらもその機能美を備えていた。ルキウスが付き添っている。見物人が集まり、特に軍服を纏った百人隊長とその部下たちが興味津々に眺めている。


「では、実演を始めましょう。」

アントンがそう言って、木製のハンドルを上下に動かすと、ポンプは勢いよく水を吸い上げ、見事に排水を行った。集まった人々の間から驚きと称賛の声が上がる。


「こいつは便利だ!」

百人隊長が唸るように言った。「軍団で使えば、水汲みの手間が大幅に減るぞ。それに、火事の消火や艦船の排水にも役立ちそうだ。」


 軍の技術者がポンプを調べながら口を挟む。「いくつか改良すれば、もっと効率が上がりそうですね。例えば、逆止弁の部分にもう少し耐久性のある材料を使えば、長期間の使用にも耐えられるはずだ。」


 アントンは笑みを浮かべて答える。「改良の余地は確かにあります。ですが、まずはこの基本形を試してみてください。これなら、手に入る材料で十分作れますし、動作も非常に単純です。」


 百人隊長はポンプをじっと見つめた後、部下に命じた。「この現物を軍へ持ち帰れ。すぐに作れるか試してみろ。」


 すると、軍の技術者が口を開いた。「アントン殿、この設計図をもう少し詳しく書いていただけませんか? 軍団での量産を視野に入れています。」


アントンはうなづき、明確な線と注釈で構成された図面が次々と描かれていく。その場にいた者たちは、その手際の良さに再び感嘆した。


「これで十分伝わるはずです。簡易型なので、すぐに動作するものが作れるでしょう。」

彼がそう言って描き終えた図面を見せると、百人隊長は満足げにうなずいた。


 数日後、アントンの設計をもとに作られたポンプが軍団の拠点に持ち込まれ、試験が行われた。その結果、おおむね期待した性能を発揮し、軍団内での採用が決定。排水作業や消火訓練においても、その威力が実証された。


「これは画期的だ。もっと大規模な生産体制を整えるべきだ。」

軍の上層部もその有用性を認め、アントンの名声は一気に広がった。


*****


 軍関係の声望が高いローマ貴族カッシウス・ロンギヌスは言った。

「今日、諸君に集まってもらったのは、新しい通信の方法を紹介したいからだ。アントンはポンプの開発で知っているものも多いと思う。」


ここはカッシウスの邸宅である。軍関係者が多数集まり、ガイウスやルキウスもいた。


 アントンは一礼すると彼は簡単な旗を取り出し、広間でその使い方をデモンストレーションした。


「さて、皆さん。これはポンプほど派手なものではありませんが、私たちの戦いを一変させる可能性を秘めています。」

そう言って、アントンは二本の小さな旗を掲げた。「この旗を使って、遠く離れた場所に意思を伝える方法をご紹介します。」


「何を言っているんだ?」百人隊長が眉をひそめる。「遠く離れた場所なら狼煙で十分だろう。」


 アントンは笑みを浮かべた。「狼煙は確かに便利です。しかし、あれでは単純な合図しか送れません。この方法なら、もっと複雑な情報や短い文章を送ることができます。たとえば」


 アントンはカッシウスから借りた2人の使用人それぞれに旗を持たせ、一人を廊下の向こうに立たせた。次に、簡単な指示を蝋板に書き、使用人の一人に見せた。彼は旗の動きでそれを再現した。遠い方のもう一人の使用人は旗の動きを読み取り、自分の旗を振って受信完了を返信、そして指示の内容を正確に復唱した。


 その様子を見た貴族の一人が驚いた表情で言った。「なるほど、旗の動きが文字や意味を表しているのだな。しかし、これはどのくらいの距離で有効なのだ?」


「高い位置に立てば何キロも伝えられます。見張り台の間で逓伝させることにより、さらに遠くへつなぐことも可能です。」

アントンが自信たっぷりに答えると、百人隊長が手を叩いた。「実に面白い! だが、その信号の読み方を覚えるのが面倒ではないか?」


「確かに少々訓練は必要ですが、これに慣れれば十分実用的です。実際、たった数種類の動きで、軍に必要な多くの命令を伝えられるでしょう。」


 別の貴族が考え込んで言った。「なるほど、このシステムなら敵に察知されにくい合図も可能だろう。しかし、これはカルタゴとの戦争にどのように役立つのか?」


 アントンは間髪を入れずに答える。「たとえば、艦隊間の連絡です。海では狼煙が使えませんが、旗なら視界の範囲内で迅速に情報を伝えられます。船の進路変更や攻撃のタイミングなど、これがあれば意思疎通が格段に向上します。」


 百人隊長は目を輝かせた。「なるほど! 船団を率いる指揮官にとって、これは命運を分ける発明だ。」


 早速、試験的に信号旗の訓練を軍で始めることが決まった。


*****


 アントンはさらに信号旗の可能性を広げるべく、新たな提案を始めた。


「皆さん、先ほどの方法は基本的な合図として非常に有用ですが、さらに発展させることも可能です。」


アントンが合図すると、カッシウスは従者に図の書かれた寝台ほどの大きさのある板を運ばせた。それはアルファベットと様々な旗の意匠を対照させた図であった。カッシウスとアントンはここ数日のうちに信号旗システムについて詳細まで話し合っていたのだ。旗の鮮やかさとローマ人好みの組織性の予感にどよめきが起きた。


アントンは説明する。「旗そのものをアルファベットに対応して通信を行うことができます。複数の旗を掲揚してそれぞれにアルファベットを対応させれば文章の伝達が可能になります。たとえば、この信号旗の示すところは何でしょう?」

そして4枚の旗の描かれた絵を頭上に掲げた。

察しの良いのがいて旗の絵とアルファベットの対照図と見比べて答えた。「Veni」


「その旗を一度下ろして、別の旗を上げます。これは?」


アントンが新たに掲げた絵を解読してより多くのものが答えを言う。「Vidi」


「それでは3回目の旗の掲揚で文の伝達完了とします。」


アントンが掲げた絵を見て今度はほとんど全員が答えた。「Vici」


「なるほど、Veni,vidi,vici(来た見た勝った)か」期せずして拍手が起きた。


「このようにして文章でも逓伝方式で遠隔地まで驚くべき速さで伝達できます。」


百人隊長が質問した。「その距離と伝達速度は?」


アントンは答えた。「理論的には適当な中継地を設定できる限りどこまでも。速度に関しては狼煙リレーとそれほど変わらないでしょう。ローマからレッジョ・カラブリアまで中継する場合で1時間強と見積もっています。」


 その場にいた将校たちは一瞬静まり返り、次いで顔を見合わせた。やがて一人が口を開く。「これが本当に実現したら、補給や指揮の在り方が根本的に変わってしまうのではないか?」


 その場の空気がピリつく中、一人の技術者が眉をひそめながら言った。「しかし、アントン殿。あなたはなぜこれほど重要な情報を惜しげもなく晒すのです? まるで手の内を全て見せる道化のようだ。」


 アントンは微笑を浮かべたまま答えた。「道化かもしれませんが、私の目的はただ一つ。ローマが強く、そして持続的に栄えることです。私一人の秘密にしても、いずれ失われるだけでしょう。」


「だが、その考えが信じがたい。あなたが本当にローマのためだけに行動しているのか、我々には分からない。」将校の一人が鋭い視線を向けた。


「それは疑われても仕方ありません。しかし、この技術はローマにとっての宝です。それを捨てる理由はありますか?」アントンは毅然とした態度でそう言い切った。


 ガイウスが緊張を和らげるように言った。「まぁまぁ、皆さん。この提案が実現可能かどうかを検証する方が先です。アルファベットを対応させる旗の作成と、それを活用するための訓練を始めてみるべきでしょう。」


カッシウスが締めくくった。「私は戦争が差し迫る中でこの技術が有用だと信じる。カルタゴを打ち負かすためには、どんな手も使わねばならないのだから。」

アントンはうまいプレゼンをやったものだと思います。しかし道化とは?

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